岩手から愛知まで。喫茶店を巡るためだけに旅をした編集部が語る、コーヒーとの出会い直し
旅するように喫茶を巡る……2026年4月号の喫茶店特集はいつもの「おと週」とはちょっぴり違うテイストに。リアル旅担当の編集和賀、都内名店のライター肥田木&編集武内、異空間の菜々山&編集戎、音楽系の池田による喫茶談義でコーヒーブレイクはいかがですか?
喫茶店巡りは心まで動かす旅
肥「まずコーヒーに謝りたい。今まで適当に飲んでてごめん!」
戎「いきなり懺悔(笑)?」
肥「いやね、今回は名店の担当で、コーヒーに対する店主の思いを聞く度に感服、目から鱗が何枚落ちたかわからんのよ。独自の焙煎技術、ネルの形状、淹れ方や湯の温度、落とす速度の違い等々、それぞれのこだわりに驚くばかり。普段何気なく飲んでる1杯がこんなにも奥深いものだったとは」
武「僕は以前コーヒーの本を作った経験があるから、抽出や器具について勉強したことが役立ったけど……ただ今回はその知識を超える店主の話に付いていくのが大変だった(笑)。特に『バンカム・ツル』や『ドゥ ワゾー』の理論は深過ぎた。でも聞けば気さくに教えてくれるし、電車やバスを乗り継いで目当ての1杯を味わう至福の時間は、そのおいしさに心まで動かされる小さな旅なんですよね。楽しかった〜」
『バンカム・ツル』マンデリン500円、チョコレートケーキ400円

『バンカム・ツル』(手前から)マンデリン 500円、チョコレートケーキ 400円 マンデリンは円熟味のある苦み。淹れてそのまま、温め直しをせず提供する。温度は旨みを感じやすい60度前後。チョコレートケーキはどのコーヒーにも合うよう2年掛けて完成させた
菜「そもそも今回はなぜ旅がテーマ?食べ物系が少ないよね」
和「今までの喫茶店特集とは違う、もっと広がりのある切り口がほしいよねと考えた時に出たのが旅というキーワード。メニュー切りは散々やってきたし、タイミング的にもいい企画になったと思う」
池「物理的な移動だけじゃなく、時を重ねた喫茶店には、時間の旅、人生の旅、音楽喫茶の場合はそれに没入した時のトリップ感(音楽は一瞬で時空を越えさせるしね)、日常からのスリップ……いろんな”旅”が詰まってるよね」
和「で、まずリアルに喫茶店を巡るためだけの旅となった時、私の中では盛岡が筆頭だった訳よ」
肥「意外、盛岡ってわんこ蕎麦とか冷麺とかのイメージだけど」
和「かれこれ20数年前に初めて盛岡に行った時、味のある喫茶店が多いなと印象に残ったのがきっかけで何度か通うようになってね、脳内に刻まれていたのが『六分儀』という店。ところが数年前に惜しくも閉店。がしかーし!」
戎「もしや復活とか!?」
和「ピンポーン!何と現在は東京にある『蕪木』の店主が『羅針盤』として引き継いでいるとわかり、ほとんどそれ目的で現地へ。10年ぶりぐらいだから記憶もうろ覚え、でもじわじわ思い出すこともあって、まさに喫茶店を通じて記憶を辿る旅になった。いやあ、相当個人的な思い入れを仕事にしてすまんすまん(笑)」
『羅針盤』季節のチョコレート菓子750円、禾ブレンド750円

『羅針盤』(手前から)季節のチョコレート菓子 750円、禾ブレンド 750円 コーヒーのお供に季節のお菓子をぜひ
菜「姉御のご希望ならいかようにも(笑)。でも真面目な話、喫茶店に限らず後継者不足とかで老舗が消えゆくなか、受け継いでくれてうれしいよね。私が旅した茨城の『佛蘭西館』も、よくぞこの店を残してくれたと思うほど、壁の絵、ソファの色合い、細やかな装飾まで造り込んだアートな空間で素敵だった。また休みの日にふらっと行きたいと思う」
戎「今回はどの誌面もその店を訪れたかのような雰囲気の写真なので、現地に行けなくてもトリップした気分を楽しんでもらえるのではないかと。もちろん足を運んでもらうのが一番ですけどね!」
池「雰囲気はもちろん、喫茶店とはまた、人と人が出会う場だったり、人と人を繋ぐ装置だったりもすると思うんだよなあ。足利の屋台『アラジン』も職業や年齢、住んでいる場所も全く違う人が集まってくる店だった」
和「そう、超遠方から定期的に通う人がいたり、犬の散歩がてら毎日顔を出す人、著名人が突如フラ〜ッと現れたりすることもあるらしく、一期一会感がすごい。屋台という特性によるものが大きいけど、出会いと別れの距離感が心地いい。旅先では地元客のキャラが印象深いのも魅力だよね。これぞ旅ならではと思いましたわ」
武「旅先で喫茶店を訪ねることは、よそ行きじゃない地元の素顔に触れることでもあるんですよね。さあ、そろそろ話題の旅先も都内へ戻ってみましょうか。名店ではおいしいコーヒーの店を探そうと調査。味+雰囲気、マスターの人柄、わざわざ行く価値のある店という観点で掲載店を選びました」
肥「自家焙煎の店、懇意の店からいい豆を仕入れる店、ドリップもネルかペーパーか、サイフォンか、コーヒーに合わせるケーキ類にまでこだわりがあったよね」
武「そもそも抽出の理論は喫茶店の数だけある。皆が”自分のおいしい”を構築しているんです」
肥「何かね、蕎麦職人と似てると思ったんだよね。素材の選択、粉の挽き方の違い、さらにブレンド具合、打ち方=淹れ方の手法など、それぞれ思い描く理想を表現する姿勢は共通するところがある」
異空間に身を委ね自分と向き合う喫茶旅
菜「異空間旅というテーマの喫茶を担当した私も、ちょっと蕎麦屋とか老舗酒場で過ごす感覚と似てると感じた。味だけじゃなくて”場”の風情も味わうっていうのかな、その場に身を委ねることで日常を手放せる。ぐい呑みがコーヒーカップに、肴がケーキに変わっても、自分だけの時間を過ごすってことには変わりないのかも」
池「ほう、印象的だった店は?」
菜「まず『物豆奇』。異世界アニメに出てくるドワーフの家の世界観。時計がたくさんあるんだけど、動いてるのは4つだけ。毎日ネジを巻き、針を正確な時間に合わせて……ご主人が古い物を大切にする姿に心を打たれた」
戎「僕は大きな窓から光が差し込む『縁側カフェ』。庭を眺めてほっこり、本を読んでのんびりしたいなと心底思いました」
『縁側カフェ』いちごのタルト860円、本日のコーヒー640円(セットで−100円)

