訴訟に発展 “国宝の城”を台無しにする高層マンション「景観ハラスメント」の深刻度
景観によるハラスメントに甘すぎる日本
いまの日本社会は周知のとおり、ハラスメントに対してとても厳しい。ハラスメントとは意識的か無意識かにかかわらず、特定の人、または不特定多数に対し、不快な思いをさせたり、苦痛をあたえたり、居心地の悪さを感じさせたりすることを指す。
【画像】どうして松江市は許可してしまったのか…7月に完成予定の松江市の高層マンション ほか
職場においては、いわゆるパワハラ防止法(労働施策総合推進法)によって、あらゆる企業に防止策が義務づけられ、追加でカスハラ防止の措置も10月から義務づけられることになった。また、とくにセクハラにおいては、「加害者」になんら悪気がなかったとしても、相手が不快に感じていればハラスメントと認定されることが多い。そのくらい被害者が守られている。

だが、景観問題になると一転して、日本は「加害者」に甘い。
甘い一例は、天守が国宝に指定されている松江城(島根県松江市)のすぐ近くに、その天守の高さを3.2メートル上回る19階建ての高層マンションが、この7月に完成しようとしていることである。これに対し、周辺の住民らが事業者(京阪電鉄不動産、鴻池組、タカラレーベン)を相手取り、松江地裁に訴訟を起こした。近隣でもっとも高いマンションの高さ(44メートル)を超える16階から19階までを撤去するように求めている。
提訴の理由などについては追って述べる。だが、その前に、なぜハラスメントについて語りつつ、急に景観の話になったのか、疑問に思う人もいるだろうから、その点をクリアにしておきたい。
大きな建物が建ったり、大規模な開発が行われたりして、それまで得られていた景観や眺望が著しく損なわれれば、周辺の住民にとっては精神的に大きな苦痛になりかねない。しかも、建物が完成してしまえば、取り壊されないかぎり苦痛を受け続けるという点では、人間によるハラスメントよりたちが悪いともいえる。
決して牽強付会ではない。ヨーロッパでは景観を損なう無秩序な開発は、景観への事実上のハラスメントと見なされ、法で厳しく規制されている。
ありふれた景観も守られるヨーロッパ
たとえばフランスでは、歴史的な街並みを建物単体ではなく地域全体として厳格に保護するためのマルロー法が、1962年に制定されている。また、首都パリでは、さまざまな地点から眺めた歴史的建造物の見え方を厳しく保護する「フュゾー規制」が1977年から採用されている。イタリアでは1985年制定のガラッソ法などにより、歴史的街区だけでなく、海岸や湖沼、河川、山岳地帯まで、景観を改変することが厳しく規制されている。
加えて2000年には、ヨーロッパ景観条約が成立した。こちらはヨーロッパ全土のすべての景観を対象に、それを整備しつつ保全しようという内容である。それまでも歴史的街区や自然保護区については、原則として保護されていたが、「景観は住民にとっての公共財だ」という考えにもとづいて、ごくありふれた景観も保護の対象になった。
しかし、やみくもに保護するだけでは、住民への不利益が生じうる。だから、ある時点での景観を未来永劫維持するというのではなく、社会的および経済的な要請にも応え、議論を重ねながら改変しつつも、住民にとって望ましい景観を維持していく、ということである。
一方、日本では景観に関して、既存の住民の利益がないがしろにされ、「被害」を主張しても容れられないことが多い。5月18日にも、都内の女子高で最難関の桜蔭学園が、東京都に建築計画の差し止めを求めた訴訟で、東京地裁が学校側の訴えを退けた。校舎に隣接する8階建てのマンションが、あらたに20階建て(高さ約70メートル)のタワマンに建て替えられる計画に対し、「日照が遮られ、のぞき見の危険性も高まる」と訴えたが、認められなかった。
もはや世界遺産の候補にもならない
さて、松江の事例である。件のマンションは松江城の南東約200メートル、現在は県庁が建つ旧三の丸のすぐ東側で、かつて重臣の屋敷が建ち並んでいた殿町に位置する。そしてこの土地自体が、2007年に策定された松江市の景観条例によって、景観計画重点区域に定められているという。
