関係のよくない親を看取るということ 第2回 自分を苦しめた「老いた毒親」が死の間際に……看取るか、会わずにいるか―訪問診療・緩和ケア医師が思う“関係性の悪い親子”の最期の形とは
「親を看取る」という言葉を聞くと、ドキッとしてしまう方も多いのではないでしょうか。今は元気な親も、いつかは老いて、病を得るようになってきます。その日は、どんな親であっても訪れるのです。関係がよい親であっても、よくない毒親であっても……。日頃からよい関係を築いている親であっても、親の最期をどう看取ったらいいのか不安だらけなのに、あまり関係のよくない親であれば、さらに不安は大きくなってしまいます。
京都で訪問診療・緩和ケアを専門としている岡山容子医師も、そんな関係のよくない親の看取りを体験したひとり。毒親だった母を看取った体験や知見を一冊の書籍にまとめました。本記事では、その書籍『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から、岡山医師の考える人それぞれの最期の形についてご紹介します。
○最期の形は人それぞれ

※画像はイメージです
親との関係が良好でなかった人ほど看取りの場面では心が揺れる傾向があるかというと、そうでもないように思います。
関係がよくなかったからこそ離れたいと思う人もいますし、ひどい言葉を浴びせられてきたからこそ、なんとか褒められたいと自分を消耗させてしまう人もいます。
疎遠であった場合は、そのまま疎遠のまま終わることもあるかと思います。
一般論としての「美談」や「私の看取りはこんなによかった」という情報に引きずられてしまうと、「自分は冷たいのでは?」と責めてしまう人もいるかもしれません。
そして「こうあるべき」という社会的イメージとのギャップに苦しむ人もいるかもしれません。
しかし人生は人それぞれです。
だから最期の時も人それぞれです。
人の死に方や関係の終わり方は一様ではありません。
・温かく看取った人
・和解しないまま見送った人
・ぎりぎりまでかかわれなかったけれど最後に少しだけかかわった人
・会わなかったことを後悔しない選択をした人
などいろいろな形があります。
私は、基本的には「お別れはしたほうがいい」というスタンスです。
それは子どもの立場であるあなたの気持ちを考えてのことです。
親が死んでしまったあとも、あなたの人生は続きます。
そのときに、苦しんでしまったり、大きな後悔が襲ったりすることが少ないよう、できたらお別れはしたほうがいいとおすすめしています。
ただ、そのためにあなたが親との関係で最後の最後までつらい思いをするのならば……捨ててもいい、とも思っています。
親子の形はそれぞれ、見送り方もそれぞれです。
正解などはないのです。
そして「あなたはどうするのか」ということです。
それを、みなさんそれぞれに考えるヒントにしてもらうために、『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』を書きました。
関係のよくない親の死を「自分にとって納得いくものにするためにはどうしたらいいのか」を考える機会にしてもらえるといいのではないかと思っています。
そして、それに加えて、親の介護や看取りを通じて、これから老いていく自分の行く末がそんなに悪いものだったり怖いものだったりするわけじゃないということを体感してもらえたらとも思っています。
岡山 容子(おかやま ようこ):おかやま在宅クリニック院長。医師。
1971年、大阪府堺市生まれ。四人姉妹の次女として育つ。1996年、京都府立医科大学卒業後、麻酔科医として京都府立医科大学病院や西陣病院にて勤務、その後在宅医療分野へ転向。2015年、京都市内に在宅療養支援診療所おかやま在宅クリニックを開設し、訪問診療、緩和医療、認知症治療などに携わる。2018年より産経新聞大阪本社地方版でコラム「在宅善哉」を連載開始(筆名:尾崎容子)。2020年、真宗大谷派にて得度を受け僧侶となる。現在は終末期をみる医師として、地域密着医療を実践するほか、看取りの勉強会を主宰する。
著書に『老後を心おだやかに生きる いのちと向き合う医師の僧侶が伝えたいこと』(明日香出版社)など。
○『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

¥1,870(2026/4/15時点) 著者:岡山 容子
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○最期の形は人それぞれ

親との関係が良好でなかった人ほど看取りの場面では心が揺れる傾向があるかというと、そうでもないように思います。
関係がよくなかったからこそ離れたいと思う人もいますし、ひどい言葉を浴びせられてきたからこそ、なんとか褒められたいと自分を消耗させてしまう人もいます。
疎遠であった場合は、そのまま疎遠のまま終わることもあるかと思います。
一般論としての「美談」や「私の看取りはこんなによかった」という情報に引きずられてしまうと、「自分は冷たいのでは?」と責めてしまう人もいるかもしれません。
そして「こうあるべき」という社会的イメージとのギャップに苦しむ人もいるかもしれません。
しかし人生は人それぞれです。
だから最期の時も人それぞれです。
人の死に方や関係の終わり方は一様ではありません。
・温かく看取った人
・和解しないまま見送った人
・ぎりぎりまでかかわれなかったけれど最後に少しだけかかわった人
・会わなかったことを後悔しない選択をした人
などいろいろな形があります。
私は、基本的には「お別れはしたほうがいい」というスタンスです。
それは子どもの立場であるあなたの気持ちを考えてのことです。
親が死んでしまったあとも、あなたの人生は続きます。
そのときに、苦しんでしまったり、大きな後悔が襲ったりすることが少ないよう、できたらお別れはしたほうがいいとおすすめしています。
ただ、そのためにあなたが親との関係で最後の最後までつらい思いをするのならば……捨ててもいい、とも思っています。
親子の形はそれぞれ、見送り方もそれぞれです。
正解などはないのです。
そして「あなたはどうするのか」ということです。
それを、みなさんそれぞれに考えるヒントにしてもらうために、『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』を書きました。
関係のよくない親の死を「自分にとって納得いくものにするためにはどうしたらいいのか」を考える機会にしてもらえるといいのではないかと思っています。
そして、それに加えて、親の介護や看取りを通じて、これから老いていく自分の行く末がそんなに悪いものだったり怖いものだったりするわけじゃないということを体感してもらえたらとも思っています。
岡山 容子(おかやま ようこ):おかやま在宅クリニック院長。医師。
1971年、大阪府堺市生まれ。四人姉妹の次女として育つ。1996年、京都府立医科大学卒業後、麻酔科医として京都府立医科大学病院や西陣病院にて勤務、その後在宅医療分野へ転向。2015年、京都市内に在宅療養支援診療所おかやま在宅クリニックを開設し、訪問診療、緩和医療、認知症治療などに携わる。2018年より産経新聞大阪本社地方版でコラム「在宅善哉」を連載開始(筆名:尾崎容子)。2020年、真宗大谷派にて得度を受け僧侶となる。現在は終末期をみる医師として、地域密着医療を実践するほか、看取りの勉強会を主宰する。
著書に『老後を心おだやかに生きる いのちと向き合う医師の僧侶が伝えたいこと』(明日香出版社)など。
○『毒親を在宅で見送った緩和ケア医が伝える 関係のよくない親を看取るということ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

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