失われたスピードを求めて。楽天・安樂智大「剛腕」への再挑戦
高卒ドラフト1位たちは今〜楽天・安樂智大
安樂がおかしい......。
5月14日、ゴールデンルーキー・安樂智大(楽天)は、本拠地であるコボスタ宮城でのイースタンリーグ・日本ハム戦でプロ初先発した。高校時代に最速157キロをマークしたストレートは143キロ止まり。しかも、ほとんどが130キロ台だった。
その数字以上に気になったのが、安樂のトレードマークであるダイナミックさが影を潜めていたことだ。グラブサイドの腕を強く、大きく掲げる特徴的な動きも、以前のような推進力が感じられず、ただ高校時代のやり方をなぞっているだけのように見えてしまう。2回1/3を投げて被安打3、奪三振1、失点1という結果以上に、今後に不安を残す先発デビュー戦となってしまった。
この日、日本ハムの1番打者として出場し、花巻東高(岩手)時代にも甲子園で対決したことがある岸里亮佑は言う。
「高校時代は単純にスピードがありましたし、スライダーも他のピッチャーよりキレがありました。僕が対戦した時、彼はまだ2年生でしたけど『プロに行くんだろうな』という目で見ていましたね。プロに入ってからは調子が悪いみたいなんですけど、自分で考えてピッチングをしているのだと思います。調子が悪くてもある程度抑えられてしまう......というところに、力を感じます」
高校時代はスピードがあった――この言葉に安樂の現状が透けて見える。この日、岸里は2打席目に安樂のストレートを引っ張って、一、二塁間を破るヒットを放った。
「高校時代のイメージなら差し込まれるか、センターからレフト方向に飛んだのかなと思います。彼本来のスピードが戻れば、そうそう引っ張れるボールはないでしょうから」
安樂智大の名前が全国に知られるようになったのは、済美高(愛媛)2年時の2013年春のセンバツだった。大会前の下馬評はさして高くなかった済美高だが、快速球右腕・安樂の力投もあって準優勝と躍進した。原動力になった安樂を賞賛する声がある一方で、逸材に大会を通じて772球もの球数を投げさせた上甲正典監督(故人)へのバッシングも湧き上がった。
アメリカメディアまでもがネガティブな論調で報道した「安樂問題」だったが、周囲の喧騒をよそに、安樂本人はいつもクレバーなメディア対応で問題がないことを強調していた。しかし、2年の秋に右ヒジを故障。医師からは「右腕尺骨神経麻痺」の診断が下りた。
高校3年時は春夏とも甲子園出場なし。それでも痛めたヒジは順調に回復しており、ドラフトの時点で状態はだいぶ上向いていたという。しかしキャンプ以降、安樂の名前がテレビや新聞で華々しく報道されることは減っていった。
6月29日に行なわれた侍ジャパン・ユニバーシアード日本代表の壮行試合。大学日本代表の対戦相手になったのは、12球団のファームクラスの若手で構成されたNPB選抜。先発マウンドを任された安樂の投球を見たあるスカウトは、驚いた顔つきでこう漏らした。
「まだどこか悪いのかな? リリースでボールをギュッと握り潰すような強さがない。あれでは投げさせないほうがいいんじゃないかな。悪いクセがついちゃうかもしれない」
先頭の佐藤拓也(立教大3年)にはストレートが抜けて4球で四球。スライダー、フォークを駆使してアウトを2つ取るものの、二死二塁からボークを犯し、学生屈指の強打者・茂木栄五郎(早稲田大4年)にはしっかりと芯でとらえられ、強烈なファーストライナー。かろうじて無失点に抑えたが、薄氷を踏むような投球だった。この日、2万649人が詰めかけた神宮球場で最も大きな歓声を浴びたのは安樂ではなく、最速153キロをマークしてプロ相手に4回8奪三振、完璧に抑え込んだ田中正義(創価大3年)だった。
安樂はまだ18歳。もちろん、まだ焦る年齢ではない。だが、果たして今の安樂に光明を見出すことはできるのだろうか? そんなことを考えていると、この日捕手を務めた清水優心(日本ハム)が意外なことを口にした。
「5月にファームで対戦しましたけど、今日受けてみて思ったよりスピードがあって良かったです。対戦した頃よりスピードは上がっていると思いますよ。(一番良かった球は?)ストレートです。高めも低めも質が良かったです」
5月の安樂との対戦で、清水は右中間に二塁打を放っている。当時に比べると、徐々にストレートのスピードも質も上がってきているという。高校時代の「157キロ」の印象が強すぎるせいか現状に物足りなさを感じてしまうが、安樂も試行錯誤を重ねながら状態を高めていることがうかがえた。
そしてユニバーシアード日本代表との試合後、記者会見を終えた安樂が帰り支度を済ませてベンチから出てきた。
「あ〜、調子悪かったです。いっつも言ってる気がするけど(笑)」
気安い昔馴染みの記者を見つけてなごんだこともあるのだろうが、安樂の口ぶりは驚くほど穏やかだった。
「これだけの大観衆の前で投げられたのは気持ち良かったです。でも、先頭バッターのフォアボールはキツかったですね。ボール的には徐々にきていたので、1アウト取れたらスピードを狙おうと思っていたんですけど、フォアボールを出しちゃったので(笑)。スピードうんぬんより、ストライクが入らないなと。焦っているうちにボークも取られちゃって......。あれ、いつものクセなんですよ」
記者から「フォーム、大胆になってきた?」と聞かれると、安樂は高いトーンで「だいぶ大胆になってきたでしょう?」と応じて、続けた。
「腕も振れてきたと思います。あと一歩なんです。ステップ幅が高校までは6歩半だったんですけど今は6歩になって、その分、力があり余っている感じがあるんで、それを6歩半にしようとしているんです。体重移動がうまくいけば、もっと強いボールが行きます。今の状態で149(キロ)まで戻っているんで」
とても強がりを言っているようには聞こえない。安樂にははっきりと自分の進むべき道が見えているようだった。これが今の安樂にとって最も明るい材料なのかもしれない。
安樂智大がかつての安樂智大に戻り、さらに進化した安樂智大へとグレードアップしていくには、クリアすべきハードルはまだまだ多い。楽天は安樂をしばらく二軍で育成する方針を明かしている。いつか日本を代表する投手に成長するまで、本人も野球ファンも今はただ、我慢、我慢、我慢。多少「おかしい」と感じることがあっても、この大器を長い目で根気強く見守っていってほしい。
菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

