東京の大学を卒業後、本山町に就職した元職員の男性(24)。プレジデント編集部が会った際は不潔な印象はなかった。

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■人気ブロガーのイケダハヤト氏が移住した自治体

「なぜ私だけが解雇されたのか。いまだに納得できません」

昨年12月まで高知県本山町の職員だった男性(24歳)はそう話す。男性は昨年4月、同町に新卒で採用されたものの、6カ月間の試用期間を延長され、8カ月後の12月に突然解雇されてしまった。

「解雇前日に上司から口頭で正採用をしない旨を伝えられ、その翌日に一通の文書で自治体職員の職を解かれました。あまりにも突然でした」

四国の山間部の町で何があったのか。本山町に就職した理由について、男性はこう振り返る。

「本山町は高知県の中でも移住者支援やまちおこしイベントを積極的に行っており、リベラルなイメージがありました。自分も地元である高知に戻り、この町に貢献しようと思ったんです」

本山町は四国山脈の中央部に位置し、人口は3500人ほど(2015年時)。自然豊かな土地だ。またネットでは、人気ブロガーのイケダハヤト氏が2015年に移住した自治体としても知られている。

■同期5人は正採用されたが、彼だけが「試用延長」

昨年、男性も含めて同町に新卒で採用された同期は6人。半年の試用期間を経て、正採用される契約だった。

就職後、この男性は全体の研修を経て総務課に配属。主な業務は、補助金や各種申請の受付、郵便局に郵送物を届けるといったものだ。

「毎日仕事を覚えようと必死でした。直属の上司である課長からは厳しく叱責されることもありましたが、それは自分がまだ仕事を十分に覚えられていないからだと思いました。上司に聞いたことは逐一メモを取っていたので、メモの量はどんどん増えていきました」

男性は試用期間ながら自治労連の役員もしていた。

「新人の慣例として自治労連の青年部の役員となりました。ただでさえたくさん覚えることがあるのに、会議の資料作りや、仕事終わりの『反核行進』など、負担が重くのしかかりました。(組合の仕事は)やらなくていいならやりたくなったですが、新人がやるものだといわれて……」

しかし9月。ほかの同期5人が正採用となる一方、彼だけの成績が「不良」として試用期間の延長を告げられた。

■手書きの「業務日報」を毎日提出させられた

それからは「ヒアリング」として、上司3人と彼1人の面談が毎週設けられた。また「業務日報」という報告書を毎日手書きで提出することが義務付けられた。

「同期のうち自分だけ試用期間が延長されているという事情の中、上司3人に囲まれて受ける『ヒアリング』はとにかくプレッシャーでした。仕事で犯したミスを詳細に詰められ、うまく答えられないと『仕事に責任を持っていない』といわれます。悩み事を相談するとかそういう場所ではなかったです」

「日報はその日の業務や相談事項を書いて毎日午後5時15分ごろに提出していました。『わかりくい』と上司から何度も書き直しを命じられた日もありました。誤字脱字や略語は許されませんし、何より他の仕事をしながら業務時間内に書き終えるのは大変でした」

日報には翌日、課長からコメントが入る。学校で言えば、日直が記入する学級日誌のようなものだが、そこに書かれている文言は、かなり厳しい内容だ。

「物忘れが多い」
「(文章が)意味不明」
「自分の判断だけで動かず、合議を取って」
「『伝えそこねていた』ではなく『忘れていた』と報告を受けた。正確に記入して」

男性が正採用されなかった理由は「職務を良好な成績で遂行したとは判断できない。為、総合評価は『不良』と判断する」だった。具体的にどのような点に問題があったのか。

「私は補助金の手続き方法について勘違いしており、申請に対して私が補助金を振り込まなければいけないところ、振り込みはほかの人がするものだと思い込んでいました。そのため住民から上司に対して『振り込みはいつされるのか』との催促があったようです。解雇された日に渡された勤務態度を報告する文書には、この振り込みミスについて“町の信用を失墜させた”と書かれていました。たしかに私のミスなのですが、補助金は振込期限が決まっているわけではなかったのです」

■親戚の家に「辞めるようにいってくれ」と頼みに来た

ほかにも不可解な点がいくつかある。彼の親戚の家に上司が赴き、「辞めるようにいってくれ」と頼みに来たというのだ。

「私の叔父に対して『おたくの甥っ子さん、辞めるように言ってくれないかな』『彼は勤務中ニオうんです』『普段パンツをはいていないことを知っていますか? 常識がない』などと話していたそうです」

それが両親の耳にも入り、後日上司のもとに両親が話を聞きに行ったという。

「上司の家にうかがった際、『私のスラックスをあげるので着替えなさい』と言われたのですが、その時は着替えるのが面倒くさくて『洗濯が間に合わなくてパンツをはいていません』とウソをつきました。ウソはよくなかったと思いますが、下着のこととか、そんなプライベートな話を家族には言ってもらいたくなかったです」

それ以外に、他の自治体との飲み会での話についても。「面白い芸をするように先輩に指示され、その場で上着の袖を破り、お笑い芸人のスギちゃんのモノマネをしました。そのときは盛り上がったのですが、上司は親戚に“町の尊厳を貶めた”と伝えたようです」。

