60代で二度目の“子育て”をするはめになるとは…年金月20万円・資産3,000万円「すべて順調、計画通り」の老後が暗転。発端は40歳息子の「静かな告白」【CFPが解説】
贅沢をしなければ年金だけで生活できる高齢者世帯は恵まれているといえますが、そこに、手を離れたと思っていた子どもが帰ってきたら……やむを得ない事情があったとしても、老後生活は一気に深刻なものになる可能性があります。今回はうつ病の息子に悩む老夫婦の事例から、受けられる公的支援の具体例などについてCFPの松田聡子氏が解説します。
定年後の穏やかな日々が一変…40歳息子の帰郷
東京都在住の川村賢治さん(仮名・68歳)は、8年前に定年退職を迎えた後、嘱託勤務を経て現在は近隣のマンション管理人として週に数日働いています。
妻の礼子さん(65歳)もスーパーのパートを続けており、働いた収入に加えて夫婦合わせた年金受給額は月20万円。加えて、現役時代にコツコツ貯めた3,000万円の老後資金と、かつて勤めていた会社の株式配当もあり、「老後は安泰」と考えていました。
長女は結婚して独立し、40歳の息子・豊さんも都内の中堅IT企業で働いていました。お金の不安はない、子どもは巣立っている。まさに「計画通り」の人生だ――そう思っていた矢先でした。豊さんから1本の電話がかかってきたのです。
話を聞くと、うつ病で休職を繰り返し、最終的に退職を決めたといいます。貯金も少ないことから「会社を辞めて、実家に戻りたい」と静かに話す豊さんを突き放すことはできませんでした。一人暮らしのアパートを引き払い、実家に戻ってきた豊さんでしたが、賢治さんは「少し休めば良くなるだろう」と楽観視していました。
ところが、現実はそう甘くありませんでした。1年近く経った今も状況は変わっていません。豊さんは精神科に通院を続けているものの、目立った改善は見られず、自室に閉じこもってどうにか1日をやり過ごしている様子。就職活動に動き出す気配もないままです。
ついに失業給付も切れ、豊さんの通院費や食費、跳ね上がった光熱費はすべて賢治さんの財布から出ていくようになりました。
「わが家の年金は夫婦2人で暮らす分にはギリギリ。40歳の息子を養うことで赤字に転落していく……」
賢治さんは管理人の仕事中にふと、自分の寿命と貯金の残高を天秤にかけては溜息をつく毎日を送っています。
増加する「心の病」と、親世代を襲う「共倒れ」の家計リスク
川村家のようなケースは、決して珍しいものではありません。厚生労働省の「患者調査」によると、精神疾患を有する総患者数は2023年には603.0万人に達しています。2017年時点では419.3万人だったため、6年で約180万人も増加した計算です。成人の精神疾患の患者数は年齢層による差はあまりなく、働き盛りも高齢者も同じように増加しています。
働き盛りの精神疾患患者の増加の背景には、職場のストレス、長時間労働、人間関係の悩みなどが考えられます。一度離職すると復職が困難という現実も、患者とその家族を苦しめているのです。
川村家のケースで経済的負担を試算してみましょう。豊さんの生活費が月5万円として、年間約60万円の追加支出が発生します。これが10年続けば600万円、20年続けば1,200万円です。3,000万円の資産があっても、子どもを養い続ければ大きく目減りしてしまうでしょう。
こうした状況は、「8050問題」の低年齢化ともいえます。8050(はちまるごーまる)問題とは、80代の親と50代の子どもが同居し、親の年金や資産に依存して生活している世帯で生じる問題を指します。従来は50代の子どもと80代の親の問題として語られてきましたが、川村家は「6040問題」のケースかもしれません。
いずれにしても親が高齢になるほど経済的にも体力的にも支援能力が低下するため、早い段階での対策が重要です。
FPが助言する「親子共倒れ」を防ぐ対策
では、川村家のような状況に直面したとき、親はどう対応すればいいのでしょうか。ファイナンシャルプランナーとして、現実的な対策を提案します。
大切なのは、「子どもの面倒は親が見るべき」という考え方から一歩踏み出すことです。もちろん、親として子どもを助けたいという気持ちは当然です。しかし、親自身が経済的に破綻してしまえば、最悪の場合、「親子共倒れ」となりかねません。
まずは公的な支援を受ける可能性を探りましょう。うつ病などの精神疾患で、日常生活や労働に著しい制限がある場合、障害年金を受給できる可能性があります。障害年金には「障害基礎年金」と「障害厚生年金」があり、受給できる金額は等級や加入していた年金制度によって異なります。
2025年度の金額で見ると、障害基礎年金2級の場合、年額約83.2万円(1956年4月2日以後生まれの場合)が支給されます。豊さんのように会社員として厚生年金に加入していた場合は、基礎年金に加えて障害厚生年金として報酬比例部分(2級の場合)が上乗せされる仕組みです。
障害年金の受給要件は、初診日に年金に加入していること、一定の保険料納付要件を満たすこと、障害認定日に一定の障害状態にあることです。精神疾患の場合、日常生活にどの程度支障が出ているか、就労がどの程度困難かを主治医に正確に伝え、診断書に反映してもらうことが重要です。
障害年金の申請は専門知識が必要なため、社会保険労務士などの専門家に相談することをおすすめします。障害年金による月7万円から10万円程度の収入があれば、持ち家があって住居費がかからない場合、賢治さん夫婦に経済的な負担がかかることは避けられるでしょう。賢治さん夫婦が亡くなった後も、豊さんが引き続き実家に住み続けることができれば、最低限の生活は維持できると考えられます。
計画通りの人生が変わってることは、誰にでもある
自立が難しい場合の選択肢として、精神障害者向けのグループホーム(共同生活援助施設)や、地域の障害福祉サービスの活用が挙げられます。精神保健福祉士などの支援専門職と連携することで、適切な支援を受けながら地域で暮らし続けることも可能でしょう。
何より大切なのは、自分たちだけで抱え込まないことです。今すぐ相談できる窓口として、市区町村の保健所・保健センター、都道府県の精神保健福祉センターなどがあります。これらの窓口では、精神疾患を抱える本人や家族の相談に応じており、障害年金の申請支援、福祉サービスの紹介、就労支援など、具体的なアドバイスを受けることができます。
精神疾患は長期化することも多く、家族にとっては忍耐が求められます。しかし、親がすべてを抱え込む必要はありません。公的支援制度や専門家を積極的に頼ることが、本人にとっても家族にとっても最善の道です。
そして、親自身が健康で経済的に安定していることこそが、子どもにとって最大の支援となります。川村家のように、計画通りの人生が突然変わってしまうことは誰にでも起こりえます。だからこそ、早めの相談、早めの対策が大切なのです。
松田聡子
CFP®
