1回戦で中静朱里を2-0で下した佐藤冴香【写真:平野貴也】

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全日本総合バドミントン選手権を最後に個人戦引退を表明、1回戦で中静朱里に勝利

 最後の個人戦にかける闘志が燃えていた。第75回全日本総合バドミントン選手権大会は26日に各種目の1回戦を行い、女子シングルスの佐藤冴香(ヨネックス)は2-0(21-14、22-20)で中静朱里(NTT東日本)を下して2回戦へ駒を進めた。30歳でベテランの域に達した佐藤は、今後も団体戦には出場する可能性があるが、個人戦の挑戦は今大会で終える意向だ。

「個人戦は、最後です。全日本を最後と思っています」と言い切った。

 昨年も引退を考えたが、コロナ禍で無観客試合ばかりになったことが気になっていた。

「昨年はお客さんが入らない状態でやって、(ベスト4に入って)引退も考えたんですけど、やっぱり、お世話になった方々に生で見てもらって引退したい思いが強かったので、この1年、もう一回頑張るという気持ちで。(6月の)日本ランキングサーキットも無観客。優勝できたんですけど、見せられていないので」

 待ちに待った有観客の大舞台だ。競技人生で最後の個人戦と位置付けて、自身で観戦チケットを用意。かつて専任コーチを務めてくれた金善淑(キム・ソンスク)さんやジュニア時代のコーチらお世話になった方々を招待した。佐藤は「今まで応援してくださった方もみんな応援に来てくれたので、ここで負けたくないと思って、勝ちたい気持ちが先に出て緊張してしまった。勝ったところを見せられて良かった。ちょうど目の前のコートでできたので、良かったです」と苦しい接戦を切り抜けた喜びと安堵感をにじませた。

 佐藤は、1991年生まれの30歳。パワフルな強打が持ち味のサウスポーだ。宮城県出身、常盤木学園高校3年の時には世界ジュニア選手権で準優勝。2009年に日本体育大学へ進学するとともに、日本代表として国際大会でも活躍した。大学4年の12年はロンドン五輪に出場したが、決勝トーナメント1回戦で左ひざ前十字じん帯断裂により途中棄権。恵まれた体躯と実力を持ちながら、負傷に泣かされ続けた選手でもある。

 13年のヨネックス入社後も国内外で活躍を続け、16年に全日本総合で初優勝を飾った。しかし、東京五輪出場を目指していた19年2月に左アキレス腱断裂。それでも粘り強く復活し、昨冬の前回大会では日本代表選手を破っての4強入りで衰えぬ力と意地を誇示した。

最後の大会を有観客で戦えるのは「すごく幸せなこと」

「応援してくれた皆さんに見てもらって終わりたい」と今大会の有観客開催を信じて頑張り続けてきたが、身体は「結構、ボロボロ」(佐藤)。2か月ほど前には、左足の古傷を痛めた。

 この試合、大きく深呼吸をしてコートに入った佐藤は、立ち上がりから得意の強打で得点。しかし、太ももからひざ下までテーピングをした左足は痛々しく、とても万全とは言い難い状況で、次第に動きは精彩を欠いた。翌27日の2回戦では、日本B代表の川上紗恵奈(北都銀行)と対戦する。「最後の個人戦なので。(今後も)団体戦はあるけど、バドミントン人生の集大成として、個人戦という気持ちが強い。なんとか(最後まで)持てばと思っている。間に合って良かった」と話すように厳しい状況だが、今あるすべての力をぶつけるつもりだ。

 シングルスプレーヤーとして戦ってきた佐藤にとって、個人戦の挑戦を終えることの意味は大きい。その舞台は、全日本総合以外には考えられなかった。

「(最後は)絶対、この大会です。高校3年生から出させてもらった。日本一を決める、日本で一番大きな大会で、最後に、お客さんの前で終われるのはすごく幸せなこと。昨日も、寝る時に今までのことをすごく思い出した。辛かったことも負けることも多かったけど、怪我も乗り越えて30歳までできたことは、すごく幸せだなと噛み締めながら、明日は楽しもうという気持ちで寝たので、今日は本当に勝てて良かったです」

 困難を乗り越えた先に選んだ大舞台で、個人戦最後の勇姿を見せつける。

(平野 貴也 / Takaya Hirano)