小説『吾輩は猫である』の「…である」はなぜ印象に残る?5人に1人を東大合格に導いた国語教師が<伝わる表現>のテクニックを解説
2022年に実施された学習到達度調査(PISA)において、日本の15歳の読解力は81カ国中3位となり、2018年調査の15位から回復しました。そのようななか、「『読む力』があるだけで、人生は変わる。勉強はもちろん、仕事の理解力にも、人間関係にも、情報選別にも、すべての土台になる力なのです」と語るのは、5人に1人を東大合格に導いた経験を持つ、市野瀬教育研究所所長・市野瀬早織さんです。そこで今回は、市野瀬さんの初の著書『東大合格者が身につけた 一生使える「読み方スキル」』より一部を抜粋し、読解力の大切さをお届けします。
【イラスト】「好きだよ」「好きかも」語尾ひとつで伝わり方が全然違う!
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断定表現(である、〜だ)は、書き手の主張の宝庫である
断定表現をマークせよ
書き手がどうしても伝えたい主張を理解してもらうために使う表現に、「断定表現」があります。断定表現とは「こうだ!」と言い切る表現であり、かなり強い主張です。
なかでも「である」「〜だ」という表現は、書き手が迷いなく、読者に伝えたいことと言えます。
説明的文章で、書き手の言おうとしていることがわからなくなってきたら、断定表現だけを拾い読みしていくと、全体で言わんとしていることが見えてくることがあります。
とくに高校生以上の授業で文章の構造を分析するときには、断定表現にマークをつけて、「見える化」する作業をしていたくらい、文章の内容を理解するうえで大事な表現でもあります。
文末表現はあなどれない
断定表現以外の文末表現がすぐに思い浮かぶという人はいるでしょうか?
案外すぐに思いつかないのではないでしょうか。

『東大合格者が身につけた 一生使える「読み方スキル」』(著:市野瀬早織/東洋経済新報社)
なぜかというと、ほとんどの人が「文末の表現に意識的ではない」のが現状だからです。
文末表現は、意味とその区別を知っておくと、いっきに文章が読みやすくなる、あなどれない表現です。ぜひ、注目してみていただきたいです。
「断定表現」=書き手がとくに印象に残したいところ
まず、断定表現と並べてその違いを理解しておきたいのが「推量表現」です。
推量表現というのは、漢字の意味どおり「推し量る」こと。
推量……物事の事情・状態・程度や他人の心情などをおしはかること
(『明鏡国語辞典 携帯版』より)
「あの子は君のことが好きだ」
「あの子は君のことが好きだろう」
たとえば、この2つの似た表現でも意味するところが違うのは一目瞭然ですね。
前者であればより相手を意識するでしょうが、後者であれば相手の気持ちを確かめたくなるかもしれません。
つまり、断定表現は書き手が自分の言いたいことを書き記している中でも、とくに強く印象に残したいところであることを表しているのです。その意味でも、より注意深く読む必要があるとわかっていただけるのではないでしょうか。
断定表現を繰り返す『吾輩は猫である』の効果
かの有名な夏目漱石の小説『吾輩は猫である』は、主人公とも言える「吾輩」の主張が「である」を文末表現に据えた短文を繰り返していることでも有名です。
断定表現を積み重ねることによって、より「吾輩」の考え、趣味・嗜好が読者に明確に伝わっていると思うのは私だけでしょうか。
「……だ」「……である」で終わる文は、推量表現の「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」、そんな曖昧さとは違います。読者にはっきりと、物語の内容を頭の中に思い描かせてくれる、そんな役割をもっているのです。
世の中の出来事は何事も、断定できることのほうが少ないのではないかと個人的には思いますし、トラブルを避けるためにも、断定表現が避けられることもあるようです。
だからこそ、断定されている箇所は、それ相応の書き手の想いの乗った「主張」であるということになるでしょう。
※本稿は、『東大合格者が身につけた 一生使える「読み方スキル」』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
