「成功とは何か」といった抽象的なテーマのビジネス書が気になって買ってしまう。なぜなのか。組織開発専門家の勅使川原真衣氏は「成功哲学を扱ったビジネス書が売れ続けるのには、明確な理由がある」という――。

※本稿は、勅使川原真衣『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと 仕事にすべてを奪われないために知っておきたい能力主義という社会の仕組み』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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■人の感情を左右する技術

何かものを売りたいとき。世のなかに広く、それを買う動機となるような価値観、危機感を植えつけたいだろう。ただ、「きれい」なものを作ろう、とか「面白い」小説を書こう、というのは難しい。人それぞれに「きれい」「面白い」「楽しい」は多様だからかもしれない。しかし、これはどうだろう?

汚い
怖い

は、「きれい」などの感覚と比するとそこまでの多様性はないのではないか。

というのも、私にはこんな原体験がある。汚い、怖いは「作れる」のだな、と思わされた若き日の経験だ。

それは、私が大学院1年生の頃。修士で就職を考える学生は、修士課程に入ったら4、5カ月で当時就活が始まった。興味本位でとある消費財メーカーのマーケティング部門の就活プロセスに乗っかっていた。結果から言うと最終面接で落選したのだが、その選考というのは、生々しいほど実践的で、その会社のコアバリューを就活生にも惜しみなく開示するような刺激的な内容だった。あれから4半世紀近く経つわけだが、私はいまだに覚えている。

「ニーズはそこにあるのではない。こちらから創出するものだ」
「それをずばり『アンメットニーズ』と呼ぶ」

と。

「あれがあったらいいな、これがないと大変だな、の多くは、本人が気づいていない。だから僕らが『あれがないから大変なのかも?』『これがあればもっと楽で素敵な毎日なのに』と思わせてさしあげる。これが僕らマーケッターの仕事です」

と。

■日本人を一瞬で縮み上がらせる言葉

一体どういうことか。たとえば、こんな謳い文句を耳にしたことがないだろうか。

「ただお風呂やシャワーでしっかり体を洗っていても、でかける際に汗をかいては、においのもととなる菌を放置することになる。出先では常にこういうスプレーを脇に当てて……とやらなきゃ、人として、女性としてダメ」
「これがお出かけ前のエチケット」

といった類だ。

これはもちろん嘘ではないのだろうが、「エチケット」と言われると、はっ! とするのが人の(特に日本人の)性(さが)だろう。周りへの配慮を貴ぶ文化に生きる私たちを一瞬で縮み上がらせるもの。それは、

「あなた、周りに迷惑をかけてますよ」

である。

これがきれいですよ、この映画面白いですよ、なんてことより、あなたは人として成ってない、と言われたほうが圧倒的に不安と恐怖を煽られる。福祉社会学者の竹端寛氏は「迷惑をかけるな憲法」とまでこの風潮を呼ぶ。もちろん、先のマーケッターの諸先輩方が「恐怖を煽りましょう」と言っていたわけではないが、価値観をじわじわ植えつけるようなマーケティング戦略であった。

■布用消臭剤の大ヒットの裏で起こったこと

また、他にも、家のなかの消臭剤市場はすでに確立されていても、まだ「アンメットニーズ」、つまり消費者側も言われるまで不都合や不具合に気づいていない点があるじゃないか? と辺りを見渡す。そこで目をつけたのが、スプレー型布用消臭剤である。

家のなかのにおいは実は布に染みついたにおいが拡散していて、芳香剤を置いてもどうしようもない。

布にシュシュっと……のコマーシャルは、男兄弟の息子たちをケアする母親の「思いやり」として放映された。

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それまでは洗えない布(ソファやベッドマットレス、カーテンなど)ないしは洗いにくい布は、ケア労働の主体としての母親(像)は清潔を保つことに難儀していたわけだが、これをシュシュっとさえすれば、大型布製品をえっちらおっちら洗濯して干す手間も要らない。子どもを想う母親としての務めを楽々果たせるのね、と大ヒットした。

……と同時に何が起こったか。

布のにおいに効くとされる商品が生まれれば、逆にそれでもにおう空間があった場合には、誰かの消臭マナー、対応が足りないことにもなるのだ。そもそも、柔道着や剣道着は、どこか湿っぽいにおいがしていたものだが、布にシュシュッとが効くと謳えば謳うほど、すえたにおいがしていてはいけないことになる。

■こうしてコンプレックスは産業化する

ここまでわかりやすさのために、消臭産業からみてきたが、このような「コンプレックス産業化」というのは、能力についてもまったくもって当てはまる。

「成功」というのはその成り立ちからして、量産できる類のものではない。選抜的で精鋭化を伴う概念としての他者比較、序列化としての「成功」。この論理でいくと、多くの人は成功できないわけだが(反対に言うと、成功者はごく一握りの人間)、成功できない、つまりは失敗を恥ずべきこと、弱さの表れだと流布するとどうだろう。

薄毛や肥満などの産業がいつの時代もその絶対的な解決策を持たぬまま、いつまでも成り立つのは、やはりコンプレックス化しているからである。

成功も、その構成要素である「高い能力」も、何をどうすればというのははっきりしないままである。

学力が能力の代表格であった時代はまだマシで、今や「生きる力」「リーダーシップ」「美意識」「ウェルビーイング」「ご機嫌」……などは、何をどうして、「伸ばし」、それを他者にわかってもらえばいいのか、どうその度合いは正確に測定され得るのか……てんでわからない。

