村上淳

「ここはコロナ禍で一人で過ごす時間が増えてから訪れるようになった大切な場所です。お酒も飲まないし、食にもこだわりがなかったのですが、この空間で一人で窓の外を眺めながら過ごす時間が好きなんです」

 村上淳にとって東京・丸の内の東京會舘内にあるカフェラウンジ「ロッシニテラス」で、スイーツとコーヒー2杯を楽しむ時間がなによりも大切なものとなっているという。

 村上は、和栗を丁寧に漉したペーストと生クリームで作った、東京會舘の人気ケーキ「マロンシャンテリー」を味わいながら話を始めた。

 村上は目黒の公園でスケートボードを楽しむ姿を見たファッションデザイナー・藤原ヒロシにスカウトされ、ファッション誌でモデル活動を始めた。16歳のときだった。

「僕はただの10代で、ふつうの退屈な人間だと思っていました」

 ただの10代を変えたのは、1990年代前半の “クラブ” 。そこで出会った先輩たちから多くのことを学んだ。

「1990年代の数年間だけは、クラブカルチャーが理想に達した時代だったと思います。きちんと音楽がクラブの中心にあって、会話もためになり、なによりも洒落ていました。

 クラブで先輩に『お前、ガルシア=マルケスって知ってる?』と言われたら、次の日に書店で作品を必死に探すといったことは日常でした。

 インターネットもない時代ですから、前日の会話だけが頼りで、メモ帳も必須でしたね。DJがいい曲をかけたら、DJブースに駆けて行って、回転しているレコードの曲名を必死で読み取ろうとしたこともあります。

 耳コピで覚えた曲のサビを、次の日にレコード店で歌って、なんていう曲か店員に尋ねることさえありました」

 濃密な時間を過ごした村上は1993年公開の『ぷるぷる』で映画の現場へ飛び込んだ。

「20歳で初めて映画の現場に入ったんですが、そこでは完全に何も知らない新人。現場の熱量に惹かれて、すぐに虜になりました。それまで、映画なんてあまり観ていなかったのに、動物的な勘で『自分はこの仕事を一生続ける』と思ったんです」

 20歳の村上がこう確信したとおり、役者という仕事にのめり込んでいく。「基本、仕事は断わらない」という姿勢で、俳優デビューから昨年末までに映画だけで120本以上の作品に出演している。

「僕には役者としてリミッターが一切ないですし、どんな役でも対応できるようにしています」と語るように、忍者、ヒットマン、サラリーマン……主演、助演関係なく演じ続けた。

 2月4日に公開される『夕方のおともだち』(廣木隆一監督)は、15年ぶりの主演作品だ。

 同作では、かつて出会った女王様が忘れられず、SMプレイにのめり込んでいく公務員を演じている。劇中では村上が全裸で演技するシーンもある。

「年に2本か3本は絡みのある映画に出演しているので、ヌードに関しては一切抵抗はありません。

 男女問わず若い世代の俳優さんに言いたいのは、俳優のトレーニングとしても最適なので、アクションと濡れ場はカメラの前でたくさん演じておいたほうが絶対にいいということ。

 映画において、アクションと濡れ場の演技はカメラの前で『していないことをしているように見せる』という部分で非常に似ているんです。男優は絶対にアクションと濡れ場が上手なほうが仕事の幅も広がります」

 さらに、女優が作品の中で「脱ぐ」という選択には「男優の力量が大きく関わっている」と続ける。

「正直、男優のスケールが小さくなったから最近の映画で女優さんが脱がなくなったんだと思います。女優さんがカメラの前で脱ぐときは、作品の規模やギャラだけではなく『本当に自分が脱ぐに値するかどうか』という本音が出てくると思うんです。

 たとえば、全盛期の三國連太郎さんや松田優作さんが相手のラブシーンがあるとして、そこで脱がない女優さんはいないですよ。

 そういった意味もあって、目標のひとつが俳優としてのスケールを虎視眈々と上げることなんです。いま48歳で、生きのいいアクションや濡れ場を演じられるのは、あと5年から10年くらいです。共演相手が『相手が村上淳ならいいですよ』と言うような俳優でありたいんです」

