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「2014年1月29日15時15分頃です。今から12年ほど前の出来事で、必死に生きようとした実久(みく)の姿や悲しみを今でも思い出します」

【画像を見る】笑顔の実久さん 両親が撮りためてきた成長の記録 「実久の火葬ボタンを妻と押したことは忘れない」

香川県警が今月9日、県立多度津高校で開いた「命の大切さを学ぶ教室」です。

12年前の1月29日、秋山隆志さんは最愛の娘・実久さん(11)を交通事故で亡くし、その当時の苦しい体験を県立多度津高校の生徒たちに語りました。

当時小学5年生の実久さんは、香川県善通寺市で下校中に無職の男(29)が運転する軽乗用車にはねられ意識不明の重体となり、事故から9日後に亡くなりました。

男の車はゆるいカーブを曲がらずに、まっすぐ実久さんに向けて突っ込みました。
実久さんをはねた男は危険ドラッグを吸引し、事故を引き起こしました。

意識不明の重体で病院に搬送された実久さんは、懸命な処置により一命を取り留めましたが、隆志さんたちは、医師から思いもせぬ説明を受けました。

【第2話】から続く
「俺はあの子の父親や、覚えとれよ」父の叫びに対し、男は全く反応しなかった


【第1話】
「バイバイ」友達と別れた7秒後に最愛の娘(11)は命を奪われた 少女をはねた運転手の男(29)は「危険ドラッグ」を吸っていた

【第4話】
危険ドラッグを吸引した男(29)に最愛の娘(11)の命を奪われた両親「早く天国に連れて行って下さい、貴女に逢いたい」 

『ああ、もう植物人間やな』受け入れがたい現実

実久さんは事故の翌日、CTによる精密検査を受け、その結果緊急手術を受けることになりました。

(秋山隆志さん)
「(事故の)次の日の朝7時に検査をすることになり、CTを取りました。すると私たちはドクターに呼ばれました」

「今すぐ緊急オペをしないといけません。頭の中の脳水が、脳を圧迫しています。実久ちゃんはひどい頭痛に襲われています。と説明されました」

「ドクターはさらに説明を続けます。しかしそのオペは、命を維持するのが目的で、オペ後、どのような後遺症が残るかは分かりません。しかし非常に急ぎますと説明されました」

「私たちは、実久が頭が痛いと感じたらかわいそうと考え、オペの同意書にサインをしました。とにかく生きて欲しかったのです」

生きて欲しいー。隆志さんたちの思いとは裏腹に、家族として、受け入れ難い現実に直面することになります。

(秋山隆志さん)
「オペは30分ほどで終わりました。オペ後の説明を聞いていると、主治医ではない他の脳外科のドクターが、『ああ、もう植物人間やな』とひとこと言いました。私はかなりのショックで、何のことか分かりませんでした」

【画像②】は誕生日ケーキを前にした実久さん

知人たちは闘病中の実久さんの手をさすり回復を願った

命をつなごうと、実久さんの心臓は懸命に動き続けます。実久さんの回復を願い、多くの人たちが病院を訪れました。

(秋山隆志さん)
「病院のご厚意で、面会者を受け入れることになり、実久の面会者は多い日は、大人ばかり70人ほどが来てくれました。子どもは救急センターの観察室で、ということで入室できませんでした」

「実久は友達のお母さんたちからすごく信頼を受けていたので、多くの人がお見舞いに来てくれたのだと思います」

「実久ちゃんまた来るよ」

(秋山隆志さん)
「誰もが『実久ちゃんをこんな目に合わせて許せん』と、怒りと悲しみで泣いていました。しかし実久の話をしているうちに、皆が笑いながら実久の手をさすり、それぞれの思い出話をしていました。そして『実久ちゃん、また来るよ』と言って帰って行きました」

