「異様な"クビレ"がロシアの証し」人口ピラミッドに見る夥しい死者数と今なお短い寿命が示す怖い歴史
■くびれやギザギザが語るロシア人の歴史的経験
ある国の国情を理解するためには男女・年齢別の人口を表した人口ピラミッドをチェックするのがもっとも手っ取り早い方法である。
ロシアのウクライナへの軍事侵攻がはじまって、21世紀にもなって隣国に軍事的に攻め込むロシアという国は一体どんな国なのかという疑問が高まっている。プーチン大統領という独裁者の思い込みによる暴走が原因なのか。そうでなければ、これはもうロシアの国情に理由を求めるしかない。
今回は、ロシアの人口ピラミッドとその独自なかたちを生んだ過去の経緯を振り返り、国情判断の一助としたい。
人口ピラミッドは5歳階級ごとの人口で表される場合が多いが、ここでは各歳別の人口ピラミッドが一橋大学のサイトから得られたので、特異点の理由についての吹き出しを付加して図表1に掲げた。参考に、最新の国勢調査の結果から日本の各歳別の人口ピラミッドを同時に示した。

ロシアと日本を比べると、くびれやギザギザの程度がロシアで非常に大きいことが目立っている。
日本の人口ピラミッドは、戦争によって人口の損耗や出生減がたびたび起こっていた戦前日本の状況を反映して、70代以上では人口が急減するくびれが目立っていたが、終戦前後の落ち込み以降は、戦後の反動によるベビーブームのうねりが1次、2次と起こった点が人口構成の基調となった。各歳別のギザギザは、“丙午(ひのえうま)”=火災が多く、この年生まれの女性は気性が強く、夫を食い殺すという俗信がある=にあたる1966年の出生減を除くと見られず、きわめて滑らかな推移となっている。戦後は平和な時代が続いていることを示しているのである。
ロシアについては、1933〜34年生まれの年齢について、スターリンによるジェノサイド(ある人種・民族を、計画的に絶滅させようとする行為。集団殺戮)とも位置付けられる農業集団化による1932〜33年の飢饉(ききん)が、なお、人口ピラミッド上に認められるが、それ以降も、日本より大きな第2次世界大戦時のくびれや1997〜2001年生まれの年齢についてのソ連崩壊後の体制移行混乱期の出生率低下によるくびれなど、一見して異常にも思える起伏が目立っている。
図表1に付した吹き出しでも明らかなように、歴史的事件による人口の損耗だけでなく、それを何とか回復させようとした出産奨励や子育て支援の政策的努力によっても年齢によるくびれの振幅が大きくなっている。
ロシアの国民はきわめて数奇な歴史的な経験を経てきていることが人口ピラミッドからうかがわれるのである。
■世界最大の犠牲を払ったというロシア人の記憶と自負
第2次世界大戦時の出生減は、戦争という非常事態によって大きく影響されていることは言うまでもない。人口ピラミッド上で日本を大きく上回るくびれが見られる背景には、ロシア(当時のソ連)における戦争による犠牲のケタ外れの大きさがある。
図表2には世界の主要国の第2次世界大戦による戦没者数を、戦死者と民間人死者とに分けて示した。ソ連の戦死者数は1450万人とドイツの285万人、日本の230万人を大きく凌駕して世界最多であったことが分かる。米国の戦死者は、欧州戦線と太平洋戦線の両方で戦ったにもかかわらず29万2000万人とそう多くない。ソ連の戦死者には、ロシアだけでなくウクライナを含む旧ソ連諸国を含んでいただろうが、主力はロシアであり、ロシア人の戦死者だけでも世界最多である点に間違いはない。

