※この記事は2012年02月29日にBLOGOSで公開されたものです

緊急復刊した文藝春秋社のオピニオン誌『諸君!』 写真一覧
 日本の論壇をリードしてきた老舗のオピニオン雑誌『諸君!』が、3年ぶりに緊急復刊した。月刊誌の『文藝春秋』の臨時増刊号として1月末に発売。特集タイトルは「北朝鮮を見よ」だ。

 北朝鮮の最高指導者、金正日総書記の死去を受けて、東京新聞記者の五味洋治氏、ジャーナリストの櫻井よしこ氏、衆院議員の石破茂氏、元外交官の佐藤優氏など錚々たる論客が勢ぞろい。北朝鮮問題について闊達な意見が寄せられた。中でも小泉元首相の秘書官を務めた飯島勲氏が明かす、金正日との交渉の舞台裏のレポートは一見の価値がある。

 編集後記では「今回は一号限りの臨時増刊ですが、一旦緩急あらば『諸君!』は再び帰ってきます」と、今後の刊行継続に意欲を見せている。

 出版不況がささやかれ、雑誌の売り上げが低下している時代になぜ、硬派なオピニオン誌が復活することになったのか。この4年間に「論座」(朝日新聞社)や「月刊現代」(講談社)など、オピニオン系の雑誌が次々と休刊しているが、論壇が復活するための処方箋はあるのか。『諸君!』というと、保守派の論陣を張っているイメージが強いが実際にはどうなのか。

 文藝春秋本社を尋ねて、吉地真(きちじ・まこと)編集長に詳しい話を伺った。そこからは21世紀のオピニオン誌が抱える根深い問題と、意外な編集方針が見えてきた。【取材・文:大谷広太、安藤健二(BLOGOS編集部)】

「一色に染まった議論」でいいのか


―我々もBLOGOSという提言型ニュースサイトをネット上で運営していますが、今回のインタビューでは、紙の論壇の大先輩である『諸君!』の編集長に、どうすれば論壇に読者の関心をひきつけられるか?というところを伺っていければと思っています。

吉地氏:ネットも紙媒体も基本は、読者が読みたい物を届けるところに、メディアとしての生命線があると思っています。メディアの命綱は「読者が何を求めているのか」。こちらが届けたい物と読者が読みたい物が乖離していると手も足も出ない。商業として成り立つためにはそこは大きな問題で、常に存在しています。

『諸君!』が休刊したいきさつも、正直、出し続けるのがきつくなってきたからだと聞いています。「出版社としての使命があるから、少ない部数でも出し続けるべきではないか」という意見もあって、それはよく承知しています。しかし、今後、年に億単位の赤字を出していくことに耐えられるかという現実の問題もある。私は編集の現場しか経験していませんから、なんでも「出したい」と思いますが(笑)、経営判断としては、そこは悩んだところだと思います。

そういうなかで、「読者が何を求めているのか」を考えるとき、いつも頭にあるのは(文藝春秋社の創立者の)菊池寛のことです。芥川賞や直木賞という文学賞を最初に考えた発想力。今回も芥川賞の話題で月刊『文藝春秋』が増刷したように、この企画にいまだに食わせてもらっているところがある。座談会という形式も最初に始めたのは菊池寛だそうです。そこは素直にすごい人だなぁと思っていて、菊池寛ならどうするか、と考えることもよくあります。また、読者のニーズを考えるとき、雑誌の精神は、(三代目社長)池島信平が残した、世の中よりも「一歩ではなく半歩先」という言葉に集約されているのかな、とも思います。

そういう文藝春秋の風土の中で、『諸君!』という雑誌も、読者が読みたい物を届けてきたのだと私は思っています。進歩的であることが全てだという時代に「進歩的でない価値観が全部ダメなの?」と疑問を呈した。そこには、読者のニーズがあった。一面の言説ばかりが溢れかえっている世の中に、そうではないオピニオンを届けることが、『諸君!』のレゾンデートル(存在意義)でした。

今回の編集後記にも書いたのですが、昭和44年の『創刊にあたって』にはこう書かれていました。「世の中どこか間違っている―事ごとに感じるいまの世相で、その間違っているところを、自由に読者と考え、納得していこう」。その創刊の精神は今も充分通用すると思っています。最近も、ともすれば一色に染まった議論しかなくなる危険性は続いているのではないでしょうか。

―今回、北朝鮮特集号ということで3年ぶりに復刊した経緯はどのような物だったんでしょうか?

