日本の入管にだまされて家族がバラバラに⋯「とにかく娘を抱っこしたくてたまらん」36歳トルコ人男性が選んだ「苦渋の選択」
〈「いいことがあるかもしれませんよ」足を運ぶと「あなたを母国に返します」と拘束される事態に⋯36歳・トルコ人男性が直面した「入管のだましうち」〉から続く
10代で来日し、日本で家庭を築いたトルコ人のエルバン。愛知県で妻ルナさん、娘アユミさんと暮らしていたが、若い頃に起こした事件を理由に国外退去となった。しかし、どうしても「娘と会いたい」彼が選んだ“苦渋の選択”とは――。
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ジャーナリスト・池尾伸一の新刊『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』(講談社)より、一部を抜粋・編集してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)

写真はイメージ ©getty
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「居場所を教えてください」
「なんで手錠までかけるの? 手錠なんかいらんでしょう」。エルバンは叫んだ。その途端、首の後ろに何かしびれるような衝撃を感じ、瞬間に意識を失ってしまった。
次に気づいた時は、入管の護送バスの中だった。手錠をかけられ、両脇には入管職員。エルバンを護送するために、一緒に合計10人ほどの職員が乗っていた。バスは羽田空港に向かっている。
「私も何かおかしいと思いました」。ルナは言う。ルナは自動車部品会社の下請けの工場で働いている。いつも仮放免の更新の時は、ルナは仕事を休んで夫と一緒に行くようにしていたが、この日は仕事が休めず同行できなかった。
いつも仮放免の更新の時は、終わった段階で遅くともお昼までにはエルバンから電話が来るのだ。ところがこの日は午後になっても電話が来ない。エルバンのスマホに電話をかけても通じない。(エルバンの身に何かあったのでは)。いやな予感がしたルナは工場を早退して午後4時ごろ入管に着いた。
「エルバンはどこにいるんですか」
職員に聞くが、職員は「知らないよ」と言うばかり。
「お願いです。エルバンの居場所を教えてください」
ルナは泣いて頼むが、職員は「知らない」と繰り返した。
エルバンとルナの自宅にも「異変」は起きていた。午後3時ごろ、ルナの母親とアユミがいた自宅に、ワゴン車で乗りつけた3人の入管職員が入ってきた。職員はげた箱やたんすを勝手に開け、エルバンの靴、Tシャツ、歯ブラシなどを手にとると、去って行った。
エルバンに会えないまま自宅に帰ってきたルナは、悲しくて泣き通しだった。アユミも泣き出した。アユミはパパっ子で、エルバンが帰って来るといつも抱っこされていた。寝る時もパパに抱かれて寝ていたのに、今日はいないのだ。ルナとアユミはよく眠れないまま一晩を過ごそうとしていた。
そのころ、エルバンはトルコに向かう飛行機の中にいた。両脇の席には、入管の職員が座っていた。「トルコではどんな食事を食べるの?」「トルコはいま暑い?」。職員が話しかけてくるが、「まったく耳に入ってこんかった」。
「ルナとアユミと引き離されたことがただただ悲しかった」
「おれ、トルコに来てしまった」
14時間近く飛んで、イスタンブールに着いたのは午前6時ごろだった。日本時間ではその日の正午ごろだ。エルバンは空港で解放された。しかし、所持金は3000円だけしかない。持ち物も、携帯電話を返してもらったほかは入管職員に渡された袋の中に、Tシャツと靴、歯ブラシが入っているだけだった。エルバンの自宅から入管職員がとってきたものだった。
何も考えられない。考えられたのは日本の家族の声を聞くことだけだった。
「おれ、トルコに来てしまった」