「実久の人柄のよさが、これほどの人が訪れてくれるのだと思いました。ありがたくも思い、そして実久を誇らしくも思いました」

そして事故を引き起こした加害者側も、事故から4日経ち、病院を訪れました。

謝るのは「闘病中の実久」に対して

(秋山隆志さん)
「私たちが病院で看病をしている中、犯人の母親と犯人の嫁が事故後4日目ぐらいを迎えた時に病院に来ました」

事故を起こした男の母親と妻が、謝罪のため病院を訪れ、隆志さんは対応することになりました。

「とても妻は対応できないと思い、婦長さんに突き添ってもらい、妻には黙って2人で観察室を出ました。観察室から離れた談話室で、2人は待っていました」

「部屋へ入ると母親が『この度は、私の息子が事故を起こし申し訳ありません』、妻も『申し訳ありませんでした』と私に頭を下げながら言いました」

「私は、闘病中の実久の姿をスマホで写真を撮っていたので、2人に写真を見せながら、『今、実久は頑張って治療を受けています。謝るのは写真に写っている実久にではないか。実久の姿を見て謝れ』と言いました」

【画像④】実久さんが事故に遭った現場

土下座をし謝る2人に対して隆志さんは

隆志さんは、スマートフォンの画像に映った闘病中の実久さんに対して謝るよう訴えたことに対して、男の母親と妻はー

(秋山隆志さん)
「2人は土下座をし、体を振るわせながら『すみません、すみません』と言っていました。私が母親たちに『今、実久は必死に頑張っています。私たちも毎日2時間も寝ずに看病をしています』」

「『2人とも暖かそうなジャンバーを着ていますが、実久の今の状態は、自分で体温調節ができず、タオル1枚かけるかかけないかで熱が38°C以上に上がり、24時間私たちは交代で気をつけて見ています』」

「『簡単に言えば、そんな状態にしたのがあなたの息子なんです。どうしてくれるんや』と言いました。母親たちは泣くばかりで、どうにもなくなりました。婦長に促され、帰って行きました」

隆志さんは、男の母親と妻からその後、一度も謝罪はないといいます。

【画像⑤】笑顔の実久さん

「実久の顔、こんなにみるの赤ちゃんの時以来やな」

隆志さんは、妻と24時間にわたり実久さんの看病を続けます。

(秋山隆志さん)
「妻から、『人は亡くなる前に、今までと違う反応を出すので見逃してはだめ。そのまま気づかず亡くなってしまう』と言われていました。私たちは実久の顔を、できる限り見ていました」

「トイレに行く時や歯磨きをする時でも、必ず『看護師が点滴を交換する3分ほどの間』と決めていました」

実久さんが闘病中、隆志さんと妻との間で、印象的な出来事があったといいます。

「『夫婦2人で、実久の顔を何時間もこんなに2人で見たの、赤ちゃんの時以来やな』と話し、実久の思い出話を何時間もしました。夫婦お互い、限界を超えていた時もありました」

【画像⑥】実久さんが赤ちゃんの時の写真

実久さんから母親へ最後のメッセージ

状態が安定していた実久さんでしたが、事故から9日目を迎え時、容態に変化が出始めました。

(秋山隆志さん)
「実久の心臓から不整脈が出てきました。それを見て妻は、看護師にドクターを呼ぶように言いました」

「実久から母親への最後のメッセージです。『もう疲れた、もうええかな』と言っている様子です」

「ドクターから、『そろそろかと思います。親戚の人を呼んでください』と言われました。150ほどあった心拍数は、だんだん落ちていっています」

実久さんと別れの時が「いつかそっちの世界に行った時また遊ぼうな」

(秋山隆志さん)
「とても受け入れることができないことですが、妻は実久の最後の声を聞くことができたのだと思います。30分ほどで親戚の人たちが病院に到着しました。

15時頃、実久の手を取り妻と

『一緒に実久、9日間頑張ってくれてありがとう』

『実久、今までいっぱい思い出作ってくれてありがとう』

『いつかそっちの世界に行った時、また遊ぼうな。一緒に楽しい話をしようね。またね、ありがとう、ありがとう』

何度も何度も、妻と一緒に声をかけました」

「すると心拍数が80と落ちていき、最後は20から0に。そして実久の手がだんだんと冷たくなっていました。病室に入りきないほど、大勢の病院関係者や親戚の人が見守る中、実久は亡くなりました。2014年2月7日15時17分、永眠です」

