塩、味噌、豚骨……さまざまなおいしさがあるが、DNAに刻まれた、食べ慣れた味だからだろうか。気がつけば醤油味をすする自分がいる。今回は、今の醤油ラーメンの原風景とでも言うべき老舗の、それも今なお楽しむことができる美味を紹介します。“神保町半チャンラーメンの御三家”といわれる東京・神田神保町の老舗『中華そば 伊峡(いきょう)』です。

半チャンラーメンの老舗『中華そば 伊峡』の女将:沢木佳代子さん

『中華そば伊峡』女将さん 沢木佳代子さん

1966(昭和41)年創業、一杯が驚きの価格

神田生まれの江戸っ子。長男の大輔さんと暖簾を守る。神保町半チャンラーメンの御三家といわれる店は1966年創業。佳代子さんの夫で2代目の昭司さんと初代との間に血縁関係はなく、以前働いていた会社で出会ったことが縁で一緒に商売をするようになった。初代亡き後に家族で店を受け継いだ。現在の営業は麺が無くなり次第終了のため、14時前に終わることも多い。

つくづく家族経営のラーメン屋さんは大変な商売だと思う。『伊峡』の場合。まだ暗い早朝からスープを作り、営業を終えれば毎日ピカピカに厨房を掃除、さらに翌日の仕込みや準備……などなど。これらの作業を母と息子の基本ふたりで。真面目にやればやるほど仕事は尽きない。なのに。物価高騰の波が切実に押し寄せる昨今においてもラーメン一杯500円(取材時)。

『中華そば伊峡』チャーシュー麺 650円 ※変更あり 豚モモの部位であるナカ肉で作る厚めのチャーシューがたっぷり5枚。麺は細め

安さに驚く私に「頑張れるだけこの値段でやりたいけど、ごめんね、年明けにそろそろ上げようかと考えてるの」。女将の沢木佳代子さんが申し訳なさそうに手を合わせる。

「ラーメンは小銭で食べられるもの」

いやいや、このご時世で値上げは当然、上げてください。地元になくてはならない店を、長く続けてもらうためにも。

「ラーメンは小銭で食べられるもの」。佳代子さんの夫で昨年亡くなった2代目の昭司さんがいつも口にしていた言葉だ。だから「安くて旨い味を」と初代から受け継いだ店を家族で踏ん張って守っている。

「ここは学生街だし、毎日の食事のことだから1杯900円や1000円なんて取れないの(笑)」。

たまに食の細い年配客が安い半チャーハンだけ注文することもあるそうだが、嫌な顔ひとつしない。むしろ太陽のように明るい笑顔で迎えてくれる。何て気持ちのいい女将さんなんだろう。

一方、3代目の大輔さんは超が付くほど真面目で仕事熱心。父の味を忠実に守り、すべての料理をひとりで作っている。大らかな接客の母、寡黙な職人の息子、家族の連携プレーが今の『伊峡』の魅力だ。

『中華そば伊峡』3代目 沢木大輔さん 仕込みから調理までひとりでこなす大輔さん。「慣れているから大変ではないです」と控えめに話す。真面目な仕事ぶりは父の昭司さんも信頼を寄せていたとか

“神保町半チャンラーメン”の御三家

と同時に、この店が一目置かれるのは“神保町半チャンラーメン御三家”のひとつと言われているからだろう。諸説あるが神保町はいわゆる半チャーハン&ラーメンセットの発祥地とされている。

半チャンラーメン700円※変更あり

『中華そば伊峡』半チャンラーメン 700円 ※変更あり 鶏ガラとゲンコツ等で作るスープは誠実さが伝わる味。チャーシューの切れ端が入るチャーハンは食べ飽きない旨さ

「チャーハンとラーメンが両方食べたい」という要望に応えたのがきっかけで、いち早く提供した数店の内の1軒がここというわけ。今や当たり前の最強コンビがこの界隈で誕生したとは恥ずかしながら知らなかった。神保町はその聖地としても知られるそうだ。

真面目に心を込めてやってると味に出るのね

大輔さんのブレない仕事が注がれたラーメンは、余計なものが削ぎ落とされたようなシンプルなおいしさだ。素朴なチャーシューは噛むほどに旨みが出てくる。チャーハンがまたやさしい味で、両方食べればたっぷり満足の量と安さ。いやあ、どれだけの腹ペコたちがこの庶民的なセットに助けられてきたか。でも決して安さだけじゃない、また無性に食べたくなる味……。

『中華そば伊峡』旨さの証!鶏の脂も加えた醤油ダレは風味豊か

「こだわりなんてないのよ。真面目に心を込めてやってると味に出るのね、あはは」。

佳代子さんは冗談っぽく笑うが、本当にそうだ。お腹いっぱい食べてね、という真心が誠実な味と接客にあふれている。

「店を守ってきた初代と主人、そして来てくれるお客さんに感謝しかないんです」

やっぱり街のラーメン屋さんは大変な商売だ。けれど人々の生活を陰で支える尊い仕事だと、つくづく思う。

『中華そば伊峡』

『中華そば伊峡』@神保町

[住所]東京都千代田区神田神保町1-17
[電話]なし
[営業時間]11時〜14時頃※麺が無くなり次第終了
[休日]日・祝
[交通]地下鉄半蔵門線ほか神保町駅A7出口などから徒歩2分

撮影/鵜澤昭彦、取材/肥田木奈々

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