【予備自衛官への招待状が急増】元自衛官「本気で人を集めようとしている」…専門家が語る自衛隊の焦りと”軍事力のクッション材”としての実態【手当2.5倍、52歳まで上限緩和】

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退官からもう何年も経つのに--アラフィフの元自衛官の女性のもとに、最近になって予備自衛官への登録を促す手紙が頻繁に届くようになった。退官時の住所に送られてくる、返信ハガキ入りの郵便物だ。しかも以前と比べて手当が大幅に引き上げられている。「本気で人を集めようとしている」という肌感覚が、彼女を反戦デモへと向かわせた。

一方で、3月末には現役の陸上自衛官が中国大使館敷地内に侵入するという衝撃的な事件が起きた。個人レベルの不安と、組織としての自衛隊が孕む問題。「戦争が近いのか」という漠然とした恐怖は、どこまで根拠のあるものなのか。拓殖大学国際学部教授・海外事情研究所所長で防衛・安全保障政策が専門の佐藤丙午氏に聞いた。

予備自衛官とは「軍事力のクッション材」

そもそも予備自衛官とはどういう制度なのか。

「予備自衛官制度には、予備自衛官、即応予備自衛官、予備自衛官補の三つのカテゴリーがあります。これは、諸外国でいうところのリザーブフォース(予備役制度)です。リザーブフォースとは、有事のときに兵力を増やすため、元兵士に最初に声をかけて、言葉は悪いですが徴兵する仕組み。平時は軍事力を圧縮して、必要に応じて柔軟に増やすためのクッション材のようなものです。平時において軍隊規模が大きければ大きいほどコストがかかるし、生産活動に関与しない人が増えると経済的にも無駄になる。だから必要ないときは圧縮する。

重要なのは、定期的に軍事教練を受けないと練度が下がるため、予備自衛官制度は、元自衛官の能力を維持するために定期的に訓練し、必要に応じて召集していく仕組みでもあること。予備自衛官は教育訓練の時、あるいは招集された時以外は別の職についているので、その企業なり団体なりの理解が必要になります。潜在看護師等登録制度と同じで、何かあったら呼び出される、というイメージです」

一方、予備自衛官補は少し異なる。自衛隊に対する国民の理解を深めるとともに、自衛隊が持っていないスキルを持つ民間人を確保しておく目的がある。

「私の教え子や同僚に予備自衛官補が何人もいますが、そのひとりはハングルの専門家です。これは、有事の際、また必要になった際、捕虜収容所等で通訳として対応できる人を平時から確保しておく、という発想ですね。予備自衛官補には一般公募と技能公募があります。教育訓練の中には射撃訓練がありますが、有事には、基地警備や後方支援などの職務を任され、戦闘任務に参加することは基本的に想定されていません」

では、頻繁に届くようになった手紙が示すものは何か。佐藤氏の答えは意外にも冷静なものだった。

「予備自衛官補の案内は手紙を含め、たくさん来ますよ。公務員募集の広告と同じ感覚です。待遇も上がっているのも事実です。待遇を良くしないと、現職との兼業問題もあるので、応募者の数が減るという問題があります。特に予備自衛官補制度では、国民に寄り添う姿勢を見せているのでしょう。フランクに考えると、現在の自衛隊の能力という面では、予備自衛官や予備自衛官補を増やすことにそこまで大きな意味があるわけではありません。

もし自衛隊の能力そのものを考えると、予備役に依存するのではなく本来は自衛官を増やせば良いだけの話です。なので、案内が来ることをそこまで深刻に考える必要はないのではないかというのが最初の印象です。広報活動が活発になっているのは事実で、高校時代に自衛官補の案内が来ていたという学生も結構います」

右も左も批判する「お客様」の扱いづらさ

予備自衛官補は、左右両方の立場から批判を受けてきた制度でもある。

「反対派からは「学生を予備自衛官補にすることで戦争が近づく、徴兵の前触れではないか」という批判。それに対して自衛隊側からは「面倒」という声も聞きます。予備自衛官制度で自衛隊に協力している方々は、自衛隊に理解あることに間違い無いですが、では受け入れる自衛隊側は有事の際にどのように予備自衛官を活用するか、明確ではありません。さらに、予備自衛官補はお客様扱いをしなければならず、すごく苦労する。雑な扱いをすると反自衛隊の意見を持つようになってしまう可能性があるんですね。実際、徴兵制度で男子が一定期間軍役を経験する韓国でも、同じ問題があると聞いたことがあります」

実際、佐藤氏が以前に訪れた予備自衛官補の宿泊施設では、見学用に整備されたベッドの隣室に、普段使いの粗末なベッドが置いてあったという。「見せる部屋と実際に泊まらせる部屋は違うんだ」と苦笑いしながら、こう続けた。