「役を演じるには『疑う』ことも必要」と語る村上淳

■父として、先輩として息子に思うこと

 村上の息子は、第45回日本アカデミー賞で優秀助演男優賞を受賞した村上虹郎(24)だ。2人は同じ事務所に所属している。

「虹郎と僕の人生には、へんなリンクというか運命的なものを感じる瞬間が多いんです。僕が今の事務所に入ったのが16歳で、虹郎が入ったのも16歳。虹郎のマネージャーは当時の僕の担当マネージャーと同じ人。

 また、僕が『新・仁義なき戦い。』(2000年)でヒットマンを演じたのが24歳のときで、虹郎も同じ24歳のとき『孤狼の血 LEVEL2』(2021年)でヒットマンを演じたんです」

 そんな父親としての感慨がある一方で、息子を冷静に見つめている部分もある。

「僕からすると息子の『虹郎』ですが、映画界やエンタテインメント界の視点で見ると『二世俳優の村上虹郎』という部分もある。田舎の親戚なら『大河ドラマに出られてよかったね』ですむのですが、二世俳優としての現状からどうするかを数手先までしっかりと考えないといけない」

 かつて自分がクラブの先輩から教わったように、今度は村上が先輩として俳優の後輩である息子に伝えている。

「役者としての心構えというか、誠実さを持ち、どの現場にも注意して取り組んでいかないと今後、潰れるかもしれない。そういった危うさが虹郎くらいの若い俳優の中にはあると思います。若くして潰れた同業者を山ほど見てきましたから……。

 その意味で、同じ事務所にいてよかったとは思います。虹郎からもよく相談を受けますが、同じ事務所ゆえに先輩として遠慮なく助言できる部分もありますから」

 相談を受けているうちに、こんなことを考えるようになったという。

「虹郎が14歳くらいのとき、ふらふらしていてアドバイスをしたことがあるんです。

 そのときは役者をすすめたわけではなかったんですが『演技で誰かになり切ることによって、今の自分が明確に見えることがある』と言ったんです。虹郎はそれで俳優の道に進んだようです。それが、いまはそのまま自分への言葉になっています」

 コーヒーを一口飲み、言葉を続けた。

「役を演じるには『疑う』ことも必要なんです。『疑う』ってネガティブに感じる言葉ですが悪いことじゃない。『役がなぜこんな行動をとるのか、こんな台詞を言うのか』と考える。

 理解することと、疑うことを同時におこないながら役に近づいていく。これって人生に置き換えても悪くない方法だと思う。他者と、自分を知るためには」

 村上自身はこれからの俳優人生をこうとらえている。

「20歳で人生を懸けるべき職業に出合えた喜びがあり、モチベーションも落ちていません。俳優として60歳から70歳の自分まで想定しています。俳優としてプロフェッショナルな部分は備わっていると思うので、60歳には『玄人』の域に達していたい。笹野高史さんとか、橋爪功さんみたいな、僕から見ると本当に玄人と呼べる俳優に、ね」

むらかみじゅん
1973年7月23日生まれ 大阪府出身 モデル活動を経て、1993年『ぷるぷる 天使的休日』で映画デビュー。『ナビィの恋』(1999年)、『新・仁義なき戦い。』(2000年)、『不貞の季節』(2000年)の3作品で第22回ヨコハマ映画祭の助演男優賞受賞。主演映画『夕方のおともだち』が2月4日公開予定

【東京會舘 ロッシニテラス】
住所/東京都千代田区丸の内3-2-1
営業時間/ 平日11:30〜22:00、土日祝11:00〜22:00
※新型コロナウイルスの感染拡大の状況により、営業時間、定休日が記載と異なる場合があります。

写真・野澤亘伸
ヘアメイク・高草木剛