手作り弁当は550円。おにぎりは今でも110円。物価高のなかで、この価格を続ける個人コンビニが東京・吉祥寺にある。住宅街のど真ん中で約30年。セブンやローソンに囲まれながら、なぜ生き残れたのか。「PAL」オーナー・井口和彦さんに、フリージャーナリストの前屋毅さんが聞いた――。(後編/全2回)

■“飲食店顔負けの調理場”でお弁当を作る

吉祥寺に“個人経営”のコンビニエンスストア(コンビニ)がある。それが、東京都武蔵野市吉祥寺にある「PAL(パル)」だ。

PALに足を踏み入れると、まず目を惹くのが右手奥にある調理場である。最近の大手コンビニにも調理場のある店はあるが、無理やりつくった感で、そのためか狭いスペースのところばかりだ。そんなものとは比べものにならないくらい広いのがPALの調理場だ。ちょっとした飲食店くらいの広さがある。

撮影=プレジデントオンライン編集部
PALの調理場。コンビニとは思えない大きさの作業スペースや冷蔵庫、巨大な炊飯器が並んでいる - 撮影=プレジデントオンライン編集部
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PALの調理場にあるガスコンロ。業務用のコンロが6つ並んでいる。ここで、お弁当用のおかずなどを調理しているという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

そればかりでなく、店内にはイートインスペースも用意されている。最近のコンビニでは珍しくないが、PALでは1996年のオープン当時から設置されていた。PALのオーナーで店主の井口和彦さんは、当時の様子を語る。

「うちはサンドイッチとか弁当とかやっているから、それを店内でも食べてほしくてね、最初からつくったの。当時のコンビニにはなかったからね、うちがいちばん早かったんじゃないの」

食べられるのはおにぎりやサンドイッチ、弁当だけではない。うどんやカレーライスも注文すれば、料理されてでてくる。広い調理場だからこそ、それも可能なのだろう。そこらのコンビニのイートインスペースとは次元が違う。

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PALのイートインコーナー。弁当だけでなく、注文すればうどんやカレーライスも食べられる - 撮影=プレジデントオンライン編集部
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パルのランチメニュー。すべてのメニューが500円を切っている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

さらに、20年ほど前から仕出し弁当も始めた。これも広い調理場を使って、完全な手作りでやっている。

「サンドイッチでも、1日に300個も400個も売れたときがあったのよ。でも、買える場所が増えてきて売り上げも落ちてきて、それで仕出しの弁当も始めたの。市役所とか大学なんかで会議があったりすると大口の注文がはいるから、準備もたいへんよ。ほとんど女房がやるけど、忙しいときは夜中の12時くらいまで下準備してるよ」

■「朝4時起き」で弁当作りを始める

朝4時過ぎには起きて、下準備したものを5時くらいから本格的に調理して、パートの手も借りながら弁当に詰めていく。もちろん店頭に置くおにぎりやサンドイッチの調理も並行して行う。そんなに忙しくて、奧さんは嫌にならないのだろうか。奧さんの井口幸子さんに訊いた。

「普通の会社に勤めていたので、調理の仕事に慣れていたわけではありません。それでも、若いときって何でもできてしまうんですよ。最近は歳のせいで、ちょっとキツくなってきたけど、辞めたいとはおもいませんね」

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弁当作りの苦労を語るPALのオーナー・店主の井口和彦さん。現在69歳だが、いまでも4時起きで弁当やおにぎりの調理を行っている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

奧さんに任せきり、というわけにはいかない。弁当を詰めたり、おにぎりをつくったりして井口さんも手伝う。

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PALのお弁当コーナー。おかずがぎゅうぎゅうに詰め込まれているのに、全品550円 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「おにぎりづくりなんて、うまいもんよ。といって型にご飯をいれて抜くだけなんだけどね。かなり早くできるよ」

できあがった弁当を届けるのは井口さんの役割だ。配達だけでなく、食材やジュース、お菓子といった商品の仕入れも井口さんの役目だ。

以前はPALのような小さな店のためにまとめて仕入れて配達してくれる会社があって、PALも利用していたのだが、利用する店が少なくなったことで廃業してしまったので、井口さん自らが仕入れに走りまわるようになった。そうやって昼間は走りまわっているから、井口さんが昼間に店にいることも少なかったりする。

■「うちはね、子どもを大事にしてるの」

仕出し弁当の注文も、多いときには300個くらいあったという。その配達も井口さんが自分でやるので、てんてこ舞いにもなる。

「少年野球の大会があって、いっぺんに9チームくらいから注文があったのよ。子どもの分だけでなく親の分もあったりするから、そりゃ、300個は超えるよね。いっぺんに運べないから分けて持っていくんだけど、持ってくと『それ、うちの?』と言われると『これは違うチームのやつ、すぐ戻って持ってくるから待ってて』と言ったりして、たいへんだったよ」

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PALの店舗看板。主力商品である「おにぎり・お弁当・サンドイッチ」が並んでいる - 撮影=プレジデントオンライン編集部

そうやって注文が殺到するのは、なにより馴染みがあるからだ。いまでは中学校も給食になっているが、昔は自宅からの弁当だった。

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PALの店内に入って右手側すぐにある弁当箱置き場 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「それでも、母親が忙しかったりして弁当を持ってこられない子がいるわけ。そういう子のために職員室でまとめて、うちに注文してくれるわけ。そんなん多い数じゃないけど、うちはちゃんと引き受ける。そうやっていると子どももそうだけど、先生ともつながりができるよね。だから野球大会だったり、先生たちの会議があったりすると、うちの弁当を注文してくれるの。そういうつながりがあるから、仕出し弁当も忙しいのよ」

