(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

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 今や国民的人気を誇る「鬼滅の刃」。劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」が16日から公開された。鬼滅の刃は、大人だけでなく、子供にも人気の高い作品だが、劇場版の上映区分が「12歳未満は保護者の助言、指導が必要」となるなど、実際は血なまぐさい命のやりとりが描かれている作品でもある。

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 主人公の竈門炭治郎の個性を一言で表すならば、「異常なまでの慈悲深さ」だろう。炭治郎は、家を留守にしていた間に家族を鬼に殺され、生き残った妹を鬼にさせられたという悲しいバックボーンを持っている。

 その炭治郎の凄いところは、本来であれば、忌むべき対象である鬼に対しても慈悲深いところだ。それが弱点でもあると、炭治郎の師匠が指摘する場面もあったが、その「慈悲深さ」こそが、炭治郎を炭治郎たらしめ、彼の強さの源泉となっている。

 鬼滅の刃に登場する鬼は皆、元は人間だった。無理やり鬼にさせられた人、生きるために自ら望んで鬼になった者……。鬼には鬼のストーリーが存在している。炭治郎はそんな鬼たちの「事情」に心を痛め、憎しみではなく、祈りを込めて、その剣を鬼のために振り下ろす。そのため、炭治郎に切られた瞬間、涙を流して死んでいく鬼たちも多い。

 連載当初は、そのシリアスかつ血なまぐさい世界観から、正直ここまでのヒットにつながることを予測できなかった読者も多いはずだ。

 にもかかわらず、なぜ大衆の心に鬼滅の刃という作品は響いたのか?

 今までの主人公といえば、とにかく「強い」ことが求められた。手が届かないほどの、圧倒的な強さやセンス。もちろん炭治郎にもセンスはあるとは思うが、どちらかというと努力でセンスを磨いてきたタイプといえる。

 そして彼が戦う理由は、決して正義のためではない。妹を人間に戻すという、これもまた「慈しみ」による理由である。

■時代が求めた新たな「主人公像」

 今、大衆が求めているヒーローは正義の名の下に、圧倒的な強さを振りかざす存在ではなく、「忌むべき存在の痛みにすら寄り添いながら、救いの名の下に、その強さを振るう存在」なのだ。

 それを鬼滅の刃、そして主人公・炭治郎が人気になった時、必然的に実感した。

 相手を理解できないし、したくないから叩いてもいいし、攻撃してもいい――。SNSの普及に伴い、自分が思い込んだ正義を大義名分とし、他者を否定する言説が目立つようになったこの時代に、炭治郎は世に生まれ、支持を得ている。たとえ相手を理解できなくても精いっぱい寄り添おうとする炭治郎に憧れてしまうのは、その難しさを私たちが知っているからだろう。

 鬼滅の刃は、ヒーロー活劇ではなく、竈門炭治郎の圧倒的な慈悲深さに裏打ちされた「救いの物語」なのだ。さて、どこまで興収を伸ばすのか。

▽サリア(SALLiA)歌手、音楽家、仏像オタク二スト、オタクニスト(アニメ・コミック・ゲーム関連)