ロシアの戦勝記念日は5月9日で、1945年5月9日にナチス・ドイツ軍の降伏がソ連を含む連合国によって受理されたことを記念している。ウクライナへの軍事侵攻に関する成果をこの日までに示したいというロシアとプーチン大統領の意向が推察されているが、ナチス・ドイツをはじめとする同盟国側に対する連合国側の勝利に対して、最大の犠牲を払ったという記憶と自負がロシア人にとってこの日を特別な記念日にしていることを忘れるべきではなかろう。なお、時差の関係から西ヨーロッパ諸国では5月8日を記念日としている。
民間人犠牲者についても、日本では空襲や原爆投下、沖縄戦による犠牲者についての記憶と追悼がなお国民の心に刻み込まれているが、少なくとも人数的には、ドイツ、ポーランド、ロシア、中国では日本を大きく上回る数の民間人が犠牲になっていたことを忘れるべきではなかろう。
■ロシアを襲ったソ連崩壊、体制移行という歴史的惨事
さて、これだけでも大変な歴史的経験をロシアは経たわけであるが、それだけなら、日本や欧米諸国も経験した世界大戦による犠牲が極端に大きかっただけと言えるかもしれない。
しかし、ロシアは、戦後、共産主義体制の終焉とその後の市場経済への体制移行期における社会の大混乱という経験をさらに経ることとなった。
この時期のロシアの異常とも言うべき社会的混乱を雄弁に語っている統計データは、平均寿命の推移である(図表3参照)。

年齢別の死亡率から計算される平均寿命はその国の健康状態、経済発展、社会病理の状況を集約して示す指標である。
2020年のロシアの平均寿命は、男は67.3歳、女は77.9歳である。欧米諸国と比較して短く、特に男性は10歳以上低くなっている。2019年のそれぞれ68.2歳、78.2歳から低下しているのは新型コロナの影響と見られる。
1950〜60年代当時には、欧米先進国と同じくロシアの平均寿命は改善に向かっていた。現在と同様、男女差は大きく、女性の平均寿命は欧米主要国と比べてそれほど遜色なかったが、男性は欧米主要国より数歳低かった。
その後、ソ連としての計画経済期、1991年ソ連崩壊後の市場経済への移行期を通じて、起伏はあるが、全体に、男女とも低下傾向をたどるとともに、男性の平均寿命が特に低下した。女性はピーク時より3歳程度、男性はピーク時から7歳程度平均寿命が低下した。欧米諸国が全体として順調に平均寿命を延ばしているのと比較して著しく対照的な推移となっている。
こうした推移は、死亡率の上昇(特に男性)によるものであり、「1992年から2001年の間までの死者数は、例年より250万人から300万人多かったと推定される。戦争や飢餓、あるいは伝染病がないのに、これほどの規模の人命が失われたことは近年の歴史ではなかったことである」とされる(国連開発計画「人間開発報告書2005」)。
時期別に見ると、経済計画期においても、1970年代に入り、平均寿命が低下する傾向となった。社会主義圏をリードする国威の発揚のため民生が犠牲にされる結果になっていたといえよう。
具体的には密造酒を含めたアルコール消費量の拡大が背景となっていたといわれ、これに対して1985年に書記長に就任したゴルバチョフは1987年まで反アルコールキャンペーンを展開したため、1980年代後半には劇的に平均寿命が回復した。
■飢餓、伝染病がないのに……ロシアの平均寿命の短さ
しかし、ゴルバチョフが企業の独立採算制と自主管理制を導入する経済改革などペレストロイカ政策を本格実施しはじめた1987年から、いったん低下したアルコール消費量の再拡大と平行して、平均寿命は再度低下しはじめた。そして、1991年のソ連崩壊後、1994年にかけては、一層急激な平均寿命の低下をみており、この時期の社会混乱の大きさをうかがわせている。
その後、いったんは回復に向かうかに見えた平均寿命であるが、ロシアで金融危機がおこった1998年以降は、再度、一進一退の状況となった。2006年以降、プーチン大統領が主導した経済の復興に合わせ、平均寿命もやっと回復の傾向を見せることとなった。