吉地氏:最初は「金正日が亡くなったのだから、『文藝春秋』の臨時増刊を出したいね」という話でした。その話の中で、「その場合、『諸君!』という器でやるのが、一番読者に届くのではないか」という順番で、とりあえず一号だけど"復活"させようということになりました。北朝鮮が"楽園"であると大真面目に語られてきた時代から、それに疑問を呈してきた雑誌ですから。こういう話はなかなかすぐには決まらないことが多いのですが、こればかりは実質一日で決まったんです。

十二月二十三日に話が出て、翌二十四日には正式に決まったと思います。早かったですね。臨時増刊ですから、各部署から編集部員を引き抜いて編集部を作りました。みんな兼任ですから、苦労をかけました。私も普段は『文藝春秋SPECIAL』という雑誌の編集長をしています。編集長になったのは、『諸君!』編集部経験者であり、まだ雑誌の現場にいる編集者の中で一番年上だったからでしょう。僕より上の世代の人達は、編集長を経て今は偉くなっていますからね(笑)。

―そこは『俺にやらせろ!』と自分から強くアピールされたのですか?

吉地氏:ははは。どうしてもやりたいとは思っていました。語弊を覚悟で言えば、「俺以外に誰がやる」というくらいの気合でした(笑)。『諸君!』は愛していた雑誌でしたから、休刊はものすごく残念でしたし。いつかは『諸君!』を自分で作ってみたいと思っていましたから、念願がかなったわけです。そういう意味では願ったりかなったりでしたね。
東京都千代田区の文藝春秋社 写真一覧

立場を固定すると面白くなくなる

―『諸君!』の休刊と同時期に朝日新聞社の『論座』も休刊したり、論壇誌の冬の時代が来て、お休みになる雑誌も増えてきましたが、どのように思われましたか?

吉地氏:論壇の役割というテーマに関しては、私自身、あまりビビッドな意見を持っているわけではありません。ただ、名実で言うと実が段々と伴わなくなってきたのかな?という印象がありました。

ある種、かつての左派メディアが困っているのは、分かりやすい話です。ある種の幻想で出来上がっていた物が崩れ去っていくのはしょうがないことです。
それこそ、私が『諸君!』にいたころの議論で、社会主義の国が次々と倒れていったときに、社会主義に替わって市民主義ということを言い出した人たちがいました。そういう看板の架け替えを、批判した時期がたしかにあった。しかし、そういう言説もいつの間にか衰退していきました。

それと同時に、オピニオン自体が衰退しているように見えたため、「左派が弱くなって、右派は叩く相手がいなくなったから、必要とされなくなった」と言われるようになった。
でも、「本当にそうかなあ」と私は思っています。自分の立場を「保守の雑誌」とか「進歩派の雑誌」とか、強く自己規定してしまうと、そういう構図に落とし込まれてしまうことになるのであって、「オピニオン雑誌」であるというスタンスは、そんなに簡単に崩れてしまうものなのでしょうか。

『諸君!』は創刊したときに、世間が進歩一辺倒だったから、たまたまああいう形になった。精神としては創刊の辞にあるように、「何か間違ってないか」ということに尽きます。『諸君!』の40年の歴史の中では、比較的リベラルな論調が多かった時期もありました。

ですから、雑誌の自己規定という点で言うと、方向性がはっきりしていると雑誌が作りやすいというメリットの一方で、はっきりさせすぎるとデメリットも生じてくると思っています。

『諸君!』は、もっと自由なオピニオンマガジンだと思っていて、他の雑誌も、そういう自由なポジションに立てば、面白い物はまだまだできると思うんです。立場を固定すると、あまり面白くなってくる。

大体、休刊する雑誌は面白くなくなって休刊するでしょう。『すごく面白いけどいきなり休刊しました』という例はあまり聞かない。読者が離れて、やめざるを得なくなるわけですかた。読者は鋭いですよ。それなりの値段を払って買うわけで、きちんと中身を検討していますから。

―ただ、『諸君!』に限らず硬派な社会系の雑誌は読者層の高齢化が進んでいて、若い読者が少ない傾向があるようです。それはどうやって解決したらいいのでしょうか?

