飯豊まりえの“最強”と堀田真由の“最恐” 『泉京香は黙らない』の面白さに“舌なめずり”
あまりの面白さに舌を巻いた。『岸辺露伴は動かない』シリーズの最新作となる『泉京香は黙らない』(NHK総合)のことである。
参考:関友太郎×平瀬謙太朗が明かす『泉京香は黙らない』制作秘話 「俳優・堀田真由を刮目せよ!」
※本稿は『泉京香は黙らない』のネタバレを含みます
シリーズは7年目にして“スピンオフのスピンオフ”というまさかの境地に辿り着いた。泉京香(飯豊まりえ)が主人公の、初の完全オリジナル。脚本・演出は監督集団「5月」のメンバー関友太郎・平瀬謙太朗という新たなチームだ。そこには原作・脚本協力として、荒木飛呂彦という強力な名前がこれまでにはない形でクレジットされている。
まず今作を観て、筆者は実写でしか成立することのできないエピソードであると、理解と納得を覚えた。京香が対峙する西恩ミカ(堀田真由)という言わば“怪異”は、人の声を奪ってその声で漫画を描く漫画家。人の唾液、録音されたものを舐めるとその人の声を取り込み、さらには舌を食べるとその人の声を奪い永遠に支配することができる能力=ギフトの持ち主だ。映画のDVDやビデオテープ、レコードに舐め足らず、屋敷の使用人、そして双子の兄・奏士(寛一郎)の舌までをも食べたミカは、七色の声を超えた際限なき声を操り、漫画家として圧倒的にリアルな会話劇を生み出すことができる。
ミカを演じる堀田真由が発する本来の声が劇中で使用されるのはほんの一部で、大半は幼い子供や男性の野太い声、兄・奏士、取り込まれた京香の声がリップ(つまりはアフレコ)して発せられている。これは漫画では不可能な、映像だからこそ成立する表現。京香を尾行して兄妹の屋敷にやって来た彼氏の勘助(橋本淳)を出迎える京香の声がミカであり、京香を呼ぶ勘助の声が勘助を取り込んだミカという演出はその好例だ。飯豊まりえが出演したドラマ『あれからどうした』(2023年/NHK総合)を例に、新しい映像手法に挑み続ける5月と『岸辺露伴は動かない』が合わさることで、また違ったベクトルでの奇妙、恐怖、おかしみが画面から放たれている。
加えて、今作はシリーズが7年という歳月と作品数を重ねてきたからこそ到達できた形でもある。京香のスマホに映し出されたスケジュールにある担当漫画家の「志士十五」という名前は第2話のエピソード「くしゃがら」から、「ヴェネチア出張の時に買ったもので」と京香が話す愛用のオペラグラスは映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の後のエピソードであることを示している。ミカの資料部屋のレコードやヘッドフォンといった至る所に残る唾液、ミカの長く伸びる舌自体も『懺悔室』に登場する少女マリアの特殊メイクを踏襲したものだろう。何よりシリーズ最恐とも言えるホラーテイストの今作を成り立たせているのは、シリーズの中で“光のような、または黄金のような存在”として成長してきた京香と演じる飯豊にほかならない。
これまで露伴(高橋一生)の持つ能力「ヘブンズ・ドアー」の存在も知らず、怪異からの危険も上手く回避してきた“最強設定”の京香が、今作では初めて怪異と対峙する。仕事部屋で様々な声色を発しながら舌で原稿を描く、恐ろしい光景を目の当たりにした京香。その恐怖に逃げ出しながらも、困難に立ち向かっていく姿はこれまでの露伴、ひいては『ジョジョの奇妙な冒険』といった荒木飛呂彦作品に登場するキャラクターそのもの(例えば、川尻早人のような)。これまでのシリーズでは観たことのない京香、そして飯豊の「まるで劇画」というような勇敢な芝居にグッとくる。
京香に宿る、編集者としてのプライド。ミカが描く会話劇に虜になっていた京香だったが、それは誰かの声を奪って書いているだけに過ぎなかった。ミカの原稿から漫画のアンバランスさに違和感を覚えていた露伴受け売りの言葉をそのままミカにぶつける京香に笑ってしまう(シリーズを通して京香のキャラクター性が築き上げられてきたからこそ成立している)ものの、「そんなのこれっぽっちも本物の表現じゃない。あなたがやってるのは、ただのコピペです」というセリフは京香自身から発せられた言葉だ。京香が“四次元ポケット”の如き、小さなポシェットから取り出したICレコーダー。新聞記者として数千人の声を取材してきたという勘助のレコーダーを取り込ませることで、ミカは声の上限に達し、拒絶反応を起こして自ら舌を噛みちぎる。あくまで京香は担当編集として、漫画家のミカを正したかった。助けに来た勘助に手を引かれながらも、ミカの安否を気遣う姿は露伴とは異なる優しさかもしれない。
ミカを演じる堀田真由の怪演も凄まじい。黄金に輝く鼻輪に、牛タンを食べ続けるという不気味な能力の“サイン”に始まり、京香が目撃する仕事場での原稿執筆の場面でそこまでの違和感が一気に恐怖へと変わる。原稿を舐め回す薄気味悪い執筆方法はもちろんだが、男性や子供、老婦人といったその声にあわせてコロコロと表情や姿勢を変える芝居、そして京香に対してジリジリと高圧的に追い詰めていく姿――最高の漫画を描くためであれば殺人でさえ犯してしまう、その狂気性や捻じ曲がった正当性に荒木飛呂彦が描く悪役を見た気がした。
特筆すべきは、ミカがレコーダーを取り込み苦しむ際の堀田の演技。好奇心からベロベロとレコーダーを舐めた挙句、ミカは声の過剰摂取を起こし、舌を噛み切った後に、もう一度口の中に舌を取り戻し、その場に倒れる。聞こえてくる声にならない声は編集上の演出だが、顔を真っ赤にしながら舌を噛み切り、再生し微かな笑みを浮かべる、堀田の迫真の演技なくしてこの恐怖のクライマックスは成立しないだろう。前情報なしにこのシーンだけを観て、これが堀田真由だと分かる人はほとんどいないと思うような、堀田自身としても新たな扉を開いた役になっているのは間違いない。舌を見せずに話し無表情に徹した奏士を演じる寛一郎の芝居も素晴らしかった。
エピローグはシリーズお馴染み、オープンテラスカフェでの京香と露伴の会話。“舌切り漫画家”と報道されたミカと奏士から、話題は京香の彼氏・勘助へ。「君のことは好きだったけど、もうついていけないや」と別れを告げられたことを明かした京香に、露伴は不敵な高笑いを見せる。そして、京香は「そんなことより」と満面の笑みを浮かべながら、SNSで見つけたという新たな漫画家を露伴にお勧めするのだ。ミカに舌を奪われ支配されていたかもしれない、あれほどの恐怖の体験をしながら、何事もなかったかのようにあっけらかんといつもの日常に戻ることができる。それが京香の強さであり、露伴も一目を置く黄金の精神。それを7年の月日で築き上げ、主人公としても成立するほどに成長させてきたのが飯豊自身でもある。
『懺悔室』に続く『岸辺露伴は動かない』の本シリーズを心待ちにしているのは当然のこと、今回の『泉京香は黙らない』 の成功によって、『泉京香は黙らない』 シリーズとしての第2弾も期待せずにはいられない。『泉京香は黙らない』シリーズでは5月との座組となっていくのか、そこにはどんな映像手法が取り込まれているのか。早くも舌なめずりしている。(文=渡辺彰浩)
