「多喜二の通夜に一人で行った父が、真っ青な顔をして帰ってきたのを覚えていると、母から聞いたことがあります」=和田康司撮影

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 昨年5月から全国巡演中の劇団文化座の舞台「母」が、今月の東京公演で千秋楽を迎える。

 息子、小林多喜二を亡くした悲しみとともに生きてきた母・セキを演じる佐々木愛は、主演の舞台は本作を最後にするというが、節目の舞台にも「心地よくやっているから、あまり疲れない」と気負いはない。(山内則史)

 「母」は「氷点」「塩狩峠」で知られる作家、三浦綾子の同名小説(1992年刊)が原作。本が出た頃、旧知の画家で作家の司修に「舞台でやらない?」と勧められたが、「とても私には荷が重い」と感じ、それっきりになっていた。

 志半ばで特高警察に虐殺されたプロレタリア作家・多喜二の母・セキの、家族を思うどこまでも深い愛情と、波乱に富んだ生涯を杉浦久幸が脚本化、鵜山仁の演出で初演したのは2023年5月。だが、出演者の中に新型コロナ感染者が出て、10公演中4公演を残して休演を余儀なくされた。

 今回、満を持して昨年5月に始まった全国ツアーは先月までで100公演に到達。地方を巡る中で、予想以上の反響と手応えを感じているという。

 「自分が親になった立場から『私、ここまでできたかしら』というふうに見てくださる。女性は誰かの母であり、誰かの子供として。また男性は、自分の母親に重ねて。客席と共有できる要素が、思っていた以上に多い作品だと感じます」

 観劇後にお客さんが書いてくれた感想の中には「娘さんたちがセキさんの手を取る場面で、涙が出た」という記述がいくつかあったという。「このせりふをどう言おうとか、このせりふが一番感動的だとかいうことでなく、お客様は、それが本当の心から出たものだったら、ちょっとしたしぐさにも思わず泣いてしまう。お芝居ってそういうものなんだよと、先日、若い俳優たちに話しました」

 1943年生まれ。父は文化座の創立メンバーで秋田出身の演出家・佐佐木隆、母は俳優の鈴木光枝。父方の祖母が話す秋田弁に幼時から親しんでいた。父は5人きょうだいで、秋田出身の多喜二の家族の明るさと重なるものを感じたことも、この演目を選んだ要因だった。公演は今月の秋田3公演と東京公演を残すのみになった。

 「お金とか力があることがいいことだという風潮の中で、我々は逆のことをやっている。それでも人間はつながり合っていけることを、65年間舞台に立ってきた私としては、一人ひとりの胸に落としていきたい」

 共演は多喜二役の藤原章寛のほか姫地実加、高橋未央、萩原佳央里、市川千紘、神崎七重、小佐井修平。東京・東池袋のあうるすぽっとで19〜24日。前売り券は完売。(電)03・3828・2216。