吉地氏:「若者がダメだ」という議論はメソポタミア文明の碑文にも残されているそうで、そういった嘆きはいつの時代でもあると思うんですよ。でも、今の若者を見渡すと、たとえば、震災のボランティアのときなどは、昔に比べると信じられないくらい被災地に行ってますよね。スタイルは昔と違っているかもしれませんが、若者も考えている。そこに届くものが作れていないだけだと自省しています。

―どうしても学生運動の時代と比較しがちなんですが、ボランティアなどの形で社会に関わっているという意味では、若い人も世の中に対してあまりコミットしないわけではないように思います。

吉地氏:若者をどう見るか、というのも面白いテーマですね。以前、ある論壇人の方とこんな話をしたことがあります。

彼は「日本はもう戦争なんか出来ない国だ。渋谷にいる若者なんかは、ズボンをずり下げて走れもしないような格好をしている」という。しかし、私は、「むしろ非常に戦争に向いているんじゃないですか。だって、一人がズボンを下げたらみんながズボンを下げるでしょ。だから、命令があって、突っ込めと言われたら、みんな突っ込むんですよ。一つの方向を与えられたら、みんな走っていっちゃう。むしろこれは戦争向きじゃないですか」と。

「若い奴は戦争なんかできない」ということも、全く逆の見方もできるわけですよ。

一時期「論壇に元気がない」と言われた際にふと思ったのは、テーマが毎回同じになっていたんですね。そして、どの論壇誌を見てもタイトルだけで何を書いてあるか分かる。

その点では、自分で自分の首を絞めたというところもあるんじゃないかと思います。いろんな議論と筆者をきちんと掘り起こして、丁寧に提供していけば、このジャンルには可能性はあると思う……。「若者が本を読まなくなった」とよく言われますが、逆にブームになった物はメチャクチャ売れるでしょう。読んでいないことはない。

―欧米の新聞だと立場が非常にはっきりしていて、「自分は左派です」「自分は右派です」というのを旗色鮮明にします。それに対し、「日本のメディアは無色透明でフラットだという建前を重んじすぎるのでは?」という批判も出ています。論壇誌の場合は逆に自分の立場を規定しすぎてしまって、自縄自縛の状態に陥ってしまったということですね。

吉地氏:そんな時期もあったのではないかと思います。左派が自分の立場をはっきりさせることで一時代を築き、逆に右派に勢いがあった時期がありましたが、それがいつのまにか『中身を読まなくても分かる』状態になった。これが雑誌にとって一番きついと思うんです。

ネットでもそうだと思いますが、確かに同じ話を読みたい人はいるんですよ。「耳にタコができても聞きたい」人はいるんです。でも、新しい血というか議論がないと、いつか行き詰る。同じことしか書いてない雑誌だったら、自分なら買わないですよ。

―書き手の方でいえば、若手の中で、自分の名前を出してきちんと発言するような人が政治家にせよ、学者にせよ減ったという傾向はありませんか?

吉地氏:そんなことはないと思います。論壇に限らず、マスコミも商売が慣れてきて、売れるとなると大量消費して、飽きるとすぐ次に行ってしまう。マスメディアがマスプロダクト化しているところがありますよね。そんなサイクルを続ける中で、丁寧な作業を我々が忘れていたということもあると思います。

若くても、「すごいなぁ」と思う人はいますよ。論壇の人ではないですが、歴史学者の磯田道史さんは興味深いですよね。茨城大学准教授で、若手だけど『武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新』(新潮新書)など興味深い仕事をしています。