『縁側カフェ』(手前)いちごのタルト 860円 (奥)本日のコーヒー 640円(セットで−100円) 本日のコーヒーはその時々で浅煎りと深煎りの2種類を用意。サクッと軽やかなタルト生地にマスカルポーネのクリームとフレッシュなイチゴがたっぷりのる。※イチゴの種類により価格が若干異なる
菜「日常から離れる空間を作りたいという店主の想いを形にしたのは『アール座読書館』。自分の時間に没入できる感じ」
戎「会話禁止の店ですよね。日々せわしなく動いてるけど、こういう場に身を置くと心が洗われるような気がするんです。店を出て街なかに戻った時の雑踏たるや。あの静けさはなんだったのか」
武「そういえば名店の『十一房珈琲店』も声のトーンを落としてのご利用を……と入店時にお声がけがある店でした。肥田木さんが目で語ろうとアイコンタクトしてきても無視(笑)。静かな空間だと五感が研ぎ澄まされるんでしょうか、コーヒーの味がよりわかる気がした。ほら、僕って周りに気配りできるし繊細だから」
肥「気配りができる人は『目で語る?瞳が濁っててわかんなーい』とは言わんです。繊細な人は『バンカム・ツル』のスペシャルコーヒーを『バケツで飲みてー』とは言わんです。ねえ姉御ぉ」
和「武ちゃんの負け(笑)。で、静けさと逆の音楽喫茶の方は?」
池「うん、音楽(特にクラシック)とコーヒーの香りって相性がいいと思った。伸びやかな響きで耳に飛び込んでくる音に包まれる気持ちよさを、コーヒーの香りが増幅するというか。こんな店は最近の浅煎りでなく、昔ながらのコクのある深煎りが合うなあと」
戎「音楽と空間に身を委ねる、得も言われぬ没入感……くぅ」
池「『あたらくしあ』は1900年代初頭の蓄音機が今も現役。それで1920年代のSP盤を聴くとまるで目の前にその時代の”絵”が立ち上がるよう。音楽は時を旅するツールだなと実感」
『かふぇ あたらくしあ』シングルオリジン・カフェ・シェケラート1000円

『かふぇ あたらくしあ』シングルオリジン・カフェ・シェケラート 1000円 シングルオリジンのコーヒーをシェイク。カクテルのよう!
戎「ライブ会場で音楽を聴くことはあっても、日常はイヤホン等で聴く日々。それはそれで満足してますけど、大きなスピーカーや年代物の蓄音機から流れる繊細な音には圧倒されました」
池「旅という点では音楽喫茶は時を重ねている店が多い。例えば『でんえん』の店主は98歳のお母さん。店は彼女の歴史でもあって、音楽を聴きながらそこにいると自分も歴史の積み重ねの一部になって、不思議な時間旅行をしているような気持ちになる」
菜「98歳!ぜひお会いしたい」
池「でしょでしょ。ふとした瞬間に幼少時の風景や学生時代のことが脳裏に蘇ることもあったりして、喫茶店にいながら自分自身も心の旅をする。これが何か浄化作用のある旅なんだよね〜」
『名曲喫茶 ネルケン』ブレンドコーヒー580円、ジャムトースト380円

『名曲喫茶 ネルケン』(左)ブレンドコーヒー 580円 (右)ジャムトースト 380円 テッパンの組み合わせ、コーヒーとトースト
肥「いいこと言うなあ。喫茶店って子供の頃に親に連れられて行ったり、デートの場所だったり誰しも思い出がある。そしてこれからの人生の旅にも欠かせない存在」
戎「今回の特集で気になる店があれば旅するように楽しんでほしいですね!あ、ここまでとは毛色が違うけど愛知・一宮モーニングの旅もぜひご一読を」
武「ということで最後に旅の土産話。コーヒー好きの高倉健さんが愛したのが『トゥジュール デビュテ』。僕も彼の定席で一服しました。ちょっとうれし♪」
『カフェ トゥジュール デビュテ』ネルドリップコーヒー

『カフェ トゥジュール デビュテ』ネルドリップを見るのも楽しい
肥「随分長く座ってたけど健さんみたいになれると思ったん?」
武「いやいや、そんなことは。自分、不器用ですから……」
全員「おーい、妄想の旅から戻ってこ〜い」
撮影/鵜澤昭彦(バンカム・ツル)、浅沼ノア(羅針盤、トゥジュールデビュテ)、大西陽(ネルケン、あたらくしあ)、小澤晶子(縁側カフェ)、文/肥田木奈々
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※月刊情報誌『おとなの週末』2026年4月号発売時点の情報です。