「第二次世界大戦で後から徴収されたインテリが、戦後に反軍や平和主義思考に陥った理由のひとつは、現場の二等兵や三等兵の下に置かれて奴隷のような扱いを受けたからとの声はよく聞きます。予備自衛官補も同じ構図になりかねない。修士や博士を持つ専門家が一兵卒採用で雑な扱いを受ければ、一気に反自衛隊になる可能性がある。自衛隊側にも、それが怖いし面倒だという声があります」

中国大使館侵入事件が示すもの

3月末、陸上自衛官が中国大使館の敷地内に侵入する事件が起きた。3等陸尉に昇任したばかりの行動であることから、さまざまな臆測を呼んでいる。

「今の段階では確定的なことは言えませんが、現時点で出ている情報だけで言えば、自衛隊には精神的に不安定であるとか、合理的な判断ができない人が一定数入り込んでしまうんだな、と。こういう人は従来、自衛隊では右も左も徹底的に排除してきたんですよ。防衛大学校でのパワハラ問題が指摘されることがありますが、これは有事の極限状態ではもっと熾烈な事態が生じるので、そこに自衛官として派遣される前に、適性に欠ける人を探し出して排除する手段だと説明されることがあります」

思想的な偏りへの対応は、自衛隊の長年の課題でもある。佐藤氏は1968年に三島由紀夫が結成した「楯の会」を例に挙げた。三島の事件(1970年)後、共鳴した自衛官たちはその後「飼い殺し」にされたという。ただ現在は、より見えにくいところで影響が及んでいる可能性がある。

「防大の外のルートで入ってきた自衛官がどういう人物なのかという問題があります。今回侵入事件を起こした幹部自衛官は、一般大学出身で試験エリートと言っていいと思います。防衛大学校での教育では、左右の極端な事例も教育の対象となっているようで、結果的にはバランスが取れた人が卒業していく。ただ、一般大学の、それも今回のように軍事や安全保障の課目がほぼ無いような大学の出身者は、外部の講演会といった場に参加し、その影響を受けることになる。防衛大学校の教育で言えば、作家の竹田恒泰さんのような主張をされる方が自衛隊の講師として招かれているという声もあります。

もちろん竹田先生の意見は、防衛大学校の教育の中で必要不可欠なものであるけれど、それは学校の教育全体の中で相対化される必要がある。問題は、自衛隊のエリート選抜システムの中で、思想的に偏った傾向を持つ自衛官は、司令官ポストではなく教育研究機関で教官ポストを与えられることもあることです。教育や研究を志す自衛官教官や、一般の教官や研究官からすると、これは頭を抱える問題なのですが、実態としてそうなっていて、そういう人が後輩教育を担うことになることを批判する教授もおられました」

竹田氏はXで「韓国はゆすりたかりの名人」「(中華民族は)民度の低い哀れむべき方々」などと繰り返し投稿し、広く批判を浴びてきた人物だ。「差別主義者」と指摘したXの投稿に対して名誉毀損訴訟を起こしたが、一審・二審・最高裁すべてで敗訴が確定(2022年)。今回の侵入事件後もX上で「竹田が自衛隊で講演するからこういうことが起きた」という声が相次ぎ、竹田氏自身が反論声明を出す事態になった。一方で、一般の自衛官が自主的に外部の講演会などに参加することで感化されるケースも見られるという。

「私の講演会にも自衛官や右派的な若者がよく来るんですが、真面目なんですよ。休日にわざわざ勉強しようという人は真面目な分、感化されやすい。彼らが何を学んでいるかをコントロールするのは難しく、SNSやYouTubeを禁止しようとすれば個人の人格を損なう話になってくる。自衛隊に入るとスマホを取り上げられるとなれば、ますます人が来なくなる。自律と責任は二律背反するところがあって、そこを満たす手法はまだ見つけ切れていない。私の講演会に来て「物足りない」と怒る人もいますよ(笑)。「もっと中国は敵だ!と言ってくれると思ったのに」って(笑)先の話で言えば、私の話には影響力がないのかもしれない(笑)」

「遺憾」で済ませた上海の記憶

事件後、日本政府は中国側に「遺憾」を表明しただけで謝罪を行わず、批判を受けた。新宿では若い女性たちが「ちゃんと謝れ」「中国ごめんなさい」とデモで訴える光景も見られた。この対応を佐藤氏はどう見るか。

「昔、上海の日本総領事館で散々ものを投げ込まれたことがありましたよね。尖閣問題の時に、北京の日本大使館でも暴徒化騒動がありました。そのとき中国は、暴徒の行動を一部容認するなどしましたし、基本的には「遺憾」で終わらせているんですよ。だから、今回の事件で日本政府に謝罪を要求する人には、外交は相互主義ですよ、と耳打ちしたい気持ちがあります」