■成功しないのは「恥ずかしいことだ」

でも、失敗は恥ずかしいし、努力が足りないまま、「あなたが浮かばれないのは自己責任なのだ」と喧伝されては、どうにかするしかない。意地をかけて。

そんなとき、ダイエットドリンクやDVDなどと同様に、成功哲学の本が書店で大々的に売られていたら。企業で「リーダーシップ研修」が売られていたら。『世界のエリートはなぜ美意識〜〜』という書籍が書店で平積みされていたら。藁にもすがるのが人間ではないだろうか。この商売を考えた人は、言いたかないが、天才である。絶対に自分たち以外は勝てない、公平「っぽい」ゲームを考えついたのだから。

■「マナー化」による弊害

もうひとつ、今のところいまいち広まっていない考えを根づかせる技のひとつとして、コンプレックス産業化の他にも、「マナー化」というニッチな方法があるので、ご紹介したい。新型コロナウイルス禍で「咳エチケット」だ、「ソーシャルディスタンス」だ、「マスク会食」だなんだとやっていた頃を思い出したい。

他国はロックダウンなど激しく強制的な対策をしたのにあるときにサクっと規制解除した。一方の日本は延々とマスクを手放さず、また医療機関の面会制限もだらだらと続き、親の死に目にも会えないことが当たり前になる事態に。この異様さを「マナー化」の弊害だと指摘したのは、私の執筆活動の師匠でもある人類学者の磯野真穂氏である。

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朝日新聞デジタルにおける当時の連載のなかでこんな指摘があった。強制がただちに悪いわけではなく、必要なタイミングで強制力を持ってしっかり感染拡大を防ぐ手立てを実行したらいい。しかし、いつどうなったらやめるのか? まできちんと決めるのが筋なはずで、他国の多くはそうしていた。

しかし日本は「マナー」と呼んだから感染対策の終わり時を失い、マスク着用やアクリル板など、科学的根拠も薄いまま、奨励された妙な感染対策が漫然と続いてしまった。このような「マナー」「配慮」などの見えない空気のような敵と対峙しっぱなしの状況では、対策の必要性が薄れたかに見える状況になっても、誰もその意味があるのか怪しい対策とやらをやめる決断を下せず、結果として、効果があるかはわからないけど、

「みんな我慢しているんだから、あなたも我慢しなさいよ」

的な対策が長期化したと磯野氏は言うのだ。

■漫然とした規範に支配されていないか

これは重要な指摘である。決めるべきことをきちんと定めずに、周りの「空気」「風潮」で判断する。なんなら感染症は科学・医学の領域なのに、「マナー」「頑張り」などの道徳心でくくって、なんとなく規範化する――割とお馴染みの手法だが、さして合理的な理由もなく、皆が皆、互いを監視するように我慢し合う。抜け駆け禁止。これだから皆ずるずると苦しかった。

この指摘は、昨今の能力主義社会にも非常に多くの共通項を持つと私は考えている。

何をもって仕事の「成果」とするのかはあいまいなまま、なんとなく周囲と協調してやっているか? うまくいっているか? みたいなもので職務評価をされる日本企業にも。

でも漠然とした規範というのは、すでに評価が高く支配階級にある体制側には使い勝手がいい。なぜなら、はっきりと明文化しない(できない)まま、それっぽく規範化すれば、多くの人が文句を表立って言うこともない。「自分は出来が悪いからか……文句があるなら出来るようになってからだよな……」なんて、勝手につけられた序列を受け入れ、無限の努力に励んでくれるのだから。

■「成功しないといけない」という呪い

ゆえに、「成功すれば」豊かに生きられる――と聞いて、

◆ え、でもその「成功」という概念そのものが選抜的でパイが拡がらない性質だけど?

◆ そもそもその「成功」すれば豊かに生きられるとふれ回り、ごく一部の成功者を除いては、生きづらさがあっても仕方がない、と言い捨ててしまうことのほうがよっぽど問題では?

勅使川原真衣『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと 仕事にすべてを奪われないために知っておきたい能力主義という社会の仕組み』(KADOKAWA

なんて言う人はそういない。私たちはこうして、能力や成功のコンプレックス産業化とマナー化という規範によって、不断の努力をする健気な存在に、仕立てあげられている。

繰り返すようだが、根源にあるのは、不安感である。不安は金になる。不安になる必要なんて何もないんですよ、なんて言ってしまった日には、成り立たない産業がたくさんある。「リスク」に備える、という考えだ。

世のなかで取り残される、失敗するリスクを思ったら、今頑張るしかない。失敗を恐れさせ、欲望を刺激したら、最高のビジネスチャンスだ。成功しないと/失敗すると大変なことになる――なんて呪いをコンプレックス産業化してしまえば、決してなくならない産業にできるんだから。

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勅使川原 真衣(てしがわら・まい)
組織開発者
東京大学大学院教育学研究科修了。BCGやヘイグループなどのコンサルティングファーム勤務を経て、独立。教育社会学と組織開発の視点から、能力主義や自己責任社会を再考している。2020年より乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、紀伊國屋書店じんぶん大賞2024 第8位)、『働くということ』(集英社新書、新書大賞2025 第5位、紀伊國屋書店じんぶん大賞2025 第11位)、『職場で傷つく リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)、『格差の“格”ってなんですか? 無自覚な能力主義と特権性』(朝日新聞出版)などがある。
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(組織開発者 勅使川原 真衣)