凸版印刷が挑戦する量子コンピューティング 資源回収・配送業務効率化の課題解決へ

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現在、科学技術計算等で利用されているスーパーコンピュータは高速なコンピュータには違いないが、社会的課題を解決するには、まだまだ処理速度が足りない。

そこで注目されているのが「量子コンピュータ」である。

量子コンピュータは従来のコンピュータとは異なる演算方法により、スーパーコンピュータをはるかにしのぐ高速な計算が可能になる。
しかし、高速なコンピュータであるが故に、悪用される危険性も高い。

具体的には、電子決済や電子申請など、高秘匿情報通信に用いられてきた暗号が解読される恐れがあるのだ。

凸版印刷は、こうした暗号解読を防止する技術を含め、量子コンピュータが実現した社会に必要とされる量子コンピューティング技術を研究している。

2022年5月に開催された「第2回量子コンピューティングEXPO【春】」の凸版印刷のブースにて、スタッフに話を聞くことができた。


■量子技術の社会実装への考え
ブースでは、「量子技術の社会実装俯瞰図」を展示し、量子技術に関連したハードウェアやソフトウェア、用途、社会実装など、それぞれの分野に関して、凸版印刷がどのようにとらえているのかを明らかにした。

同社は現在、一般社団法人量子ICTフォーラムをはじめ、量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)、QPARC(QunaSys主催の企業コミュニティ)、量子ソフトウェア研究拠点(大阪大学)、「量子ソフトウェア」寄付講座(東京大学)など、量子技術関連団体に参画中だ。
量子コンピュータは現在、GoogleやIBMなど、さまざまな企業が研究に着手しており、国内では富士通や理化学研究所が共同で開発を推進しているが、実用化までは5〜10年ほどかかる。

ソフトウェアは、量子科学計算、組合せ最適化、バイオセンサ、量子セキュアクラウド技術、量子AI・機械学習、高精度加速計、脳磁・心磁計測、量子インターネットなど、多岐に渡る展開が可能だ。

量子技術の用途としては、新材料開発や人工知能の高度化、生産・配送の人員計画、地震や噴火の予測、量子暗号装置など、さまざまな分野での利用が考えられる。
こうした用途への量子技術が確立されることにより、防衛、ヘルスケア、金融、流通・運輸。製造などの分野を、飛躍的に向上させる可能性が高い。

凸版印刷は、量子技術の中でもソフトウェアの分野に分類される、組合せ最適化、量子セキュアクラウド技術についての研究を推し進めている。


「量子技術の社会実装俯瞰図」には、量子技術にまつわる情報が、わかりやすくまとめられている。



■量子セキュリティクラウド技術の研究
量子コンピュータが実用化されると、今まで解析が困難であったセキュリティが突破される事態も起こりうる。
具体的には、クレジットカードに代表されるICカードのセキュリティだ。ICカードの認証は現在、カードに実装したRSA暗号などの公開鍵暗号を使用している。量子コンピュータが実現すると、こうした公開鍵暗号が破られる可能性が高い。

そこで、凸版印刷は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)、QunaSys、ISARAとの連携により、どのようなコンピュータでも解読や改ざんのできないデータバックアップ保管と計算処理の実現を目指し、研究を推し進めている。


凸版印刷は、ICカード事業における暗号技術、認証機能技術および不正アクセス防止技術や、ICカード発行などのシステム運用の経験を活かし、ICカードを用いた量子セキュリティクラウド技術へのアクセス制御・管理技術の追加、および運営体制の構築などに取り組んでいる。

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、内閣府SIP「光・量子を活用したSociety 5.0実現化技術」に関する取組みの1つとして、保険医療用の長期セキュアデータ保管・交換システム(H-LINCOS)を実証の場とした量子セキュリティクラウド技術の確立に取組み、Society 5.0実現に貢献する。

QunaSysは、量子化学計算ソフトウェア「QunaSysQamuy」の開発を通して培ってきた量子コンピューティング技術がある。この知見を活かして、量子セキュアクラウド技術を活用した量子化学計算サービス提供の推進、およびユーザー視点での量子セキュリティクラウド技術の確立に取り組む。

ISARAは、量子暗号ライブラリ、開発者向けの統合ツールなどのソリューション事業を通して培った最先端の耐量子暗号技術に関するノウハウがあり、これらをセキュアクラウド技術に提供する。

4者それぞれが得意分野を活かし、量子セキュリティクラウド技術の研究を推進するという。


「量子セキュアクラウド技術 将来の実現イメージ」には、医療分野のアクセス管理についても実証していくことも書かれていた



■物流業務効率化に向けた実証実験
凸版印刷はシグマアイと共同で、量子コンピューティング技術のひとつである量子アニーリングの研究を進めている。
量子アニーリングとは、量子アルゴリズムのひとつであり、組合せ最適化問題に適していると言われている。
両社は量子アニーリングに関する研究成果の活用により、物流業務効率化に向けた実証実験を実施している。

物流業界は、
・荷物の配達や再配達
・配送トラックの燃料や排気ガス
・道路の渋滞
こうした社会的課題を抱えている。
配送計画最適化システムにより配送計画を算出して、計画算出時間や配送計画精度など配送計画における業務負担の軽減が機体できる。

ブースでは、具体的な連携内容の説明があった。
地球温暖化やさらなる環境悪化を食い止めるため、従来の線形経済モデルから、資源を有効活用しながら付加価値の最大化を図る環境経済への移行が必要とされている。
とくに問題となっているのが海洋プラスチックごみなどで問題が顕著化しているプラスチックの資源循環であり、サプライチェーンを横断した取組みが目指されている。

こうしたプラスチック資源循環における大きな課題は、資源の回収・配送業務だ。
凸版印刷は、量子コンピューティング技術を有するシグマアイと連携して、量子アニーリングを活用した回収・配送計画システムの試験開発と効果検証をおこなっている。

具体的な取組みとしては、市川環境ホールディングスと連携して、同グループにおけるゴミや再生資源の回収・配送業務を対象とした、実証実験を推進している。
回収・配送計画の最適化によって、車両の走行距離や時間の削減、積載の効率化などにより、環境負荷の低減を目指している。

ブースのパネスには、「回収・配送計画最適化による運行経路の小規模検証」の結果があった。量子コンピュータによる提案と、回収・配送の業務実績が一致しているとのこと。


「回収・配送計画最適化による運行経路の小規模検証」の結果を地図上に示したもの


凸版印刷は今後も量子コンピューティングの基礎研究と活用を推進していくという。
とくに量子アニーリングの研究により、資源回収・配送業務効率化の課題解決に注力する。
具体的な施策としては、集荷から着荷に至る物流フローにおける物流業務を効率化するシステムを開発して、2025年に物流DXソリューションを提供したいとのこと。

また物流以外の分野でも幅広く、量子アニーリングの技術を活用した全体最適化ソリューションの研究を進める予定だ。
未来の技術と思われていた量子技術が身近になる日も、そう遠い未来の話ではなさそうだ。

凸版印刷、「第2回量子コンピューティングEXPO【春】」に出展




ITライフハック 関口哲司