あなたもいつの間にか「情報操作の対象」に?…ブレグジットやトランプ当選の裏でも行われていた「巧妙な手口」
ロシアによるウクライナ侵攻、世界的な移民排斥運動、権威主義的国家の台頭、トランプ2.0、そして民主主義制度基盤の崩壊……。
「なぜ世界はここまで急に揺らぎはじめたのか?」。
講談社現代新書の新刊、『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』(川北省吾 著)では、共同通信社の国際ジャーナリストが、混迷する国際政治の謎を解き明かすために、国際政治学者や評論家、政治家や現場を知る実務家へのインタビューを敢行。辿り着いた答とは?
本記事では、〈トランプ襲撃から著名人射殺まで…アメリカでいま「政治暴力」が止まらず「脅威のレベルは9.11当時より高い」と言われる理由〉に引き続き、SNSの広告による情報操作が、どのようにブレグジットやトランプ当選を裏で操ったのか、その実態について詳しくみていく。
※本記事は、川北省吾『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』より抜粋・編集したものです。
ブレグジットとトランプ当選
ソーシャルメディアは過激思想を拡散し、暴力を助長するだけではない。特定の価値観が響き合い、次第に増幅、共振してゆく「エコーチェンバー(反響室)」現象は、投票操作にも利用されている。
それが明るみに出たのが16年6月のイギリス国民投票だ。有権者は欧州連合(EU)からの離脱を選択し、20年初めに実行に移した。「Britain(イギリス)」が「exit(退出)」するため「ブレグジット」と呼ばれる。
ところが、国民投票はSNSに操られていた。投票日前、トルコ移民に対する恐怖をあおる偽広告がSNSに投稿されていたのだ。移民に寛容な立場を取ってきたEUへの反感を植え付ける効果を有権者に与えた。
その手口は、国民投票から4ヵ月半後に行われたアメリカ大統領選にも大きな影響を与える。「反移民」のこだまは大西洋を越えて響き合い、同期してドナルド・トランプを第45代大統領に押し上げたのである。
「2016年6月のイギリス国民投票におけるブレグジット(EU離脱)の決定は、アメリカ大統領選のトランプ勝利と密接に結び付いている」
そう断言するのはイギリスの調査報道記者キャロル・カドワラダーだ。19年4月、カナダ西部バンクーバーで「ブレグジットにおけるフェイスブックの役割──民主主義への脅威」と題して講演し、SNSを使った不正を告発した。(注6)
カドワラダーによると、16年のイギリスの国民投票とアメリカ大統領選では、キャンペーン終盤に特定の有権者を対象にした「反移民」広告がフェイスブック上に流れ、投票結果に決定的な影響を与えた。
背景には15年の欧州難民危機がある。11年に始まったシリア内戦を背景に、100万人を超す難民が中東などから押し寄せた。国際移住機関(IOM)によると、14年の3倍を超える膨大な人波だった。
ヨーロッパはキリスト教社会である。宗教や文化の異なるイスラム教徒らが大量に流入し、長く滞在すると、どうしても軋轢が生じる。ブレグジットの背景にも、移民・難民の急増に対する不満があった。
そんな大衆感情に乗じ、暗躍したのが「ケンブリッジ・アナリティカ」だ。18年に廃業したイギリスの選挙コンサルティング会社である。カドワラダーは何ヵ月もかけて内情を知る元従業員を突き止め、世論工作の内幕を聞き出した。
それによると、ケンブリッジ・アナリティカはフェイスブックから8700万人分の個人情報を不正に収集し、それぞれどんな不安を抱いているか分析した。その中から移民や難民に恐れを感じる人々を絞り込み、情報操作の対象とした。
その上で、移民や難民への「憎悪と恐怖」をあおるSNS広告を作成する。フェイスブックを通じ、操作対象の有権者に「社会に同化しない移民は侵略者に等しい」といったプロパガンダ広告を流し続けた。
その結果、ブレグジット(EU離脱)を訴えていた「イギリス独立党」党首の右翼政治家ナイジェル・ファラージ(25年末現在は「リフォームUK」党首)は、政治目標を達成する。盟友ドナルド・トランプも大統領選に当選した。
深層暗流
バンクーバーの講演会場に掲げられた大スクリーンに映し出されるファラージとトランプ、その取り巻きたちを収めた1枚の写真を聴衆に指し示しながら、カドワラダーは語気を強める。
「ブレグジットとトランプは密接に絡み合っていたのです。(ファラージの隣に写っている)この男は私に言いました。『ブレグジットはトランプのための実験場だった』と。同じ連中が、同じ企業の同じデータを使い、同じ手法で憎悪と恐怖をあおっている。憎悪と恐怖が世界のネット上にばらまかれている。私には憎悪犯罪(ヘイトクライム)に思えます」
情報操作は世界中に広がっているとも警告する。
「イギリスやアメリカだけではありません。フランスでも、ハンガリーでも、ブラジルでも、ミャンマーでも、ニュージーランドでもそうなのです。私たちを世界規模で同期させる深層暗流が存在する。それは(Xやフェイスブックといった)プラットフォームを通じて流れている。われわれは表面に浮かび上がる一握りの事象しか見ていない」
エーブラハム・クーパーは、SNSを通じた過激思想の伝播を「他家受粉」(クロス・ポリネーション)と呼んだ。ある植物の花粉が虫や風などによって運ばれ、別の個体の花に付着し、受精する現象である。
だが、カドワラダーによれば、それはもっと人為的だ。何者かが故意に仕掛け、「憎悪と恐怖」をあおり、政治的効果を上げている。大衆の目に見えない「深層暗流」。黒々とした奔流が向かう先はどこなのか──。
*
さらに〈「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか〉では、アメリカが「世界の警察官」を辞めることになった経緯や、それによる国際秩序の混乱について詳しく見ていく。
注6 https://www.youtube.com/watch?v=OQSMr-3GGvQ&t=409s
【つづきを読む】「世界の警察官」の座を降りたアメリカの「ギブアップ宣言」がもたらしたもの…なぜアメリカは「唯一の超大国」ではなくなったのか