■町側は「今でも間違っているとは思わない」

プレジデント編集部は今年4月、本山町役場をたずね、男性の元上司に直接当時の事情を聞いた。

――彼(元職員の男性)は他の職員とコミュニケーションが取れていなかったということだが、それは上司が手ほどきするものではないか。

「こちらはコミュニケーションを取る努力をしたが、本人は物忘れも激しく、業務に支障が出ていた」

――業務日報に「合議を取れ」と複数回書かれているが、どのような内容が「合議」を取る必要があるのか。また、それを本人に指導していたか。

「職場での声掛けなどは指導したが、“ホウレンソウ”が彼はできていなかった。合議について明確な定義はない」

――補助金の受け取りについて。住民に渡す期限が決まっていないと聞いている。それに町が指摘している振り込み遅れは3件(計10288円)だった。住民から振り込みの催促をされたことをもって「町の信用を失墜させた」と結論付けるのは過剰ではないか。仮にそれほど重要なものだとすれば、試用期間中、彼に対して上司がチェックする機能が必要ではないか。

「振り込んでほしいと思っている住民を待たせてしまったのは事実。町の信用を失墜させているという認識に変わりはない。たしかにチェック機能はあるべきだと思う」

――期限が決まっていないのだから、待たされたと感じる時間は住民によって違うのではないか。

「それはわからない。しかしある住民は2度も窓口に『振り込みはまだか』と相談にきている」

――それについて男性は「その住民は1回目の来庁は補助金申請方法の相談のみで、2回目になって初めて『振り込みはまだか』と言われた」と主張している。ちなみに本山町は同様のインシデントはこれまでになかったのか。

「あまりない」

■「プレッシャーを与えたという認識はない」

――本人の親戚に業務内容や下着などプライベートなことに関して苦言を呈するのは自治体の指導体制として不適切ではないか。

「それはわからない。親戚とは面識があり、何かあったら言ってくださいと言われていた」

――下着のことを両親に話すのはセクハラとも捉えられるのでは。

「セクハラという認識はない」

――自治労連の役員は上司がかけあって辞めさせるべきでは。

「(職場の慣例であっても)職務と関係ない。大変そうには見えなかったし、本人も言ってこなかった」

――定期的にヒアリングを行っていたようだが、本人の悩みを聞けていなかったのでは。

「本人は、自分がミスをする原因などをこのヒアリングを通じてだいぶ分かってきたと思う」

――業務日報について、『伝えそこねていた』という書き方について、『忘れていた、と正確に記入して』との指摘があった。意味が伝わっていれば、基本的には問題ないのでは。こうした指摘は、書く側に心理的なプレッシャーを与えるのでは。

「その2つの言葉は本当に意味的に一緒なのか。またプレッシャーを与えたという認識はない」

――「(文章が)意味不明」というコメントは指導になっていないように思う。こうしたコメントはパワハラの恐れがあると感じるが、そういった認識はあるか。

「『分かるように書いてください』と口頭で言っている。パワハラをしたという認識はない」

――本人が解雇は不服と言っているが処分に対して今でも合理的だと思うか。

「試用期間の延長、そして正職員の採用をしなかったことは今でも間違っているとは思っていない」

■専門家の常見氏は「ブラック企業みたいな自治体」

採用・労働事情に詳しい千葉商科大学専任講師の常見陽平氏は、今回の元職員男性の解雇に対して「これくらいの根拠で解雇というのは職権乱用と言ってもよい。勤務態度の報告書を読んでも決定的な解雇理由もない。こんなブラック企業みたいなことを自治体でやってもいいものなのか」と憤る。

「気になったのは2点。1つは振込期限が定まっていない補助金の振り込みが遅れたことをもって『町の信用を失墜させた』というもの。これは根拠が薄弱すぎる。そもそも、試用期間中の彼のミスの責任を取るのは上司であり、監督責任が問われるべきです」

「2つ目に、『忘れていた』と『伝えそこねていた』の言い方を訂正させるのはやりすぎ。しかも何度も書き直せるのはパワハラと言われても仕方がないでしょう。親戚や両親に彼の業務態度やプライベートな下着のことを伝えるのはセクハラ・パワハラであるだけでなく、職場情報の不当な開示とも言えます。また『合議を取ってから行動しなさい』という指摘は明らかな後出しジャンケン。辞めさせる根拠を集めるための文書にしか思えません」

「副町長の印が押してある日報もあるうえ、新人を解雇することに町長も同意しているので、まるで町役場をあげて彼を追い出そうとしたように見えます」

■「酔った勢いで、田舎の閉鎖性を批判したのかもしれない」

業務日報の指摘への違和感に加えて、常見氏はそもそも町側に「大きく問わなければならない点がある」と言う。

「仮に元職員の男性が著しく物忘れが激しく、仕事ができないなら、なぜ町は面接でそれを見抜けなかったのか」

本山町は男性の部署異動を試みることなく解雇した。

男性は就職した当時を振り返る。

「入庁してすぐ歓迎会がありました。そこで酔いすぎちゃって、あまり覚えていないのですが、共産党の悪口を言ったり閉鎖的な田舎を批判したりしたそうなんです。他にもいらないことをいろいろと言ったのかもしれません。そのころから、職場での関係は悪くなりました。つらかったけど、初めての社会人生活で、社会人とはこういうものなのだと自分に言い聞かせて耐えてきました」

町への熱い思いを胸に就職した男性は、現在同町にどのような心境を抱いているのだろうか。

「今はリベラルな印象を町に対して持つことはできません。今後の進路はじっくり考えようと思います」

■▼業務日報の例(10月6日と10月20日)

■▼業務日報の例(12月8日と12月25日)

(プレジデント編集部)