世界最高峰の舞台に挑むチアリーダーの橋詰愛さん【写真:増田美咲】

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チアとの出会い高校生

 長崎の穏やかな風景の中で育った1人の女性が、世界最高峰の舞台に挑む。チアリーディングに魅了され、働きながら夢を追い続けていた橋詰愛さん(26)。目指すのは米プロフットボールリーグ(NFL)のチアリーダーだ。福岡のアメフトやラグビー、佐賀の野球チームでの活動などを続ける中、海を越え、世界に飛び立とうとしている。(前後編の前編)

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 広い世界にときめく子どもだった。「お出かけが大好きで、ドライブに行けないと駄々をこねる。そんな子でした」

 有明海と橘湾、大村湾の3つの海。そして多良山系に抱かれた長崎県諫早市出身。「田んぼや畑は多いし、山も海もある。でも必要なものは揃っている。すごく平和で、のどかな大好きな場所ですね」。豊かな自然と暮らしやすさが共存する街で育った。

 小学時代はバレーボール、中学時代はバドミントンに親しんだ。しかし心から熱中するまでにはあと一つ、何かが足らなかった。

 転機は高校時代。諫早市の創成館高に進学し、そこでチアリーディングと出会った。「入学した時の部活勧誘で、先輩方がすごく優しくて面白かった。『見学だけでも』と強引に連れていかれたのが始まりです。競技よりも、先輩方の人柄に惹かれていました」。懐かしい思い出に思わず笑みがこぼれた。

 部員は3学年合わせて約20人。2015年の1年時には、野球部が夏の甲子園に初出場した。熱気に包まれた球場で声を張り上げる。エールを送っていたはずが、自身も大きな力をもらっていた。

 部としての目標は長崎初の全国大会(JAPAN CUP)出場。練習は厳しい。アクロバティックな技が求められる中で、骨折などの大怪我をする仲間もいた。懸命に食らいついていくうちに、気づけばチアに夢中になっていた。

「当時の長崎はチアがまだ少なくて。『ぶりっ子』というイメージを持たれることもあった。だからこそ払拭したかったし、チアの良さを伝えていきたかった」

 目標としていた全国大会出場は叶わなかったが「こんなにのめり込んだのは初めて」。3年間は結果以上の達成感で満ちていた。

最高峰の舞台に挑戦するまで…

 長崎外国語大に通うと、視線はさらに遠くに向いた。チアとは一度離れ、2年生時にフランスの西部カンペールに留学。中でも印象に残っているのは早朝のマルシェ。新鮮な野菜や肉、魚が並ぶ市場で人々が思い思いの時間を楽しんでいる。

田舎でもみんな生き生きしていた。小さなことでも幸せそうにしているフランス人を見て、地元でみんなが楽しめる何かができたらいいなと。そんな風に思うようになりました」

 卒業後は、長崎の地方創生に関わる企業に就職した。ふるさと納税に携わる事業を担当し、地域の課題と向き合う日々を送った。

 街のために奔走する中で、もう一つの感情が大きくなっていた。

 再びチアの世界へ――。

 大学時代のブランクがあったが、仕事後に福岡のレッスンに通った。2022年に社会人アメリカンフットボール「福岡SUNS」のチアリーダーズのオーディションに合格。24年からは福岡のプロチアリーダーチーム「グロリアス・チアリーダーズ」に所属し、プロラグビーチーム「ルリーロ福岡」などでも活動の幅を広げた。

 さらに、プロ野球独立リーグ「九州アジアリーグ」に準加盟する「佐賀アジアドリームズ」の応援に参加。「国際的なチームで観客席には外国の方も多く、地元の子どもたちもいた。観客の数は多くなくても、みんなで盛り上げてくれて、すごく温かい雰囲気でした」。競技ごとに異なる空気感の中でパフォーマンスを重ねた。

 福岡SUNSのチアリーダーとして活動する中で、本場米国のNFLに興味が湧いた。「動画で試合を見たら、情熱的で盛り上がりがすごくて。会場全体のパワーとエネルギーを感じたんです」。胸の奥で確かな思いが膨らむ。「最高峰で、大好きなチアをやりたい」

 練習を積んでいた福岡SUNSチアリーダーズのコレオグラファーと、グロリアス・チアリーダーズのディレクターを務める曽我小百合さんの後押しもあり、夢の輪郭が鮮明になっていった。

 橋詰さんは、5月18日に渡米予定。同月末に、合格率5%以下とされるNFLチーム「マイアミ・ドルフィンズ」のオーディションに挑戦する。

(THE ANSWER編集部・澤田 直人 / Naoto Sawada)