枕崎沖漁船転覆事故から1か月 亡くなった男性乗組員(22)の父「二度と犠牲者を出さないように」 海保は捜査進める 鹿児島
枕崎沖で漁船が転覆し22歳の乗組員が亡くなった事故からあさって17日で1か月です。
男性の父親は「二度とこのような事故で犠牲者を出さないでほしい」と複雑な胸の内を語りました。(父・勝彦さん)「ぽかんとするだけで、どう言えばいいかわからない」
先月17日午前11時すぎ、枕崎市の立神岩の沖合で漁船「第十八幸丸」が転覆。乗っていた4人のうち、3人は救助されましたが、信清優作さん(22)が行方不明になりました。
海保や消防、地元の漁船などが捜索にあたりましたが、信清さんは翌日、転覆した船のロープに絡んだ状態で見つかりその後、死亡が確認されました。
「優作が好きだったものを毎日供えている」(母・頼子さん)「優作が好きだったものを毎日供えている。『たくさん食べてみんなを守ってね』と声かけをしている」
信清さんの父・勝彦さんと母・頼子さんです。信清さんは5人きょうだいの末っ子として出水市で生まれ育ちました。
「戦隊モノが大好きだった」(父・勝彦さん)「私が散髪するときについでにしてた。私が自分でしてて、そこに座らせてバリカンで。一番素直な子だった。おとなしい子だった」
(母・頼子さん)「戦隊モノが大好きだった。明るくて親思いのいい子だった」
仕事に対して、弱音を吐いたことは一度もなかった小さいころの夢は「仮面ライダー」。鶴翔高校を卒業した信清さんは2人の兄と同じ水産会社に入り、漁師の道に進みました。
巻き網漁で獲れたアジやイワシなどを運搬する船に乗り、漁が続くと家に1か月帰ってこないこともありました。仕事に対して、弱音を吐いたことは一度もなかったといいます。
(父・勝彦さん)「船乗りになりたいと言うから自分がしたいことをすればいいと。だいぶ体力がついてがっちりしてきたなと思っていた。だいぶきつい仕事だったと思う」
「風と波の影響で進行方向の左側に横向きに倒れ転覆した」信清さんが乗っていた船は指宿市の今和泉港に引き揚げられました。
(記者)「指宿市の港。解体された船の片付け作業が進んでいる」
船を保有していた幸丸水産によりますと乗組員の一人は当時の状況について、「風と波の影響で進行方向の左側に横向きに倒れ転覆した」と話しているということです。
海上保安庁は、事故当時、船の操作に問題はなかったのか関係者から話を聞くなどしています。
両親は信清さんの遺品を受け取りに(父・勝彦さん)「早くこないといけないと思いながら」
(同級生)「ちょっと荷物があるので」信清さんは事故のおよそ1か月前に実家を離れ、高校時代の同級生3人と阿久根市で暮らしはじめたばかりでした。この日、両親は遺品を受け取りに行きました。
(父・勝彦さん)「よかったら使って遊んで。家はこの倍ある」
(同居の同級生)「じゃあみんなで遊びます」(同居の同級生)「にぎやかで楽しかった。ゲームしたりすごく楽しい生活が送れた。魚を持ってきて『これでご飯作って』と頼ってくれた」
同級生も心の整理はつかず…気の合う仲間と寝食を共にしゲームやアニメなど共通の趣味を楽しんだ1か月間。同級生も心の整理はついていません。
(同居の同級生)「みんなの盛り上げ役だった。空っぽの部屋をみると悲しさが湧き上がり涙が止まらなくなる」
自然相手の漁師という仕事。「誰を責めることもできない」国内では、1711隻が事故にあっていて、25人が亡くなり17人が行方不明になっています。
波や風といった自然相手の漁師という仕事。父・勝彦さんは「誰を責めることもできない」と話します。
(父・勝彦さん)「仕事では何が起きるか分からない。今後にいかすために調べるのはいいこと。二度とこのような犠牲者を出さないように頑張ってほしい」
(母・頼子さん)「思い出してつらくなるときもあるが、みんなで力をあわせていきたい」
22歳の信清さんが亡くなった転覆事故から1か月。信清さんの両親は同じような事故が起きないようにと願っています。
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