ルナと、フェイスブックのビデオチャットがつながった途端、エルバンは涙があふれ出してきた。日本では工場の昼休みだ。ルナは、スマホ画面の夫の泣き顔をみて、何が起こったか一瞬で理解した。そして泣いた。
いったい何が
所持金がほとんどなかったエルバンは親戚に電話をかけ、飛行機のチケットを買ってもらい、そのチケットでようやく出身地の黒海に面した港町に着くことができた。しかし、「ルナとアユミに会いたいばかり。何も手につかず抜け殻のような日々をすごした」という。やがて、建設現場で重機を操作する仕事をみつけた。
日本に残されたルナも夫を奪われ失意のどん底だった。アユミもパパが突然いなくなった異変を感じ、泣いてばかりだ。ルナも自動車部品会社での仕事の一方で、生後9ヵ月のアユミと持病のある母を抱え、目の回るような忙しさだ。家のローン負担も重く、家計的にも追い詰められた。ルナは「この先どうやって暮らしていけばいいのかまったく分からなかった」と語る。
翌年2022年になると、エルバンは軍隊に徴兵された。徴兵制を敷くトルコでは兵役は20歳以上の男性の義務。16歳から日本で暮らしていたエルバンは兵役を務めねばならなかったのだ。5ヵ月後に除隊したが、妻子に会いたい気持ちは抑えきれない。考え抜いた結果、一つの考えに行きついた。
「韓国に働きに行く」ことだった。
日本の入管難民法は1年以上の拘禁刑を受けた人は将来にわたり日本に入国できないと定めている。傷害で1年の懲役(当時)を科せられたエルバンが日本に入国することは極めて難しい。
一方でルナも、母親が老いて脊柱管狭窄症などの持病もあり、トルコに移り住むことは難しい。まだアユミは生後1年にも満たないため、14時間もかけてトルコに来ることだって困難だ。しかし、韓国ならば中部国際空港から2時間で来られる。ルナが働く工場が休みになるお正月などには、来ることは可能に思われた。
「とにかくアユミを抱っこしたくてたまらん」。2023年1月、エルバンは韓国に飛んだ。生木を裂くように、突然引き裂かれた家族。どんなに一緒に暮らしたくても暮らせない。窮した揚げ句の「苦肉の選択」だった。
2年ぶりの「抱っこ」
観光ビザで韓国に飛んだエルバンは、一定期間働くことができる在留資格を得て、建築のブロックやレンガを積む仕事をみつけた。仕事が終わると毎日欠かすことなく、スマホのビデオチャットを使い、ルナやアユミと顔をみながら話をした。
日本との時差が6時間あるトルコでは、午後6時ごろエルバンの仕事が終わり、スマホで、妻子と話そうとしても、日本では深夜零時ごろで、すでに妻子は眠っている。週末ぐらいしかお互いに話ができなかったのに比べると、日本と時差がない韓国ではスマホでの会話もしやすかった。
そして、待ちに待ったその年の8月がきた。お盆休みだ。ルナとアユミが飛行機でやってきた。
「2年ぶりにアユミを抱っこできた。ちっこかったアユミがえらい重くなった。涙が出てまった」。エルバンは名古屋弁なまりで言う。
「パパ、ちゅき」。アユミもパパを抱きしめた。
別れた時は泣いたり笑ったりしかできない赤ちゃんだったアユミは2歳半。片言をしゃべれるようになっていた。
それから、お盆休みと、冬休みに必ずルナとアユミがやってくる生活になった。韓国では正月休みやお盆休みの習慣はないが、エルバンは勤め先に頼み込んでその時期10日間の休みを取る。
ルナは格安航空会社のチケットを数ヵ月前から予約しておく。すると2人で9万円ぐらいで往復できるのだ。
その年、2023年末の冬休みはクリスマスを一緒に過ごした。山でそり遊びをして、年明けのお正月にはアユミの誕生日を一緒に祝った。3人でいっぱい笑った。しかし、翌日には別れねばならなかった。
あっという間の1週間
そして長い7ヵ月を経て、2024年8月のお盆休みが始まろうとしていた。ルナとアユミが韓国のエルバンのところに来るのは今回で3回目だ。わたしも同行させてもらうため、中部国際空港でルナとアユミに合流した。
