神戸の郷家友太【写真:©VISSELKOBE】

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神戸の郷家友太「悔しいという言葉では足りないくらいいろいろな感情が」

 今季、4年ぶりにヴィッセル神戸に戻ってきたプロ9年目のMF郷家友太。

 自力で掴み取った往復切符を自信に変えて、“リスタート”と位置付けて臨んでいる今、郷家は何を想い、何を感じながらプレーしているのか。インタビューで神戸への想い、仙台への想いを包み隠さず言葉に紡いでくれた――。(取材・文=安藤隆人/全4回の2回目)

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「代理人経由でベガルタの話を聞いたとき、『行きたい』という気持ちと、『本当に行っていいのか』という気持ちの2つが同時にありました。正直、ベガルタに戻ることは一生ないだろうと思っていたので、もう本当に嬉しさと戸惑いの両方がありました」

 突然のオファー。だが、このオファーが郷家の迷う心を一気に払拭し、強固な意思を築くきっかけになった。

「北野(大助・強化部統括部長)さんから『過去のことは気にしなくていい』と言われ、覚悟は固まりました」

 この覚悟は移籍する形にも現れていた。レンタル移籍をする選択肢もあったが、郷家は完全移籍を決断。完全に退路を断ち切った。

「ヴィッセルに何か不満があったわけでは一切ありません。むしろ本当に僕をプロにさせてくれて、成長させてくれた素晴らしいクラブであることは間違いない。

 でも、選手としての思いを大事にして移籍を考えていたなかで、ベガルタからオファーが来た以上、ヴィッセルに籍を置いたままレンタルで地元に帰ることは、僕にとっては『許せないこと』だったんです。過去の複雑な思いも含めて、全てを断ち切って、新たな気持ちと覚悟で仙台にすべてを捧げる気持ちで行かないと絶対にダメだと思ったんです」

 中途半端な形では戻れない。“片道切符”になるかもしれない切符を手に持って、不退転の覚悟を持って仙台に移籍。この決断と姿勢で、郷家は仙台での日々を一生の財産に変えて見せた。

「1年目から結果に拘って数字だけを残すためにやっていました。ベガルタゴールドに再び袖を通して、ユアテックスタジアムのピッチでプレーできたことは大きな感動でしたが、個人の結果として10ゴールを取ることはできたけど、チームは昇格から程遠い順位(16位)で終わって、ものすごく責任を感じていました。

『もっとやらないといけない』とさらに強い覚悟が生まれたタイミングでゴリさん(森山佳郎監督)が就任して、よりパッションを前面に出してガムシャラに戦うメンタリティーを植え付けてもらったし、副キャプテンに任命されて、より引っ張っていく存在にならないといけないと強く思いましたね」

 2年目の2024シーズン。郷家はフォワード、インサイドハーフ、右サイドハーフの3つのポジションでハイアベレージのプレーを見せると、ピッチ外でもクラブイベントに地元出身選手として積極的に参加。心身ともにチームの中枢となっていき、熱狂的なサポーターから絶大な支持が寄せられるようになった。

 チームも6位でフィニッシュすると、J1昇格プレーオフでは準決勝でV・ファーレン長崎を下し、決勝まで駒を進めるが、決勝でファジアーノ岡山に0-2の敗戦。郷家はピッチで茫然と立ち尽くし、大粒の涙をこぼした。

「本当に後一歩のところで手からこぼれ落ちていった。悔しいという言葉では足りないくらい、いろいろな感情が込み上げてきたし、それでもアウェイの地のスタンドをベガルタゴールドに埋めてくれて、負けても必死にチャントを歌ってくれたサポーターのために、もう一度立ち上がらないといけないと心に誓いました」

 昨シーズン。キャプテンに就任すると、より心身ともに仙台に捧げるプレーと行動を取り続けた。

 この姿勢に心を打たれたサポーターは、2月に郷家の新チャントを2つも作成。そのうちの1つには「泥臭い王様」と記され、もう1つには「多賀城」という出身地も記され、かつクラブレジェンドである梁勇基のチャントの際に、全員が横揺れをするダンスも付け加えられた。

 結果はプレーオフ圏内に後一歩届かずの7位。6位のRB大宮アルディージャとの勝ち点はわずかに1だった。またしてもJ1昇格を手にすることができなかった。再び涙といろいろな感情のなかにいた郷家のもとに1つの知らせが届いた――。(安藤隆人 / Takahito Ando)