ロシアは、社会システムの崩壊がもたらす極めて深刻な状況に襲われたが、この点について、以下に、ロシアの平均寿命の短さについての要因分析を要領よくまとめている国連開発計画(UNDP)の報告書を引用することとする。
暴力犯罪や心理ストレスだけでなく、予防可能な感染症(とくに結核、急性腸炎、ジフテリア)の蔓延は、保健医療制度に欠陥があることを示している。公共医療支出は、1997年から98年にかけての1年ではGDPの3.5%を占めていたが、1990年から2001年の間には平均2.9%にまで減少した。裕福な世帯の多くは新たな民間の医療サービスに頼るようになっており、多くの貧困世帯にとっては、あらゆるところで賄賂その他の正規外の支払いを求められるために、「無料」の公的医療サービスは手の届かないものになってしまった。
ロシアの死亡率の動向は、21世紀初頭における人間開発の最も深刻な課題の1つを示している」>(国連開発計画「人間開発報告書2005」)。
■現在の20代ロシア人の人口縮小を生んだ社会的困難
社会の混乱によって平均寿命が低落した時期には、出生率も大きく低下した(図表4参照)。1981〜82年に政府が子育て家族の支援対策を開始した影響もあって、共産主義体制下の1980年代には出生率は上昇しペレストロイカがはじまった1987年までに2.22まで上昇したが、その後、平均寿命と同様、深刻な低落傾向に転じ、91年のソ連崩壊後も低落を続け、1999年には1.16という最低値を記した。

こうした出生率の低下に対抗するため、プーチン大統領は年次教書において人口問題を大きく取り上げた。そしてそれに呼応して、2006年12月に育児手当等の増額が図られたとともに、出産・育児支援という形の所得再分配として「母親基金」と称する出生に対する大規模な給付制度が定められた。このため、出生率は回復に転じ、2015年には1.78にまで達した。
しかし、その後は、再度、低下傾向をたどることとなった。エネルギー輸出に依存した経済成長にも陰りが見えはじめ、また、平均寿命の回復に伴って年金財政の健全化が重要課題となったため、少子化対策にまで十分、手が回らなくなったためかもしれない。
冒頭に掲げたロシアの人口ピラミッドにおける1997〜2001年生れの人口の大きなくびれは、ヨーロッパの中でも特異な現象と言うべき、これまで述べてきた体制移行期の社会的困難を端的に示していたと言えよう。
ロシアの歴史をこのようにたどってくると、私見ではあるが、繰り返されるロシア人の苦難に対してヨーロッパ人が理解を示さない点に、ロシア人が時に大きく暴走する理由が見いだされるのではないかと考えている。
スターリンの粛清や農業集団化のジェノサイドは、ヨーロッパ先進国の思想に基づき先行して世界革命に乗り出したロシアに先進ヨーロッパが助けを寄こさなかったために一国社会主義に路線変更せざるを得なかったために起こったという側面もある。
今回のウクライナ侵攻も、欧米先進国がそそのかした市場経済へ向けた体制移行に伴って生じたロシアの苦難にヨーロッパが助け船を出さなかったため、自分の殻に閉じこもり、ロシア帝国という甘い幻想に浸ってしまったためと考えざるを得ないのではなかろうか。
■ウクライナとロシアの過酷な歴史的経験の共通性
最後に、ウクライナとロシアの人口ピラミッドを比較して、どれだけ同じか、どれだけ異なっているかを見てみよう(図表5参照)。

ここでは国連による2020年の推計人口で比較しているが、一見して、ウクライナとロシアの人口ピラミッドは類似していることが分かる。世界大戦の影響で出生が少なかった70代後半、体制移行期の社会混乱で出生が少なかった10代後半〜20代前半の人口のくびれがそっくりである。
さらに年齢別の性比を比較した図も付しておいた。性比とは男性人口を女性人口で割った男女比指標であり、男性の方がやや多く生まれるので若いうちは1を上回り、女性の方が長生きなので高齢層では1を下回ることになる。
ロシアでは、革命、内戦、戦争、共産化、アルコール依存症、自殺、暴力、犯罪といった女性より男性が襲われる確率の高い死因事項が多かったので、日本などと比較しても、40代からと年齢層の早い段階から性比が1を下回っている。この年齢別の性比パターンを見ても、ウクライナはロシアと非常に似ており、同じような死因事項に過去さらされてきたことがうかがえる。
なお、参考までに掲げたウクライナとロシアの出生率は、両国が別々の国に分かれた1991年以降もほぼ同じパターンで推移してきている。ウクライナの方がロシアよりやや低い水準であり、人口ピラミッドもウクライナの方がやや尻すぼまりなかたちとなっている。
これまで長期にわたって同じような辛酸をなめてきたロシア人とウクライナ人とが今、戦火を交え、殺し合っている現状に何とも表現しかねる悲劇を感じるのは私だけだろうか。
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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