いまでも、幼稚園に届けることもある。給食がなくて弁当の幼稚園では、やはり母親が忙しくて弁当も持たせられない日があったりする。そうすると朝に幼稚園から連絡があり、昼食時間に間に合うように届ける。それも通常の、大人用の弁当を届けるわけではない。

「子ども用の弁当をつくって持っていく。サンドイッチひとつでいいという子がいれば、それにも合わせて持っていく。うちはね、子どもを大事にしてるの」

■“お弁当のゴミ回収”まで引き受けている

小学校では完全給食になって弁当の注文はなくなったが、家庭科の調理授業で使う食材の注文があったりする。取材当時にも、翌日届ける食材が箱に収められて用意してあった。大手チェーンのコンビニなら、なかなか難しいサービスだ。

そういう細やかなサービスで、PALは幼稚園や学校ともつながっている。だから保護者や先生との関係も深まり、機会があれば仕出し弁当を注文してくれるし、店も利用してくれる。

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PALの唐揚げ弁当。唐揚げ・煮物・スパゲッティ・白米がたっぷり入って550円。大きな3つの唐揚げが食べ応え十分だった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

そういう地域のつながりに甘えてばかりいるわけではない。PALは気遣いの商売でもある。プラスチック容器での弁当を届けると、食事後の空容器の回収までやる。そこまでやっているところは、めったにないはずだ。

「自分が利用したときのこと考えるとね、弁当は届けてもらって楽だけど、ゴミになった空の容器を持って帰るのは嫌じゃない。会合のあとに飲みにいくとなったら、ゴミなんか持っていきたくないからね」

便利に思ってくれるサービスは、顧客の心にも残る。容器回収の手間は損にも思えるが、それが大きなつながりにもなって、次の取引にもつながる。「損して得とれ」は、井口さんの座右の銘でもあるのだ。

■“令和の米騒動”でもおにぎりは110円

なにより、PALの弁当の強みは価格で、いまでも550円という安さである。配達してもらってゴミまで回収して、この価格は安いというしかない。コンビニの商売は価格競争でもあるのだが、大手コンビニに抗して、個人経営のPALは奮闘している。

「一昨年の9月かな、500円を550円に上げたの。そうしたら、売り上げが3割も減ったからね。だから、簡単には値上げしない」

価格に敏感な消費者の心理をよく理解し、それに応える努力をしているのだ。理由さえあれば値上げできる、横並びでやれば値上げできる、という発想ではない。

昨年の米騒動では、コメの値段が急騰した。競うようにコメ関連の商品を値上げするところが多かったなかで、PALは値上げしなかった。おにぎりも、いまでは大手コンビニでは200円前後もしているが、PALでは110円である。

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PALのおにぎりコーナー。ほとんどの商品がいまでも110円で販売されている。閉店間際だったため、商品の数は少ない - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「コメの仕入れ値は倍以上になっちゃったからね。それでもいろいろ工夫しながら、簡単に値上げはしない。弁当とかの原価率はかなり高くて、4割を超えているんじゃないかな。うちの場合、おにぎりや弁当が製造で、ジュースやお菓子は食品になっているけど、売り上げに占める割合は製造のほうが大きいのよ」

安いコメを仕入れるために、井口さんは走りまわった。ただ安ければいい、というものでもない。「古古古米だけはダメだね。ありゃ、おにぎりなんかにできない。試しに仕入れてみたけど使えなかった」と、笑う。

■「損して得取れ」で店を守り続ける

原価は高くなっても、できるだけ値上げしないで、それでも質は維持する。だからこそ顧客も離れないで、商売が続けられる。いわば商売の鉄則なのだが、なかなか難しい状況にあっても、井口さんは守りつづけている。これも、「損して得とれ」の一環である。

ただ、井口さんはPALだけを経営しているわけではない。「有限会社セントラル・ボックス」という会社で社長を務めており、PALの上のマンションもPAL周辺の駐車場も管理している。PALは不動産収入があるから低価格を維持できているのだろうか。

井口さんは「マンションや駐車場の収入があるからやっていけるけどね」と笑いつつ言うが、「それでも、PALだけでぎりぎり黒字は維持できてるんだよ」と語る。つまり、PALの赤字を不動産収入で補填しているわけではないのだ。

PALを経営する井口さん夫婦の涙ぐましい努力が、この価格と周囲の人々から愛される味を守り続けているといえる。

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撮影に応じるオーナー・店主の井口和彦さんと奥さんの井口幸子さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

個人経営だと、大きな課題が後継者である。井口さんは69歳だというので、まだまだがんばれても、いずれは自分が中心になっての経営が難しくなるときはやってくる。

「子どもは3人いるけど、誰かに継いでほしいとは考えていないよ。やりたいならやればいいけど、無理して継いでくれる必要はない。私がやれなくなったら、大手コンビニチェーンとかドラッグストアに場所を貸してもいいしね。そういう話が、いまもあるからね」

個人経営の苦労はある。しかし個人経営だからこそできるサービスが、次の商売にもつながる。大手の論理に縛られることを拒否し、自分の頭で考えて判断する経営者の生き方を井口さんは貫いている。

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前屋 毅(まえや・つよし)
フリージャーナリスト
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。著書に『学校が合わない子どもたち』(青春新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(KKベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『日本の小さな大企業』(青春新書インテリジェンス)などがある
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(フリージャーナリスト 前屋 毅)