「被害者と容疑者の顔を並べないでほしい」安達結希君事件で指摘される報道の倫理観
京都府南丹市で行方不明だった安達結希君が遺体で見つかった件について、16日、京都府警は父親の会社員安達優季容疑者を死体遺棄容疑で逮捕した。
安達容疑者は「私のやったことに間違いありません」と、容疑を認めている。
結希君事件に関しては、現在まで連日に渡りテレビやウェブ媒体で報じられており、容疑者が逮捕された今もワイドショーで現場での中継が行われている。
本事件は当初は殺人事件ではなく行方不明事件だった、ということもあり強い関心が寄せられていた。その一方で、一部で議論となっていたのが「結希君の顔写真」の扱い方であった。
結希君の顔写真は、当初は行方不明者だったこともあり、顔を周知させる意味では非常に効果的であった。だが、悲しいことに結希君は遺体で発見されてしまった。
マスコミは事件の関係資料として引き続き結希君の顔写真を使い続けているが、ネットでは「結希君の顔を見ると悲しくなる」「被害者より容疑者の顔を優先的に報じるべきでは」「被害者と容疑者の顔を並べないでほしい」といった声も多い。
この「犯罪被害者の顔ばかり使っている」というのは日本のマスコミでは慣習となっており、視聴者によっては心的負担も大きいことから「なんらかのルールやガイドラインは必要なのでは」という意見も存在する。
現状、これらの判断は各マスコミが決めることであり、今回の事件をきっかけに「報道の在り方を見直してほしい」という声も存在している。