リソースとコミットメントの致命的なアンバランス

では、日本の安全保障は全体としてどう評価できるのか。防衛省によれば2026年2月時点での予備自衛官の充足率は7割程度にとどまっており、その状況は長年変わっていないという。予備自衛官制度の拡充、防衛費の増額と「煽り」が続く一方、実態はどうなのか。佐藤氏は辛辣だった。

「ようやく千キロ程度のミサイルができたからといって、中国は第一列島線を含む日本全土を射程に収めるミサイルを持っているので、これで本当に大丈夫ですか、どのような計算で抑止は成立しているのですか、と。予備自衛官・即応予備自衛官・予備自衛官補の数が問題なのではなく、それら勇気ある人々を有事に招集したとして、どのような作戦で、どこまで活用するかについて、十分な計算をやったうえで、このレベルで満足していると合理的に説明できますか。欧州では明らかに将来の脅威に備えて、各国政府が軍事力の不足を認識し、やめていた徴兵制を復活させている。そういう中で、日本のリソースとコミットメントのバランスが全然取れていないのでは無いかと感じます」

さらに深刻なのは、現代戦に対応できる人材の欠如だという。

「今の脅威はミサイル、無人機、サイバーといったものです。そこでは、一定以上の技能が必要になります。では現状を見て、ドローンを自衛隊で操縦できる人はどれだけいますか。AIを使った自律飛行の開発をやっていますか。サイバー人材を国内で育成していますか。全く不十分だと思います。ウクライナやイスラエルと比較すると、日本国内においてはITもサイバーも大きく遅れているように思いますし、それを現地で学習することも少ない。野党でイスラエル訪問して党から除名になった人がいましたが、新しい戦い方は謙虚に先行者から学び、積極的に取り込んでいく必要があると思います。

たとえば、もし戦争したくないなら、相手にフェイクニュースを流して心理戦を仕掛けて相手を混乱させる必要があるのでしょうが、その方法の検討も行なっていない。つまり、コミットメントだけは大々的に打ち上げるのですが、そのための人材育成をしていない。バランスが悪い」

一方で、ブッシュ元米大統領がイラク戦争時、選抜徴兵制の復活議論に対し「国民が国家を支援する唯一の方法は買い物しまくることだ」と述べたエピソードを紹介し、市民と安全保障の関係についてこう語った。

「国民全員が予備自衛官補になって戦場に行くことはありえないが、安全保障に完全に無関心な人が増えて、軍事問題をプロの軍隊だけに任せきりにするのも良くない。それは一部のプロの兵士だけが戦う、18世紀以前の傭兵制度に戻ることです。市民と組織と国家の最適な関係は、まだ我々は答えを出せていない。コミットメントに対して十分なリソースを割いているかというと不十分で、本当の自衛官の拡充がおそらく必要です。ただその拡充は、サイバーやAI、ドローンのオペレーター、そういう新しいスキルを持つ人材に向けられるべきで、必ずしも現在の予備自衛官補で補えるものではない」

政府が急ぐ「予備自衛官のなり手確保」

こうした状況を受け、政府は予備自衛官の拡充に向けた制度整備を急いでいる。2025年9月には各種手当が大幅に引き上げられ、予備自衛官の1任期(3年)あたりの支給額はそれまでの約27万円から約68万円へ、2.5倍に増額された。

2026年4月には、国家・地方公務員が予備自衛官を兼業する際の特例法案も閣議決定された。これまで訓練参加のたびに必要だった上司の許可を最初の一度で済むようにし、訓練中も本職の給与と手当を満額受給できるようにする内容だ。小泉進次郎防衛相は「充足率の向上につなげたい」と語っている。

手当の大幅増額、年齢制限の緩和(一般公募の上限を34歳未満から52歳未満に引き上げ)、公務員の兼業しやすい環境整備--。矢継ぎ早に打たれる措置は、制度の「本気度」を示すものでもある。冒頭の女性が感じた「本気で集めようとしている」という直感は、あながち的外れではなかった。

予備自衛官制度も、広報戦略も、現役自衛官の思想管理も--日本の安全保障を構成する各要素はバラバラのままだ。個人の不安を煽る言葉だけが先行し、それを支えるリソースと人材育成の議論は置き去りにされている。その間隙で、市民の不安だけが膨らんでいく。

佐藤丙午(さとう・へいご)

拓殖大学国際学部教授・海外事情研究所所長。1966年、岡山県生まれ。博士(法学/一橋大学)。防衛庁防衛研究所主任研究官を経て2006年より現職。専門は国際関係論、安全保障、アメリカ政治外交、軍備管理。共著に『日米同盟とは何か』(中央公論新社)など。

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