なぜロシア国民はプーチン大統領を支持しているのか。元外交官の亀山陽司さんは「ロシア国民は、ロシア正教会の神に守られた『ロシア』という国家を信仰している。プーチンを支持する理由は宗教事情と密接に関係している」という――。
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2022年9月7日、ウラジオストクで開催された東方経済フォーラムに参加するロシアのウラジーミル・プーチン大統領 - 写真=AFP PHOTO/TASS Host Photo Agency/Sergei Bobylyov/時事通信フォト

■なぜロシア人はプーチンを支持し続けるのか

ロシア軍によるウクライナ侵攻は長期化の様相を見せ、ウクライナは粘り強い抵抗を続けている。その影響で石油や天然ガス、食品の価格が高騰。世界経済は深刻な物価高に直面することになった。

米国もNATOも長期戦を覚悟し、8月末にはプーチン大統領が軍の拡充のための大統領令を発出した。ウクライナは東部や南部をロシア軍に占拠され、女性や子供たちは国内外に避難している。ロシアも軍事面で多大なコストと人命の損害を出している。

このような悲惨な実情を前にしても、渦中のロシア国民はこの戦争や、プーチン大統領に対する支持をし続けている。

ロシアの世論調査機関「世論基金」によれば、プーチン大統領の支持率は、ウクライナ侵攻前には60%前後だったが、侵攻後は80%前後で推移している。同じく世論調査機関であるレヴァダセンターによれば、ウクライナにおける「特別軍事作戦」について、今なお約80%の人が支持している。

また、ロシア国民の約60%は、ウクライナの惨状に個人的には道義的責任を感じていないとの調査結果が出ている。つまり、ロシア国民の多くは、ロシアのウクライナ侵攻を自分たちの責任と感じることなく、軍事行動自体を支持しているというわけだ。

■政府の立場を人々が共有する土壌

これは、ロシア国民の大半が、ロシアのウクライナにおける軍事行動は「正当なもの」であると感じていることを意味する。

実際、4月末のレヴァダセンターの世論調査によれば、ウクライナの惨状の責任は米国とNATOにあると答えた人が実に57%、ウクライナ自身にあると答えた人が17%、ロシアにあると答えた人は7%であった。

要するに、ロシアは米国やNATOによる脅威に対抗するためにウクライナに侵攻するほかなかったというロシア政府の立場を共有しているということである。

これが、ロシア国民が隣国への侵攻というロシア政府の暴挙を支持する一つの答えなのであるが、問題は、なぜロシア国民は政府の立場を共有するのか、という点にある。それがわからない限り、この紛争を理解することはできないだろう。

■ロシア人の戦争観

拙著『地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理』(PHP新書)でも詳しく解説したが、ロシア国民の立場を理解するためには、ロシアにおいて支配的な考え方、ロシアン・イデオロギーと呼ぶべきものについて考察することが必要である。

まずロシア人にとっての戦争とはどのようなものなのかを考えてみたい。

我々日本人は第2次世界大戦、連合国による占領を経験して、平和を掲げる国家として再生した。従って、戦争は国際紛争を解決する手段としては放棄するとの立場をとっている。また、国連も平和と安全を守るという目的を持ち、武力行使を原則的には禁じている。日本では戦争は決して起こしてはならないものだという認識が一般的となっている。

しかし、ロシアでは若干事情が異なる。

もちろん、ロシアでも戦争は望ましいものではなく、できることならば避けたいと考えていることに変わりはない。第2次世界大戦でソ連が被った人的損害は2000万人以上といわれ、文字通り桁違いの犠牲者を出しているのである。

それでもロシア人は、日本人のように戦争をタブー視していない。それを示す好例が、法律によって定められた19に上る「軍事的栄光の日」だろう。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mordolff

■法的に刻まれ、受け継がれてきた

それは、13世紀のドイツ騎士団との戦いから始まり、14世紀のモンゴル・タタールとの戦い、18世紀のスウェーデンとの大北方戦争、二度にわたるロシア・トルコ戦争、19世紀のナポレオンとの戦い、クリミア戦争、そして第2次世界大戦の主要な戦闘まで続く長いリストだ。中には、対日戦争勝利に関する「第2次世界大戦終了の日」もある。

このようにロシア史における数々の戦争は法的にも記憶されているのである。

戦争は多大な犠牲を伴うが、それは祖国の防衛という輝かしい行為でもある。従ってそれは記憶され、語り継がれ、追体験されなければならない。そうすることによって、ロシアという国の偉大さと誇りを受け継いでいかなければならない、ということだ。

こうした戦争観は、ロシアの国家観と密接に結びついている。

■専制、ロシア正教会、国民性の3本柱

近代的なロシアの国家観は19世紀の前半期に、特にニコライ1世(在位:1825〜55)の治世に形成されていった。それは、ロシア・ナショナリズムと皇帝専制主義との結合を特徴とするイデオロギーである。

ヨーロッパではフランス革命に端を発するリベラリズムの思潮が勢いを見せている中、ロシアはそうした動きを武力介入も辞さない構えで牽制したため、ニコライ1世は「ヨーロッパの憲兵」と恐れられた。

ニコライ1世はヨーロッパ的な価値よりもロシア的な固有の価値を重視した。そのイデオロギーは、専制、ロシア正教会、国民性(ナロードノスチ)の3本柱である。

ニコライ1世の肖像(図版=フランツ・クリューガー/エルミタージュ美術館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

