耳をつんざく、まさに鼓膜に悪影響を与えそうな大歓声。瞬間、想起したのは8年前の南ア大会だ。2010年の本大会より、音量的には、その前年に行われたプレ大会の方がもっと凄かったのだけれど、ブブゼラだ。ルズニキスタジアムは、あのホーンの音に迫る爆発的な歓声に包まれた。スペインの5人目、イアゴ・アスパスのPKをアキンフェーエフが足でストップした瞬間だ。

 スペインを延長PKの末に下し、ベスト8入りを決めた開催国ロシア。嬉しい気持ちはよく分かる。開催国がトーナメントから消えた瞬間、現地は盛り下がるので、ロシアで取材を続けているこちらは、全く歓迎しないわけではないが、それでも数パーセント程度に過ぎない。

 ロシアが文句なしのサッカーで、スペインを苦しめたのなら問題ない。よいサッカーを披露し、試合の盛り上げに貢献していたのなら、そのPK勝ちを素直に讃えたくなる。だが5バックで、あれだけ後ろで守って構えられると、そうした気持ちは減退する。

 決勝トーナメント1回戦。スペイン対ロシアは、率直に言ってサッカーになっていなかった。一方が攻め続け、一方が守り続ける。噛み合わない原因は、守り続ける側にあった。あえて攻めない。

 かつてこうした試合に遭遇することはしばしばあった。戦力はそれなりに拮抗しているのに、一方的な展開になる試合。守備的サッカーと攻撃的サッカーが対峙していた時代だ。90年代後半から2000年代前半。極端な守備シフトで守り切ろうとする側が、カウンターを決め、試合に勝ってしまうことがよく起きた。01ー02チャンピオンズリーグ準決勝、バイエルン対レアル・マドリーのセカンドレグなどは、その典型的な試合で、好試合を期待して現地まで駆けつけた第3者的な立場のサッカーファンは、ひたすら引いて構え、2本のカウンターを決め勝利を収めたバイエルンを、ひどく恨んだ。

 だが、高い位置での交わりを意図的に避け、後ろで守ろうとする当時のバイエルン的なチームが引き起こす噛み合わせの悪い試合は、守備的サッカーの衰退という時代背景と重なり、次第に消滅していった。

 ロシアの監督、チェルチェソフは元GK。思わず、ゴールを守るという視点で考えてしまったのか。あるいは、開催国の監督として、次のラウンドに進むためには手段を選ばず、との思考に陥ったのか。いずれにせよ、サッカー観戦を純粋に楽しみたいサッカーファンの願いを、その采配は結果的に踏みにじることになった。

 ベスト8入りは、多くのサッカーファンから祝福されているわけではないーーと、チェルチェソフならびに、ロシア人に言いたい。喜ぶのはいいけれど、喜びすぎは禁物だ、と。

 ポーランド戦の最後、セネガルとのフェアプレーポイントの争いになった西野監督が、ラスト10分、後方でのボール回しを指示した一件より、遙かに罪深い。そもそも、次元が違う問題だと僕は思う。

 しかし、それ以上に罪深いのはスペインだ。いくらロシアが引いて構えたとはいえ、延長を経ても1-1。PK戦にもつれ込んでいく姿は、戦力差を考えれば、体たらくそのものだ。

 大会直前、フアン・ロペテギを解任し、自ら監督に就任したフェルナンド・イエロだが、サッカーそのものは、ロペテギがそのまま監督をしていた方がよかったはず、と言いたくなるほど冴えなかった。

 前回、スペインが優勝候補に挙げられていたにもかかわらず、オランダ、チリに敗れ、グループリーグで沈んだ理由は何だったのか。2年前のユーロでイタリアに決勝トーナメント1回戦で敗れてしまった理由は何だったのか。

 小さくて巧い選手が中央に乱立し、ショートパスに興じれば、最後はほぼミスで終わる。いくら巧さを披露しても、得点にいたる確率は、他の方法より特段、高いわけではない。相手が最後尾を固める作戦に出れば、その得点の可能性はさらに減る。