ピンクのリュックサックを背負ったアユミがママに手をひかれてやってきた。「パパ行くよ、パパ行く」。飛行機に乗る前からアユミは興奮気味に何回も繰り返している。久しぶりにパパのところに行けることになり、うれしさを抑え切れないのだ。
2時間のフライトで、仁川国際空港に到着。モノレールに乗り、入国審査や税関のあるビルに着くと、アユミはそわそわしだし、歌を歌い、スキップし始めた。税関のゲートを出ると、キョロキョロしている。しかし、なかなかみつからない。そして、ついにみつけた、その人。アユミはママの手を離して全力で駆けていく。
パパの胸に思い切り飛び込むと、パパはきつく抱きしめてくれた。パパの涙がアユミの頬にこぼれた。7ヵ月ぶりに再会した家族は、まずソウル市内にある、エルバンの行きつけのトルコ料理のレストランで、ケバブをおなかいっぱい食べた。トルコ特有の伸びるアイスクリーム「ドンドゥルマ」も出てきた。アユミの大好物だ。そしてソウルから車で約1時間半のポチョンの街に着いた。
エルバンはこの街でアパートを借り、働いているのだ。山や渓谷に囲まれたポチョンは風光明媚な街だ。夏はソウルに比べて涼しく過ごしやすいが、冬は零下20度にもなる厳寒に耐えねばならない。
その日、アユミは興奮し、パパと遊んで午前1時ごろまで寝なかったという。ベッドではパパに抱きしめられ眠った。エルバンが強制送還されるまでは毎日そうやって眠っていたのだ。
翌日は、渓谷をせき止めた水遊び場に遊びに行った。
救命具をつけたアユミは、パパに抱かれずっとニコニコしている。その様子をルナが、ほほえんで見守っている。
河原にあがっておやつを食べる。「はいパパ」とポテトチップをエルバンの口にいれると、今度は「はいムシさん」と地面にいるアリたちにもあげた。
「アユミちゃんはやさしいね」。エルバンが言う。
夕食は韓国フライドチキンの店に行った。
「ポヨ、いっぱいね」。チキンを山盛りにした皿を前にしてアユミがうれしそうに言った。「ポヨ」はスペイン語で「トリ」のこと。アユミは保育園では日本語だが、家ではペルー出身のルナの母語、スペイン語で話すことも多いため、スペイン語の単語もよく出てくる。
夕食後、エルバンのアパートでのこと。ソファでアユミを真ん中にエルバンとルナがくつろいでいる。夫婦が顔を寄せ、キスをしようとすると、アユミが下から手を伸ばしてさえぎった。
「ダメ!」。パパが大好きなアユミ。
「ヤキモチ焼いてるのよ。困った子ね」。ルナが言うと、アユミはキャッキャと笑って大喜びしている。
あっという間にすぎる家族の時間
3日目は、ソウル市内までドライブし、かばんや衣類などの店が密集する東大門市場へ。アユミは「プリンセスのくつ買う」という。市場の一角に、子ども用の靴店ばかりのエリアがあり、アユミはそこで、おとぎ話のお姫さまの履くような飾りのついた靴を2足買ってもらった。パパとママに両方から手をつないでもらい、お姫様のように満足そうに歩いていく。
4日目はお花畑のある公園。パパに抱かれてブランコに乗った……。パパとママが2人で写真を撮ろうとすると、アユミはここでもじゃましてくる。
わたしは予定があったため3人と別れ、翌日、日本に帰った。後で聞いた様子はこんなだったという。
3人の時間はあっというまに過ぎていった。
8日目の朝。アユミはもうこの日が日本に帰る日だと分かっている。起こそうとしても布団から出ようとしなかった。布団の中で泣いているのだ。
「パパ来るよ。パパも後から来るよ」。2人はそうなだめすかしてやっとアユミを飛行機に乗せた。飛行機の中でも泣き通しだったという。
「分断家族」の暮らし
楽しい1週間が過ぎると、国境で分断された家族を、とてつもない寂しさが襲ってくる。エルバンは「きつい、のひと言です。しばらくは何もやる気がなくなる」。
日常が戻った「分断家族」の暮らしは苦しく切ない。
親たちが見に来る幼稚園での発表会。お友達がアユミに聞いてくる。
