川上麻衣子さん60歳、50代で「やめたこと・始めたこと」。実家じまい、白髪染め、運転…身軽になって見えた本当に大切な習慣
女優・川上麻衣子さんの暮らしのエッセー。愛猫家としても知られ、一般社団法人「ねこと今日」の理事長を務める川上さん(60歳)が、猫のこと、暮らしのこと、出生地であるスウェーデンのことなどをつづります。今回は、60歳を迎えた今振り返る「この10年」。50歳での大きな挑戦、そしてコロナ禍を経てやめた数々のこと、これからの暮らしで大切にしたいことについて語ります。
※ ESSEonline10周年の記念特集「私と10年」。ESSEonlineライターが「この10年でやめてよかったこと」をテーマに書き下ろします。

50歳で芸能以外の仕事に新しい挑戦。人生が大きく変わった10年前

少し前に60歳になりたての私ですが、「10年前はなにをしていましたか?」との質問に図々しくも30代を思い出してしまいました。いやいや、10年前は50歳ですよと、周りにたしなめられて、現実を目の当たりにします。
10年一昔。私の生活はなにが変化したのかあらためて振り返ってみることにします。
10年前といえば2016年。今思えば私の人生が大きく変わった年になりました。
50歳を迎えた2月。
「いつかやりたいと思っていることは今始めなければ、できないまま一生を終えてしまう」と気づいた冬でした。
いつの日か、インテリアデザイナーの母とともにセレクトしたスウェーデンのデザインや小物を紹介できる店を構えたいと漠然と考えていましたが、スタートするにはギリギリの私50歳、母77歳。
やると決めたら、寅と丙午の母娘の行動力はなかなかに激しいものがあり、その年の10月には谷根千と呼ばれるエリアに店舗をオープンしていました。
●初めての接客、女優業との両立で忙しい日々に

14歳で芸能界にデビューした私は、それまでアルバイトの経験もなく、接客やレジ打ちには無縁。それはデザイナーを本業とし、美大で教えるなどの仕事をしてきた母も同じでした。
それまでの生活は一変し、女優業のない日でも休みなく店舗で働き、50を過ぎてアイドル並みの忙しさがやってきたのです。
コロナ禍で「仕事がない」日々を経験
ところがコロナ禍でのSで一気にステイホーム況は変わり、今度は初めて経験する仕事のない日々。
物心ついた頃から、マネージャーにスケジュールを管理してもらい、セリフを覚え芝居をすることだけに集中できた暮らしが、どれほど恵まれたものであったかを思い知らされる体験でした。
女優業はほぼ停止。始めたばかりの店舗を守るためのさまざまな申請は不慣れなことの連続で、不安で眠れぬ夜をいくつも過ごしました。
今振り返れば、貴重な経験であり、自分自身をリセットせざるを得ない環境だった気がします。
そしてこれは、私だけに起きた問題ではなく、日本中、世界中の人々が同時に感じていたのであろう心境ではないでしょうか。
50代半ばで「やめた」こと

違う点を挙げるのであればコロナ禍の不自由で孤独な日々をどの年代で体験したかによって、その影響がのちに形を変えて現れるのかもしれません。
私の場合は、50代半ばでの出来事でしたから、女性としても人間としても身体的に変化が起きる時期と重なった印象があります。
美容室にいく回数も減り、白髪の量に気づき、白髪染めをやめてグレーヘアーに移行しようと決めたのもこの時期になります。
毎朝続けていた逆立ちは血圧の上昇に伴い、断念することにしました。
実家の処分を決断しました。
毎日の記録としていた日記を書くことも、日課とするのはやめました。
大好きな運転もやめて、車を手放しました。
1LDKの部屋からはソファーをなくし、ダイニングルームにベットを置き、ホテル暮しの様なレイアウトに変えました。
こうして挙げてみると、思いの外やめたことの多さに気づきます。
身軽になった今「続けたい」こと。本当に好きなものに囲まれた暮らしへ

少しづつ身軽になってきた実感がありますが、この先は本当に好きなものに囲まれたシンプルな生活が憧れです。
そして当然ながらなによりも大事なのは規則正しい生活のリズムであり、健康な肉体です。
毎朝のラジオ体操と、手のひらに太陽を浴びさせる習慣。無理のない筋力トレーニングは週5のペースで続けること。
食事の最初の1口目は必ず30回噛むこと。
季節の旬のものをいただくこと。季節の手仕事を楽しみ、梅やみそをいただくこと。
電車では本を読むこと。
もう一度レコードを聴く時間をもつこと。
この先豊かな時間を過ごすために続けたい習慣はどうやら懐かしい香りがすることばかりです。部屋にまだあふれているページを開いていない本を少しづつ制覇しながら、新しい10年を楽しみたいと思います。