論壇といえば、福田恆存さんだって英文学者ですよね。本来は論壇の人じゃない。渡部昇一さんも「俺は旦那芸」と座談会で言っていました。渡部先生は世界的な英文学者で、「論壇で発言するのは旦那芸」。そういう大人の余裕が、論壇を活性化させてきた秘訣なのかもしれません。
文藝春秋社を創立した菊池寛の銅像が応接室に設置されていた 写真一覧

オピニオンの対立項が消えたわけではない

―しっかりした本業があった上で、物を言ってる人があまりいなくなったということですね。

吉地氏:これは完全な私見なんですが、保守的か進歩的かっていうのは人間観だと思うんです。左翼とか右翼って、もともとフランス革命の用語だったんですが、今では、あちこちの国で独自の意味になっていて、統一感が全くなくなってしまいました。

その意味では、保守か進歩かっていう分け方は比較的普遍的でしょうか。ある学者さんと雑談で話していて「なるほどな!」と思ったことがあるんです。『保守派は一緒に悪いことをしようとする仲間、進歩派は一緒に善いことをしようとする仲間』だと言うんです。

極端な言い方なのは確かですが、保守は「人間は変わらない」と思っている。「人間は変わらないから、昔と同じ失敗をする。だから上手くやっていく方法を考えなくちゃいけないね」というのが、保守派の考え方。

―それは興味深いですね。性善説が進歩派で、性悪説が保守派ということでしょうか?

吉地氏:近いかもしれません。一方で、進歩派っていうのは「昨日の僕と今日の僕は違う」と言える人なんです。「生まれ変わりました」と言える。

それで見ていくと、進歩派の人って(戦前から)生まれ変わった人達なんです。それに対して、「いやいや、我々は戦前から同じことをやっている」というのが保守の人達。ただ、あのときは生まれ変わらないと生きていけなかった。それまでは鬼畜米英って言っていたわけですから。

それでもあえて、「アメリカってやっぱりムカつくよね」って言ってたのが保守。そう考えていくと、今でもオピニオンの対立項が決して消えたわけではないと思います。

―ただ、冷戦終結前の「共産主義か否か」といった、分かりやすい左右対立に比べると、今は対立軸が見えにくくなっているのでは。「目指す目標は同じでもやり方が違うだけ」のように方法論の問題になりがちですよね?

吉地氏:それを、方法論の違いではなくて、人間観の違いまで引き戻していけるんじゃないか、という思いを私は持っています。

進歩的というのはものすごい魅力があって、それがあるから常に(一定の)支持を集めるわけですよ。「人間は変われる」というのは魅力的です。一方、保守は「人間は変われない」って考え方だから、どうしても「そんなの分かってるよ!」となってしまう(笑)。

―先ほど論壇誌の立場という話も出ましたが、たくさんある議論をどう集約するかという点で気をつけていることはありますか?

吉地氏:たとえば原発問題は一つのテーマになると思うんです。その際に、両極端の賛成意見と反対意見が同居していても構わないんですが、議論の枠を広げていかないと、どっちも「なるほど」ってところで、終わってしまいます。読者が読んでも、「じゃあ、どうしたらいいの」というところが、あんまり深まってない感じがしますね。

そういうときに雑誌が「自分の立場はこれです」と言う必要はありません。「納得の行く議論をお寄せください」ということでいいんです。昔はよく『諸君!』の誌上で寄稿者同士がバトルしていましたから。

―昔は論壇誌上で伝説的なバトルがよく繰り広げられていましたからね。

吉地氏:はい。『月刊文藝春秋』と『諸君!』で、やりあったこともありました。「『諸君!』がこのスタンスです」と言う必要はない。読むに足る、歴史観や人間観のしっかりしている論文だったらOKなわけです。仮に左翼の人の論文であっても載せても、それに「何言っているんだ」と堂々と反論してもいいわけだから。そうすると、読者も「なるほど、こっちだね」「いや、違う」と考えてもらえるわけです。

―テーマに対して多様な意見を集めると?

