にしおかすみこ「50代の地味で小さな悩み」を認知症の80代母に語ったら、もっとすごい悩みが返ってきた
特に女性にとって、「50代」とは大きな体の変化が出てくる年齢だ。
年齢差はあるにせよ、50歳前後で多くの女性が閉経する。それによって、ホルモンバランスが著しく変わってくるのだ。
閉経前後の5年、計10年を「更年期」と呼ぶ。
日本産科婦人科学会のHPによると、更年期のからだの症状としてあらわれるのは、以下のようなものが見られるという。
めまい、動悸、胸が締め付けられる、頭痛、肩こり、腰や背中の痛み、関節の痛み、冷え、しびれ、疲れやすい
にしおかすみこさんが認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父との同居を始めたのは、2020年のこと。まさに40代後半で、更年期にかかったところに母の認知症やゴミ屋敷問題が降ってきたということになる。
2020年「母80歳、姉47歳、父81歳、わたし45歳」とつづっていたが、そこからはや6年、いや1年前のことを綴っているため5年としても、にしおかさんは50代に突入したわけである。書籍『ポンコツ一家』『ポンコツ一家2年目』と続く中でも、全員が年を重ねていく変化も見えてくる。
さて、2025年11月、にしおかさんの母は突然天国に旅立ってしまった。1年前のことを綴る連載57回は、元気だった母親とやりとりした「体の悩みの話」をお伝えする。
地味で小さな悩み
2025年4月某日。
地味で小さな悩みがある。右肩がじんわりと痺れるのだ。腕が思うように上がらない。でも、例えば仕事着のワンピースは、後ろのファスナーの先に長い紐がついていたりで、それを手繰り寄せて締めればよい。高いところの荷物は、多少の重量なら左手と頭蓋骨で受け止める。背中が痒いときはキッチンペーパーの芯でかいている。生活は余裕でどうにでもなる。けれど、気づけばーーそう、いわゆる五十肩だ。クソゥ。
「イッタイなぁ〜。50歳になったら、そんな律儀にこなくてもよくない? ママもそんなことあった?」ボヤキ半分で聞いた。
母が「え〜? ないない。……ねえ、あんたすぐ自分の年齢言うけどさ。やめなさい。それが原因だと思うよ。声に出すと、頭も体も思い込むから。だから体も反応して“五十肩にならなきゃ!”って焦るんだよ。元気にしてれば50は40、30は20に見えるから。年相応じゃなくていいのよ。堂々と胸張って、40歳ってウソつきなさい。……でも60は50に見えないね。……70も若い人いるけど、婆さんは婆さんだよね」。
後半はもう、こちらに話しているというよりは大きな独り言だ。
私は聞く。「じゃあ80代は?」
84歳の婆さんが、皺々の重たく被った瞼を持ち上げ、こちらを見る。
「もう数えないもん。八十肩なんてないだろう?強いて言えばガッタガタさ」
子供のような、人生の大先輩のような、あったりまえさ、みたいなアホ面で返してくる。
そういう言い回し、衰えないよなあ。私、認知症って聞いたとき、真っ先にこの辺がダメになると思っていたよ。
もっと地味で小さな悩み
もっと地味で小さな悩みがある。
中年になってからか。私はペットボトルの蓋が硬くて開けられない。毎回ではない。3回に1度の割合。あまりに地味で流してきたが、五十肩になってからは顕著だ。力がうまく入らない。
外出先では、周囲の方に開けてもらったりする。
それが男性だったりすると、私は心でこう思う。
おばさんになってまで、か弱いをアピールしたい訳ではないのに。
「ありがとうございます」と水にありつき、ペットボトルの蓋ひとつ開けられないババアになったのかと、がっかりする。我ながら面倒な中年だ。
人が見ていないときは奥歯でフタをこじ開けるし、蓋に輪ゴムや濡れタオルを巻くとか、別に1人で出来る。でも……五十肩の話はひとまず置いておくとして。指で開けられないという、指力だか握力だかの衰えが気になる。
「バカね」
それを何気なく母にぼやくと、こう返ってきた。
「バカね、片方の指だけだからよ。ボトル持ってるほうの手も、逆に、同時に捻じるのよ」そう言って、冷蔵庫から1本取り出して手本を見せてくれた。「こうやって」とギュッと捻った瞬間、泡がブシュ〜っと溢れでた。炭酸だ。
そのままビチョビチョのボトルを掲げ、「あ〜あ〜言わんこっちゃない。すみ! ぼうっとしない! 泡が溢れ出る前にすぐキュッて閉める! やってみな。何事も鍛錬! 年取ったら当たり前のことが、もっとできなくなるよ。あんた独身で、婆さんになって、水あるのに水飲めないで孤独死かい? 閉めるの! おならが止まらないと思ったら人前ではキュッと締める! トイレしたらお尻は自分でキュッと拭く! ほれ」と私に渡す。
……誰の何の悩みだい? 母よ。惜しい、話のケツが締めきれなかったね。
老いて生きるは大変だ。大先輩の生きざまを、私は少し疲れながら笑った。
「人生の大先輩」の告白
とある日。その人生の大先輩が、股を片手で押さえている。最近、何度かこの仕草を見かける。どことなく猿っぽい。
私は聞いてみる。「それ、何? どうかした? 痛いの?」
すると、「そういうわけではないんだけど。……ちょっといい? ママ、悩んでるんだけど」。ほぅ。
「どうした?」
「実は、股が痒くて。ただれてるんだと思う。でもそれを言うとさ、“ちょっと見せて”ってなるだろう? 塗り薬が欲しいだけなんだよ。市販のでいいから何か適当に買ってきてくれない? って言おう、言おうと思っているうちに、ママの股、どえらいことになってる。痛いし……。って言うとさ、“ちょっと見せて”ってなるだろう?塗り薬が欲しいだけで」
エンドレスだ。痛いんじゃないか。
「ちょっと見せて」
「出たあ!!」
何かムカつく。
いいから、と後ろを向かせ、パンツを下ろさせる。母がためらい、モタモタしている間に、私は薄手のゴム手袋を戸棚から取り出し、自分の手にサッとはめる。その上で、「もうちょっとお尻突き出すか、あ、四つ這いになってよ」と言ったら、
「うへぇぇ。……おねえげえします」素直に従う。何時代の人だ。どこか罪人っぽくて情けない。
真っ赤だった。私には腫れているように見える。
「痛いでしょ。もぅ、もっと早く言ってよ。風呂入らないから、不潔にしてるからだよ。病院行ったほうが早いよ。今から行こう」
「ええっ! 病院? じゃあ、あんた何で今見たの?最初から先生でいいじゃない。詐欺みたいなことしてからに! 見せ損だよ!」
どういう言い草なのだ。
◇ペットボトルの蓋を開けにくいというよりもちょっと大変な悩みが返ってきた。
病院とにしおかさんのお母さんとは、これまでも多くのエピソードがある。
果たして無事に病院に行けるのだろうか。

