超マルチ機「ドーントレス」WW2で形勢逆転のきっかけに 国民誌タイムが称賛のワケ
太平洋戦争開戦時、アメリカ海軍の空母搭載機であった「ドーントレス」急降下爆撃機は、偵察機や戦闘機にも使用可能なほど汎用性が高い機体でした。そんな同機が雑誌『タイム』に取り上げられた理由を追います。
急降下爆撃の起源はアメリカ
第2次世界大戦中の1944(昭和19)年7月、アメリカの国民誌ともいえる『タイム』に、開戦以来、空母艦載機(艦上機)として運用されてきたダグラス社製のSBD「ドーントレス」急降下爆撃機について、活躍を称える一文が掲載されました。
これは、新型のカーチス社製SB2C「ヘルダイヴァー」に主力の座を譲り第一線から退くことになったからですが、そうなった一軍用機に向けて、有名誌が花向けの言葉を送るなんて、そうそうあることではありません。なぜ、そうまでして「ドーントレス」は称えられたのでしょうか。

1944年、太平洋上を飛行する空母「ヨークタウン」所属のSBD「ドーントレス」急降下爆撃機(画像:アメリカ海軍)。
そもそも急降下爆撃機といえば、ドイツのユンカース社製Ju87「シュトゥーカ」がよく知られているものの、実は急降下爆撃という爆撃法の起源はアメリカでした。アメリカ海兵隊が味方の地上部隊を空から密接に攻撃支援するために編み出した戦法なのです。
急降下爆撃は水平爆撃と比べ、目標に近い場所で爆弾を機体から切り離すため、命中精度が高いのが特徴であり、しかも敵だけを狙って爆撃できるので、ピンポイント攻撃が可能でした。このような長所は、軍艦のように回避行動を行う目標に対して最適であったことから、空母が造られるようになると、艦上機としても採用されるようになっていきます。
爆撃だけでなく偵察・迎撃なんでもやります
しかし、空母は陸上基地と異なり、運用(搭載)できる機体の数に限りがあります。そこで、まだ空母が本格的な実戦を経験する前、すなわち第2次世界大戦以前(戦間期)は、1機種でいくつかの異なる任務を遂行可能な、今でいうマルチロール機が求められました。
たとえば、雷撃機と水平爆撃機を同一の機種(艦上攻撃機)にまとめたり、急降下爆撃機と偵察機を同一の機種が務めたりといった感じです。さすがに戦闘機だけは、絶対的な戦闘能力が求められたことから、他の用途を兼ねるようなことはほぼありませんでしたが、第2次世界大戦後半になると、2000馬力級の大馬力エンジンを得たアメリカ製の艦上戦闘機は、戦闘爆撃機化していきます。
このような複数の用途を兼ねるという流れは「ドーントレス」も同様で、最初から急降下爆撃機と偵察機を兼ねる機体として開発されました。
しかも「ドーントレス」は、搭載機数に限りのある空母において、艦上戦闘機の不足を補う、いわゆる補助戦闘機として使うことも考慮していたため、爆弾を搭載しない場合の運動性能は、急降下爆撃機としては類を見ないほど優れていたのです。

1943年11月、空母「エンタープライズ」の上をフライパスするSBD「ドーントレス」の編隊(画像:アメリカ海軍)。
実際「ドーントレス」は、第2次世界大戦中に九九式艦上爆撃機をはじめ、九七式艦上攻撃機、一式陸上攻撃機、各種水上機、さらに零式艦上戦闘機(零戦)までも含む120機以上を、太平洋の全域で撃墜しています。この事実から「ドーントレス」の搭乗員たちは、本機の略号である偵察機を示す「S」、爆撃機を示す「B」、海軍の区分によるメーカー記号の「D」を組み合わせた本機の略号「SBD」のSBの後ろに、戦闘機を示す「F」を小文字で足して「SB“f”D」と称し、時として戦果に恵まれない戦闘機隊のパイロットたちをからかったとも伝えられます。
とはいえ、「ドーントレス」の第一線引退が『タイム』に取り上げられたのには、別の大きな理由が関係していました。
戦争の流れ変えた乾坤一擲の殊勲機
1941(昭和16)年12月8日、ハワイ真珠湾(パールハーバー)への攻撃によって日本とアメリカは戦争状態に突入しました。以降、アメリカは快進撃を続ける日本に押されっぱなしでしたが、1942(昭和17)年6月のミッドウェー海戦で、アメリカ海軍は当時、旧日本海軍の機動部隊の主力であった「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の艦隊空母4隻を撃沈する大戦果を挙げます。この大戦果の端緒となったのが、「ドーントレス」による急降下爆撃の成功でした。
この海戦で旧日本海軍が大敗したことで、アメリカと日本の形勢は急速に逆転していき、それから3年後の1945(昭和20)年8月15日、日本はアメリカを始めとした連合国軍に無条件降伏することになります。

1942年2月、空母「エンタープライズ」の飛行甲板で発艦準備中のSBD「ドーントレス」急降下爆撃機の一群(画像:アメリカ海軍)。
つまり「ドーントレス」は、アメリカにとって歴史に残る一大逆転劇をはたした最大の殊勲機だったといえるでしょう。だからこそ、その引退が国民的雑誌『タイム』で報じられ、アメリカ全土に広く告知され、惜しまれたという訳です。
なお愛称の「ドーントレス」とは、日本語に訳すと「恐れ知らず、不撓不屈、勇敢な」という意味になります。まさしくその愛称に恥じない働きぶりを同機はミッドウェー海戦で見せたといえるのではないでしょうか。