亡くなった実久さんが最後の親孝行

父親の隆志さんは、亡くなった実久さんが最後に親孝行をしてくれたといいます。それは、亡くなった時間が関係していました。

(秋山隆志さん)
「15時17分という時間は、実久が私たちにくれた最後の親孝行です」

「亡くなって24時間は火葬はができません。しかし、火葬場の最後の受付は15時と決まっています。なので2日後の葬式となりました。1日に余分に、大好きだった自分の家でゆっくり過ごす時間が取れます」

ようやく帰宅した実久さん「今はテレビのアニメずっと見ていいよ」

(秋山隆志さん)
「私は実久に、『さあ、実久。一緒に家に帰ろうか? 今はテレビのアニメずっと見ていいよ』と言って、病院を後にしました」

「(闘病中の)9日間で、大勢の人からいただいたお見舞いの品物や、実久の友達が作ってくれた2000羽の折り鶴とともに帰りました」

「2日後の2月9日に『お別れ会』という葬式が行われました。家族葬と学校に伝えていましたが、150名以上の人が参列に来ていただきました」

実久の火葬のボタンを妻と2人で押した

(秋山隆志さん)
「実久の棺の中にはたくさんの折り鶴と、実久が寂しくないように大事にしていたぬいぐるみを入れました」

「とても悲しい葬式でした。今でも交通事故の一連は目に浮かびます。心臓のマッサージを受けていた実久、治療中の実久、実久の最後を迎えた時のこと」

「その中でも一番悲しく辛い思いをしたのは、喪主として実久の火葬のボタンを妻と2人で押したことでした。本当に悲しい一連の出来事でした。一生忘れることはありません」

事故を起こした男 裁判所が下した判決は

警察は、男を自動車運転過失傷害の疑いで現行犯逮捕し、検察は男を自動車運転過失致死の罪で起訴しました。

その後の調べで、「男は運転前に脱法ハーブ=危険ドラッグを吸引していて、的確な運転ができない状態だった」として、検察は危険運転致死罪に訴因を変更しました。

そして事故から約1年後に開かれた裁判で、高松地裁は「男が正常な運転ができないと明確に認識していたにも関わらず、意識・運動機能が低下した後も運転を継続したことは強い非難に値する」などとして、15年の求刑に対して12年の判決を言い渡しました。

判決を受けて開かれた会見で隆志さんは、「求刑が15年あって、なぜ3年縮められたのか」「あとは法律を厳しくしてもらう。これに尽きると思う」と話しました。

【画像⑨】幼少期の実久さん

【第4話】へ続く
危険ドラッグを吸引した男(29)に最愛の娘(11)の命を奪われた両親「早く天国に連れて行って下さい、貴女に逢いたい」 

【第1話】
「バイバイ」友達と別れた7秒後に最愛の娘(11)は命を奪われた 少女をはねた運転手の男(29)は「危険ドラッグ」を吸っていた

【第2話】
「俺はあの子の父親や、覚えとれよ」父の叫びに対し、男は全く反応しなかった

【第3話】
「実久の火葬ボタンを妻と押したことは忘れない」息を引き取る娘に両親は「いつかそっちの世界に行った時、また遊ぼうな」

講演会は、香川県警が「命の大切さを学ぶ教室」として、1月9日に香川県立多度津高校で開催。多度津高校の卒業生でもある秋山さんは、事故の経験を通じ、後輩の生徒150人に交通安全の大切さなどを訴えました。

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