吉地氏:ええ、私たちが求めているのは自由な意見なんです。たとえば『正論』は産経新聞社が発行する雑誌であり、創刊された経緯も考えると、あれでいいと思います。

ただ、「流れでいうとこの人に記事を頼まないといけないけど、違うんじゃないかな?」と、編集部員が思うこともあるはずです。そういう「みんなが一方向に向かっているけど違うんじゃないかな?」という息苦しさを解消するために生まれたのが『諸君!』という雑誌なんです。

それは今の若い人達も思っているはずです。東京大学の後輩で、(元ライブドア社長の)堀江貴文さんの同級生と話していたときのやり取りを思い出します。

「俺たちの時代とお前たちで、そんなに状況が違うの?」とか言ったら、こう返されたんです。「全然違うんですよ。あなた達の時代はエスカレーターに乗るようにどんどん就職できたけど、僕らの目の前でシャッターが降りたんです!去年までは就職先がたくさんあったけど、一個もなくなったんです。僕たちは、その衝撃を受けている世代なんです」と言われて、なるほどなぁと思ったんですよ。彼らもそういう閉塞感を持っていると思うんだけどね。それに対して、しっくり来る議論がないんだと思います。

そこで、上の世代の人間が、それこそ上から目線で「自由主義社会だからそうなっているんだから」と言われても……。ということはありますよね。年金問題で私たちの世代は、「あれ、俺らが損するの」と感じていますよね。でも上の世代からすれば「しょうがないじゃないか」となってしまう。高速道路だって四車線しかないことに対して「交通量を見越して何でもっと増やさなかったんだ」といわれても、昭和三十年代の段階で世界銀行から借金して造っているんだから、六車線作るなんて言ったら、当時はバカ扱いだったと思います。自動車がここまで普及するなんて思っていなかったわけだから。

そういうことはあるにせよ……。そこに何か上手な議論ってないのかな?と思うんですね。

―我々も同じ意識を持っておりまして、BLOGOSも様々な形の意見を集めていって、読者に選挙での投票だったり、日々の仕事をする際に参考にしてもらえたらいいなという志を持って運営しています。

吉地氏:昔からよく言われていて、僕も先輩から言われたのは「雑誌は土俵だ」ということなんです。行司が相撲を取っちゃいけない、と。だから、昔からの『諸君!』ファンの人たちの中には「何を言ってるんだ」とお叱りを受けるかもしれないけれど、創刊の精神は強く意識して考えていますね。

―広く議論を募るという点では、今回特集された北朝鮮問題は難しい点もあったのではないですか?

吉地氏:そうですね。北朝鮮が「地上の楽園」として持て囃されていた時代と違って、今では北朝鮮の体制に問題があることは、朝日新聞も含めて全マスコミが報じる周知の事実になってしまいました。

ただ、そこで、何もできないかと言えば、そうではありません。「北朝鮮を見よ」と。ひどい国だ、ひどい状態だ、っていうのが、あまりにも周知の事実になってしまっていて、それでも1994年に2代目の金正日が権力を継承して、これまで国が維持できたわけですよ。なんとなく「このまま行くんじゃないの」というある種の楽観論が出ていて、韓国ですら他人事になっているわけです。今回、(産経新聞特別記者の)黒田勝弘さんに寄稿して頂いた記事もそう触れていました。

編集を終えて振り返ってみると、「南ですら他人事の空気の中で、本当に大きなことが起きているんですよ。向こうの人の現実をちゃんと見てもらおう」ということだったのかな、という風に感じています。

脱北した人達の実情について、本人に電話をかけてみたり、昔から文藝春秋が得意した手法を改めて丁寧にやってみました。「本当は深刻な問題ですよ」と伝えた上で、「どうすればいいのか」「どう捉えればいいのか」といった「考える材料」を読者に提供できたのではないかと思います。

―先ほどおっしゃっていたように「議論の土俵を用意する」ということですね。

吉地氏:そうですね。その中で、雑誌としての一つの方向性は示せたと思っています。

(プロフィール)
吉地真(きちじ・まこと)47歳。『諸君!北朝鮮を見よ』編集長。1990年に株式会社文藝春秋に入社。『週刊文春』『月刊文藝春秋』『諸君!』を経て、『文藝春秋SPECIAL』編集長を務めている。

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