そこに高層マンションが建設される計画が明らかになったのは2023年9月で、すぐに市民らによる反対運動が起き、前述の訴訟の原告らが参加する「まつえ/風景会議」が発足した。そして、上定昭仁市長への要望活動や新聞への意見広告、署名活動などが重ねられてきた。同時に、大阪の京阪電鉄不動産を訪問し、「松江市に土地を売却してほしい」「すぐれた眺望をもつ松江市有地と交換してほしい」などと提案したが、一切応じてもらえなかったという。
そうこうするうちに松江市の景観審議会も、このマンションが「景観基準を満たす」と答申してしまった。というのも、それまで松江市には、景観計画がどうこうといいつつも、景観を守るための主な基準が「天守から見える東西南北の山の稜線を妨げない」というものしかなく、それをもとに判断されてしまったのである。
さしもの上定市長も、2024年3月には「松江城天守を上回る高さであるなど、松江らしい景観を保全する観点から望ましくない」と回答するようになり、市長みずから、事業者に高さの引き下げを要望したが、受け入れられなかった。
不思議なのは、松江市の意識である。松江城天守は長く重要文化財だったが、松浦正敬市長(当時)がみずから、国宝化に向けた市民運動を醸成しようと提唱し、市に国宝化推進室を設置。多方面から調査や活動を重ねた結果、2015年7月8日に国宝に指定された。その後は松江市として、松江城の世界文化遺産への登録をめざしている。
それなのにどうして松江市は、かけがえのない財産の価値をみずから毀損するマンション建設を許可してしまったのか。とりわけ世界文化遺産は、周囲に景観を守るためのバッファーゾーン(緩衝地帯)の設置が求められる。まさにそのエリアに、天守より高いマンションが建ったのだから、もはや推薦候補にすら選ばれないのではないだろうか。
わがままなのは景観を改変する側
いずれにせよ、こうした松江市の不作為につけ込まれるかたちでマンションの建設は進められ、すでにほぼ完成してしまった。
だが現在、予測をはるかに超える速度で少子化が進み、今後の大幅な人口減が避けられない状況にある。そんななか、国宝松江城天守を中心に歴史的景観を形成している場所に、それを損なう高層マンションを建てるべき公共的な理由など、どこにもない。それなのになぜ建つのかといえば、事業者が一定の土地から上げうる最大限の収益を上げたいから。それだけだろう。
そのために景観が破壊され、多くの人が不利益を被ろうと、それ以上に優先されるべきは土地を購入した事業者の権利だった、というのが松江のマンションの実情である。前述のように、ヨーロッパには「景観は住民にとっての公共財だ」という考え方が社会通念としてあるが、日本の常識は残念ながら、その考え方とはほど遠い。その意味で、住民がまったく守られない。
件の裁判で原告側は、「マンションの建設により、良好な景観の恵沢を享受する利益、すなわち景観利益が損なわれている」と訴えている。それはヨーロッパでは、当たり前に守られている利益であり、権利である。マンションの出現によって、甚大なハラスメントを受ける「被害者」が放置される日本は、どうかしている。
事業者の利益が最優先され、住民にとっての「公共財」が守られない松江市、ひいては日本の圧倒的な後進性を思わざるをえない。しかも、国宝松江城天守と周囲の景観という「公共財」は、住民のものであると同時に、広く人類にとっての財産であるはずなのに、それすら守られない。
日本では「高い建物が建つのは時代だから仕方ない」と考える人が多い。景観や眺望を守ろうとして抗議すると、「わがままだ」とみなされることさえある。しかし、その受け止め方は世界標準ではない。景観を改変する側が「わがままだ」と認定されるのが世界標準である。
いまのご時世、ハラスメントを受けた人に対し、がまんするように強要する人はいないだろう。同様に、景観が損なわれることで苦痛を受けながら、がまんするのもおかしい。そう考えるのが世界の趨勢である。そう考えないのだとしたら、日本が世界のなかで恥ずかしいほど遅れている証左である。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
