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2025年9月にリリースされた米津玄師さんの「IRIS OUT」が、米ビルボードのグローバルチャート「Global 200」で、日本語楽曲として史上最高位となる5位を記録しました。日本のアーティストが続々と海外に進出していますが、なぜ日本の音楽は世界に届くようになったのでしょうか。そこで今回は、音楽ジャーナリスト・柴那典さんの著書『ヒットの復権』より一部を抜粋してお届けします。

【書影】なぜ、いま日本の音楽が世界に届くようになったのか?構造的な変化を解説!柴那典『ヒットの復権』

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ピコ太郎「PPAP」とは何だったのか

2016年は時代の分水嶺だった。

社会を動かす力学が切り替わる、その変化の萌芽が生まれた年だ。そして、政治や経済といった他のあらゆる分野に先んじて、ポップ・ミュージックの領域でその突端が示された。

それを象徴するヒット曲が、ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」だ。そんなことを言われてもピンとこない人がほとんどだろう。しかしこの曲が巻き起こした社会現象を覚えている人は少なくないはずだ。

お笑い芸人の古坂大魔王がプロデュースした謎の中年男性のキャラクター・ピコ太郎が、「ペンパイナッポーアッポーペン」と歌い踊る。そのナンセンスでバカバカしくも何故か耳に残る動画が、2016年8月25日にYouTubeにひっそりと公開された。

最初は誰も相手にしていなかった。一部の芸能人がSNSで面白がったものの、それがブレイクに寄与したわけではない。マスメディアが取り上げたわけでもない。しかし、いつの間にか動画は国境を超えて海外に波及していた。

起爆剤は公開から1ヶ月後の9月に投下された。世界的なポップ・アイコンのジャスティン・ビーバーがSNSで言及したことをきっかけに、予想外の状況が一気に広がった。「PPAP」は世界中に伝染していった。イギリスのBBCでは「頭から離れない」、アメリカのCNNでも「ネットが異常事態」などと紹介された。

こうした状況を受け10月に配信リリースされた「PPAP」は、全米ビルボードのシングルチャート「Hot 100」で最高77位にランクイン。日本人アーティストとしては松田聖子以来26年ぶりのトップ100入りを果たした。楽曲は45秒の長さしかなく、同チャートのトップ100に入った世界最短曲としてギネス世界記録に認定された。

ショート動画の拡散が促した行動変容

一体この現象は何だったのか?

当時は誰もその本質に気付いていなかった。お笑い芸人のギャグが一発屋的なブームを巻き起こしたというくらいにしか思われていなかった。しかし10年経った今ならわかる。「PPAP」の巻き起こした現象は、ショート動画の拡散が人々に「行動変容」を促した、最初の事例だったのだ。

2020年代を生きる我々にとって、それはもはや日常の光景になっている。SNSとショート動画の影響力は、音楽やポップカルチャーの枠を飛び越え、政治の領域さえ動かしている。2024年の石丸現象、2025年の参政党の躍進、2026年の高市旋風など、選挙のたびにそのことが取り沙汰される。

ポップ・ミュージックの領域には、その軽さと速さの特性ゆえに、世の中の変化が最初に現れる。「PPAP」はそれを証明した実例だ。

「ネタ」ではなく「楽曲」である

2016年当時、筆者はたまたま現象の発火点のすぐそばにいた。

ピコ太郎が「PPAP」を投稿する4日前の8月21日、サマーソニックの会場で古坂大魔王さん本人と仕事を共にしていた。フェスの中継特番の司会者とコメンテーターとしての役回りだ。


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もともと洋楽ロックフェスとして始まったサマーソニックは、時を経て、ロックもアイドルもお笑い芸人も出演する「ポップカルチャーの総合見本市」のような場になっている。そういう話をした流れの中で、古坂大魔王さんが「実は俺も今、やろうとしてることがあるんだよね」というようなことをポツリと言った。その場では聞き流してしまったが、今思えば、あれはピコ太郎のことだったのだろう。

そんな縁もあり、現象が広まっていくのを驚きと共に、そして他人事ではない感覚で見ていた。ブームの広まりを受け、テレビ番組やニュースサイトのオファーを受けて「なぜ『PPAP』が世界的に流行したのか?」を解説した。そこで繰り返し強調したのは、これが「ネタ」ではなく「楽曲」であるということだった。

古坂大魔王の音楽的なルーツには80年代や90年代のテクノ・ミュージックがある。芸人として活躍しつつ、リミックスやプロデュースなど音楽活動のキャリアもある。「PPAP」にはそうした古坂大魔王のトラックメイカーとしてのセンスが反映されている。リズムマシンの名機・TR−808のカウベルを効果的に用いたビートなど、サウンドへのこだわりが独特な中毒性につながっている。そうした分析を提示した。

現象は「ビフォー・ジャスティン」から始まった

2017年3月、ピコ太郎が行った初の武道館公演にも足を運んだ。

そこで最も印象的だったのは、「PPAP」をメタルやバラードなど様々なバージョンでカバーし現象を世界中に広げた海外ユーチューバーをゲストに招いた場面だった。

彼らにピコ太郎が「いつ頃に動画を見てカバーしようと思ったか?」と問いかける。「ビフォー・ジャスティン? アフター・ジャスティン?」と問うと、全員が「ビフォー・ジャスティン」と答えていた。つまり、ジャスティン・ビーバーがSNSで紹介する以前に、世界中に二次創作の輪が広がっていたわけである。

そのことの意味も今ならわかる。「PPAP」はまさしく「バイラルヒット」の先駆けだ。

※本稿は、『ヒットの復権』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。