「アユミちゃんのパパは来ないの? パパいないの?」
アユミは答える。「パパいるよ。パパいるけど、パパいないよ」
また、飛行機が上空を通るとアユミは決まって空を指さしてこう言うという。「パパいるよ」
いつも飛行機でパパのところに行くことを知っているのだ。3歳のアユミだが、スマホの使い方はもう知っている。毎日、エルバンが仕事から帰ってくると、アユミからビデオ通話が入ってくる。父子はスマホの画面越しで顔を見ながら長い会話をするのだ。
エルバンとルナは、「アユミの将来がとても心配だ」と言う。
いまはまだ父親が近くにいないことはぼんやりとしか分からないアユミ。だが、エルバンは「アユミがこの先、大きくなり、思春期を迎える。父親が強制送還されており、一緒に暮らせないことが分かったら、どれほど傷つくのだろうか。うまく成長できるのか」と懸念する。
これからかかる教育費が出せるのかも分からない。国境を越えて2拠点生活をする家計はいまでもぎりぎりだ。母と子どもの世話をし、家のローンも抱えるルナのためにエルバンはいつも月10万円は仕送りしている。しかし、自分の家賃や生活費も払わねばならない上、韓国では寒さが厳しい冬に仕事が減り、収入が半減する。ローンで買った日本の家には住める見通しもないのだ。
国境を隔てて「分断」されながらも、年に2回はアユミを抱きしめられる。こんな暮らしが間もなく終わることもエルバンは知っている。
「韓国で働ける期間はあと1年ぐらいで終わる。韓国でまでオーバーステイ(超過滞在)になることはできん」
エルバンは「冬の夜とかアパートの壁といっぱいしゃべって眠れんまま夜を過ごすこと、ようある」と打ち明ける。「アユミと会えんくなる日が来るんか」。そう考えると「胸がかきむしられる気がする」。そんな夜には思いはいつも、あの日のことに向かっていく。
人生を狂わせた事件
……2010年、22歳だったエルバンは、一緒に1ヵ月間にわたる内装の仕事をやったにもかかわらず、報酬の分け前を払おうとしない日本人の男性の居宅で、口論していた。
「なんで約束破るんですか」。抗議するエルバンに相手は言った。
「おまえみたいな外国人に払ってもしょうがないだろ」
この言葉にエルバンは激高した。相手はナイフを取り出して牽制した。エルバンが奪うと、相手は阻止しようと素手でナイフをつかんだ。エルバンは相手を殴り、現金をつかんで逃げた。相手は軽傷を負い、エルバンは「強盗致傷」で逮捕された……。
「まったく、バカだった。頭の回っていない若いヤツのやること。相手の家に押しかけていくなんて。そして金をつかむなんて。ものすごく反省しとる」
エルバンは絞り出す。
いつか一緒に
「家族結合権」。家族が一緒に住む権利。国連加盟の各国が批准する自由権規約という条約はその権利を保障している。ある国の政府が父親だけを送還しようとした場合に、その家族から通報を受けた国連の自由権規約委員会が「条約違反」だと警告。
政府が、送還を断念した例は少なくない。エルバンの家族の例も、国連の人権のスタンダードからすれば、政府による人権侵害にあたる可能性がある。しかし、日本政府は自由権規約には加入しているが家族が通報する「個人通報」の制度は批准しておらず、ルナやアユミが国連に訴えることはできない。
ルナはこれまで5回も、名古屋入管にエルバンの再入国の許可を申請している。毎回3ヵ月ぐらい待たされるが、そのたびに「不許可と決定した」という通知が返ってくるばかりだ。それでも、エルバンとルナは「いつかは一緒に暮らせることを信じている」と話す。
愛知県の新居。ルナはいまも表札からエルバンの名前を消していない。2台分の車がとめられる広い駐車場もそのままにしてある。「エルバンはとても車が好きだった。いつ帰ってきてもいいようにそうしているのです」。ルナは言う。そして続けた。
「わたしたちにもう一度だけチャンスを与えてほしいのです」
(池尾 伸一/Webオリジナル(外部転載))
