「残りは俺がやるから」と部下の仕事を引き取る上司の末路…「献身的なリーダー」ほどチームを壊してしまうワケ
チームのために献身的に働くリーダーは、一見、理想的な存在に思われがちだ。しかし、『マネジメントの原点 協働するチームを作るためのたった1つの原則』の著者、堀田創氏は、こうしたリーダーが部下の成長機会を奪い、チームを停滞させると指摘する。一体、どういうことなのか、理由をくわしく教えてもらった。
「サーバントリーダーシップ」の問題点とは?
「サーバントリーダーシップ」という言葉があります。リーダーがサーバント(召使い)としてメンバーに尽くすことで、組織を円滑に動かすという概念です。
しかし、サーバントリーダーシップの真髄は、リーダーが自らを犠牲にするということではありません。本来は「メンバーそれぞれの主体性を引き出す」ためにリーダーが伴走し、進むべき方向を示すスタンスを指します。
リーダーが「自分がすべての責任を負う」と抱え込むと、メンバーは「最終的には上司が帳尻を合わせる」と学習し、自分の判断や成果へのオーナーシップを放棄しやすくなります。つまり、本来はチーム全員に分散されるべき責任が、リーダーの一点に集中してしまうのです。
その結果、メンバーは挑戦よりも依存と回避を選び、学習機会も奪われます。リーダー側も負荷を一本背負いするため燃え尽きやすく、サクリファイス・シンドロームと呼ばれる悪循環(自己犠牲→エネルギー枯渇→組織停滞)に陥りやすい。
要するに、ヒーロー型の自己犠牲は、一見、人望が厚くなるように見えて、チーム全体の責任感を壊すリスク行動にほかならないのです。
たとえば、リーダーが夜遅くまで残業してプロジェクトを進める状況を想像してください。周囲は「リーダーが大変そうだから手伝わないと」と思うどころか、むしろ「リーダーがやるなら任せよう」と帰宅してしまうケースも少なくありません。
リーダーの献身的な姿は、皮肉にもメンバーが直面すべき課題や問題から目を背ける言い訳になってしまうのです。
頑張りすぎる社長の報われない副作用
私がかつてかかわった、あるITスタートアップの社長は、いつもメンバーが帰った深夜に一人、オフィスに残ってコードのバグ修正をしていました。机にはエナジードリンクの空き缶が積まれ、顔には深いクマ。なぜそんな遅くまで? と尋ねると、彼はこう答えました。
「みんなは疲れているし、明日もあるから早く休んでほしい。細かいところは俺がやるよ」
一方、メンバーは「社長がやってくれるなら、自分たちは早く帰ってもいいよね」と、そこまで悪びれた様子もなく、翌日もいつも通り出勤。結局、そのバグの根本原因を知らないまま、いつの間にか修正されている。ある意味で天国のような環境で、メンバーは社長の献身に心打たれ、最高のリーダーの下で働けていると誇りを感じていました。
しかし、やがて社長はストレスや体力の限界に達し、体調を崩すことが増えてきました。それでも「自分が耐えれば、みんなは助かる」と信じ、意地を張り続けたのです。
こうして、本来ならチーム全員で対処するべき問題が先送りになり、リーダーなしでは何も解決できないメンバーばかりになりました。最終的に、組織全体が「やりっ放し」と「疲弊」のループに陥り、売上が一定水準から伸びずに停滞することになってしまいました。
「自己犠牲型リーダー」が主体性を下げる
この現象は社会心理学でも繰り返し検証されています。オランダの組織行動学者、ダーク・ファン・クニッペンベルグらの研究では、リーダーの自己犠牲的なスタイルが部下の権限意識(エンパワーメント)を下げる可能性が示唆されています。
リーダーが「自分がやるから安心して」「お前たちは考えずに、従っていればいい」と振る舞うほど、メンバーは「どうせ最後はリーダーが決めるんでしょ?」と受動的になりやすいのです。
つまり、リーダーの過度な献身は、チーム全体の合意形成と責任共有を阻み、現場の貴重な声やアイデアを封殺する結果にすらつながりかねません。
リーダー自身は「チームを守るため」「みんなを楽にするため」と信じているかもしれません。しかし、その根底には、自分だけが苦労すれば物事が円滑に回るという思考停止が潜んでいるのではないでしょうか。
一人で頑張るほうが衝突や時間のかかる合意形成を省けて楽だ、という一面があるからこそ、リーダーは自己犠牲に走りやすいのです。
結局、周囲の主体性は育たず、リーダーは疲れ果て、組織としても成長しない。これこそが、自己犠牲という名の思考停止がもたらす行き詰まりの典型例です。
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