インタビューに応じる南里沙

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 ドイツ発祥のクロマチックハーモニカの人気奏者、南里沙(39)。YouTube動画をきっかけに人気を博し、国内外のコンクールでの優勝や入賞を経てメジャーデビュー。その演奏は“朝ドラ”でも流れた。もともとオーボエ奏者だったところから、心機一転、日本では決してポピュラーとは言い難い楽器を選んだ理由とは……。

(全2回の第1回)

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【画像】ピアノ、オーボエに親しんだ時期も…貴重カットで振り返る「南里沙」の音楽半生

小学校1年生で経験した阪神淡路大震災時に感じた音楽とオーボエの力強さ

 父がギターを弾き、母もクラシックコンサートによく足を運ぶ音楽好きの両親のもとで育ち、3歳からピアノを始めた。小学校に上がると日本最大級のコンクールである「ピティナピアノコンペティション」に挑んだり、ウズベキスタン出身のアレクセイ・スルタノフの音色に魅了されたりするなど、ピアノを愛する幼少期をおくった。

インタビューに応じる南里沙

 出身は兵庫県宝塚市。小学1年生の1月に阪神淡路大震災を経験した。

「被災地にオーケストラの慰問演奏が来てくださり、そこで聴く音楽の力強さを感じました。そのときに聞こえてきたオーボエの音色が、小学生の私にはすごく印象深くて。母に『この音は何?』と聞いて『オーボエだよ』と教えてもらったのを覚えています。こんなにも力づけてくれるんだ、というのをその時に感じました」

 ただすぐにオーボエを始めたわけではなく、先述の通り小学生時代はクラシックのピアノを続けていた。コンクールや発表会などピアノ漬けの日々を送り、オーボエに再会したのは中学に入ってから。進学した小林聖心女子学院の中学校には吹奏楽部がなく「オーケストラ部」があった。

「あの時に聴いたオーボエにチャレンジしてみようかな、というのがきっかけでした」

「難しい楽器」「リードを削るのも大変」などと聞いていたものの、抗いがたい音色の魅力に惹かれ、オーボエ奏者となる道を歩んでいった。

大学3年で出会ったクロマチックハーモニカ

 中学、高校と演奏を続け、大学もオーボエ専攻で神戸女学院大学音楽学部音楽学科を選んだ。だが2008年の大学3年時に、ひょんなことから、クロマチックハーモニカの存在を知ることになる。

「インターネットでオーボエのリードの削り方を調べていた際に、たまたまハーモニカのリードの削り方にたどり着いて、ハーモニカってこんな構造になってるんだ、という驚きから入ったんです」

 クロマチックハーモニカは通常の音階のほかに、レバーを押すことで嬰音(シャープ)や変音(フラット)が出せる。アコーディオンと同様の「リードオルガン構造」であるという基本的な情報を皮切りに、日本でもよく知られたハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンスの存在などを知っていくうち、クロマチックハーモニカの音色にも魅了されていった。

「それまでは幼稚園や小学校で使うハーモニカのイメージで、どちらかというとおもちゃに近いようなイメージもあったんですが、本格的なクロマチックハーモニカをかっこいいなと思うようになりました」

 あの時、ネットを通じてクロマチックハーモニカにまでたどり着いてなかったら「今は何をしてるだろう、とふと考えることもある」というほど、“運命の出会い”となった。

体格に関係なく音が……

 大阪にクロマチックハーモニカの先生がいると知って訪問し、クロマチックハーモニカを買ったのは忘れもしない2008年2月8日。実際に吹いてみると、さらに音色への思いも深まった。

「ハーモニカらしい音もある。日本人ならどこか懐かしさを感じさせる音色です。哀愁もあり、新しい響きもあり。バイオリンのようにもサックスのようにも聞こえる。何ならオーボエのようにも聞こえる。そう、音色が変わる楽器なんです。吹けば吹くほどその印象は強まりました。そこにますます惹かれましたね」

 ピアノやオーボエと比べての「納得感」もあったようだ。

「私は手が小さく、ピアノを演奏するにも難しく感じていて。オーボエなら肺活量も必要です。クロマチックハーモニカで、初めて骨格や体格、体や手の大きさなどに関係なく演奏できる楽器に出会えた、と感じたんです。ハーモニカはどんな人でも演奏できる楽器といえます」

 娘が突然選んだ新たな楽器に、両親も「いいじゃない」と背中を押してくれた。高価なオーボエに比べれば、手に取りやすい価格の楽器でもあった。もちろん、ピアノやオーボエの経験が無駄になったわけではない。

「ピアノやオーボエでの経験がなかったら、今の南里沙の音は出せてなかったと思います」

 オーボエなどに比べると、音も出しやすかったという。音色のコントロールは困難を伴う作業だが、大変というよりは楽しい思いが勝った。

「父に聴かせるため」に始めたYouTubeが上達につながる

 楽しみながら演奏していた理由のひとつにYouTubeがあった。

「父が当時、単身赴任で東京に行っていたんですよ。『ハーモニカはこんな音が出るんだよ』というのを父に伝えたくて、それならYouTubeだ! と思って。演奏した動画をアップしていったんです」

 ハーモニカを始めた当初から、自分の演奏の様子を写真に収めスライドショーにしていたこともあり、YouTube撮影に抵抗はなかったという。

「YouTubeで自分の演奏を聴いてそれを改善して……というのを繰り返していったことが、上達の速さにつながったのかなとは思います。自分の演奏を俯瞰することができるんですね。ここをもうちょっとこうやって演奏したかったな、というようなことが見えてくる。ならば今度はこう吹いてみようか、とかの繰り返し。最初は誰も見てくれず、再生回数が10回とか。家族だけが聴いて『良かったね』という感じだったんですけど、気が付いたら海外の人からもコメントが入るようになって」

 今もYouTube上に過去の演奏を残してある。今聴くと我ながら「ちょっと」と思う演奏もあるというが、

「昔は昔でいい演奏をしていたりもするんです。で、今、その演奏ができるかというと、逆にその味が出ない場合もある。だからこそ動画を残しているのですが、ハーモニカって上手下手じゃないな、と思うことがすごく多くて」

 次第に再生回数が増え、メジャーデビューの機会が訪れる。2013年のことだった。

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 ピアノ→オーボエに続いて手にしたクロマチックハーモニカ。第2回【アジアで優勝、プレイヤーから審査員に 朝ドラでも流れた南里沙のクロマチックハーモニカ】では、メジャーデビュー、その後の朝ドラで流れた自身のクロマチックハーモニカなどについて語っている。

デイリー新潮編集部