専制というのは、皇帝権力の絶対性を擁護し、皇帝権力はなにものにも制約されないということである。また、ロシア正教会は、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)からロシアが受容したキリスト教であり、西ローマ帝国からヨーロッパが継承したカトリック、そしてそこから派生したプロテスタントとは異なる流れである。国民性というのは、専制と正教会への全面的献身こそがロシア国民の国民性であるという考え方である。

こうしたニコライ1世の時代の国家的なイデオロギーは、実は現代のロシアにもある程度通じるものがある。

ロシア革命によって皇帝はいなくなったが、専制的な強権政治はソ連時代も現代ロシアでも同じだ。そして、先の世論調査に見たように、ロシア政府の立場を支持しているロシアの国民性にも共通点があることがわかるだろう。

■愛国心が無尽蔵に生み出されるカラクリ

また、正教信仰もソ連崩壊とともに輝かしい復活を遂げ、今や正教会はプーチン政権と一体となっている。

正教会は同じキリスト教でもカトリックやプロテスタントとは色合いが違う。カトリックにおけるローマ教皇のような普遍的な権威はなく、あくまでもロシア正教会のトップである「モスクワおよび全ルーシの総主教」がトップである。

カトリックの普遍主義とは異なり、土着主義であり、民族教会を基本としている。民族教会の自治独立権が尊重され、民族語での礼拝が認められていた。ロシアの正教徒は他の総主教ではなく、あくまでもロシアの総主教に従うのである。このように正教会はそもそもナショナリズムと結びつきやすい土台を持っていると言える。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pavliha

■政権支持の背景にある「ロシアに対する信仰」

実はロシア国民が信じているのは、プーチンという個人でもなければ、なおさら政府でもない。また、一般的で普遍的なキリスト教の神というのでもない。それは、ロシア正教会の神によって守られた「ロシア」という国家なのである。

ロシアに対する信仰、これがロシアの国民性の根幹にある。ナショナリズムに裏打ちされたパトリオティズム(愛国主義)と言ってもいい。このロシアへの信仰の中身は、次のようなものだ。

「ロシアは偉大な祖国である。ロシアは、国土、歴史、文化、そしてロシア正教によって形成された一つの文明圏であり、世界の命運の鍵を握る大国である」

このロシアという偉大な祖国を擁護し、発展させること。これがロシア国民の使命というわけだ。こうした国民性は、政権が変わったらなくなるというものではない。従って、プーチン大統領を引きずりおろせばロシアが変わるとは言えない。

プーチン大統領が支持されるのは、ロシアの偉大さを擁護するその姿勢が共感されるからなのである。

■プーチンの圧政より、西側への敗北を恐れる

プーチン大統領はそのことをよく理解している。

プーチン大統領が2000年に大統領に就任する直前に発表した「千年紀の境にあるロシア」という論文には「ロシア的理念」という章がある。ここで、根源的で伝統的な価値観として、パトリオティズム、大国性、国家主義、そして社会的連帯を掲げている。

亀山陽司『地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理』(PHP新書)

国家主義とは、強力な国家権力がロシアにとって必要だということであり、社会的連帯とは、個人主義よりも集団的形態が優先されており、個人の努力よりも国家による支援が求められているということである。ここからロシアには強力な国家権力が必要だと結論付けている。

確かに、ロシア政府は言論の自由に制限を加えている。政府はウクライナでの戦争を「特別軍事作戦」と呼ぶことをメディアに強制しており、例えば昨年のノーベル平和賞を受賞したメディア「ノーバヤ・ガゼータ」紙は「作戦」に批判的であるとして活動停止に追い込んだ。

しかし、現時点でロシア国民が恐れているのは、プーチン政権による「圧政」ではなく、米国やNATOといった西側勢力に再び「敗北」することである。

■ロシア人が重視する「誇り」と「偉大さ」

米政府は、プーチン政権はロシア国民の敵であると主張することで、ロシア国民の政府からの離反を期待しているが、世論調査の結果が示すとおり、ロシア国民にとっては、敵でありウクライナの惨状の責任者であるのは、米国でありNATOなのだ。

ロシア軍はウクライナ軍と戦闘はしているが、戦っている相手はウクライナというより、背後にいる米国とNATOということになる。

親露派であるドンバス地域やヘルソン州、ザポロージエ州を制圧することで、ロシアが取り戻しているのは歴史的な領土(18世紀のエカテリーナ2世の時代にオスマン帝国との戦争でロシア帝国が獲得した領土)なのではなく、冷戦での「敗北」で失った「誇り」、そしてロシアの「偉大さ」に他ならない。

米国とNATOがウクライナを明確にバックアップし続ける限り、こうしたロシア国民の認識を変えることは難しい。

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亀山 陽司(かめやま・ようじ)
元外交官
1980年生まれ。2004年、東京大学教養学部基礎科学科科学史・科学哲学コース卒業。2006年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後ロシア課に勤務し、ユジノサハリンスク総領事館、在ロシア日本大使館、欧州局ロシア課など、約10年間ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は林業のかたわら執筆活動に従事する。日本哲学会、日本現象学会会員。北海道在住。著書に『地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理』(PHP新書)がある。
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(元外交官 亀山 陽司)