【平河 らむ】税金20億円投入の「現代韓国学部」が爆死とまで言われる入学者数に…収益性無視の「地方大学」が乱立するワケ

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武雄アジア大学への厳しい声

毎年のように下がる出生数、流出が止まらない若年人口、余裕のない自治体財政。こうした状況をよそに、今年も地方であらたな大学が産声を上げた。

佐賀県武雄市に学校法人旭学園が創設した武雄アジア大学だ。県と市から約20億円の税金が投入された私立大学で、「現代韓国学部」という目新しい学部名(実際は東アジア地域共創学部として改称し開設)を掲げたことや、設立反対の署名活動が起きたことでも開学前から注目を集めた。しかし2026年4月を迎え、初年度の入学者は募集定員140人に対してわずか39人。厳しい船出となった。

こうした無謀とも思える大学新設や税金投入は全国各地で起きている。なぜこのような事態が繰り返されているのか、教育や地方振興の名のもとに蕩尽される「無駄金」発生のメカニズムはなぜ生まれてしまうのか。

充足率28%、武雄アジア大学の衝撃的な船出

武雄アジア大学の学生募集の見通しの甘さは、構想段階から数多くの指摘を受けていた。地元紙の新聞記者は次のように語る。

「武雄市は佐賀県西部に位置する県内人口5番目の市です。人口は4.7万人で18歳人口は500人を下回っています。バスや電車の本数も少なく、大学を新設するには、立地も都市機能も物足りない場所と言えます。アルバイト先も遊戯施設も限られており、若者にとって進学先としての魅力は感じにくいエリアでしょう」

このような町に大学を新設するのは、ビジネスで言えば顧客が少ない立地に新規店舗を出店することに等しい。にもかかわらず、なぜ武雄アジア大学は設置され、多額の公費が投じられるようになったのか。

「民間企業の感覚では”若者がいない町に大学を新たに作るなんてもってのほか”と考えるのですが、今回設置を支援した行政の判断は真逆に見えます。”若者がいなくなってしまう町だからこそ、地元に大学を作らねばならない”という発想なのです」

「もっと大学があっていいはず」

どういうことなのか。背景にあるのは、佐賀県全体が抱える焦燥感だ。佐賀県からは毎年、3500人の若者が大学に進学する。そのうち、86%にあたる3000人が福岡県などの県外の大学に進学していく。これによって、若年人口の流出が著しい。

「行政側の言い分はこうです。佐賀県内には4年制大学が2つしかないため、大学進学をきっかけに18歳人口が流出している。地元に魅力的な新たな大学を設立し、地元に若者が残るように仕向けるべきだ。同じ人口規模の山梨県には四年制大学が9つ(キャンパスのみ設置の大学を含む)あるので、人口比で見ればもっと大学があって良いはずだと」

今回、武雄アジア大学を創設したのは、佐賀女子短期大学などを運営する学校法人旭学園だ。

「旭学園は佐賀女子短期大学、およびその附属高校などを運営しています。ただ、少子化によって将来的な経営が厳しくなることは避けられないと判断し、大学新設に舵を切りました。佐賀女子短期大学は”韓国語文化コース”が人気を博していたこともあり、現代韓国学部のような特色ある方向性で学生募集につなげる狙いがあったようです」

旭学園の経営状況と武雄市の若者流出という二つの焦燥が結びつき、武雄アジア大学には多額の税金が投入されることになった。しかし、令和8年の入学者は39人。中学の1クラスよりも少ない人数でのスタートとなった。

全国で相次ぐ「公立化」ラッシュ

自治体による大学への公費投入は、いまに始まったことではない。実は2000年代から私立大学の公費投入は相次いでいる。

その形は大きく二つに分かれる。一つは経営難に陥った私立大学を自治体が引き受け、公立大学に転換する「公立化」。もう一つは武雄アジア大学のように、新設する私立大学の施設整備費や運営費を自治体が補助する形だ。いずれも「地域に大学を残したい、あるいは作りたい」という自治体の意向と、「自力では立ちゆかない」という大学側の事情が合流するところで生まれる。

おそらく、読者の方のなかには「自分の出身県に公立大学ができている」「私立大学が公立大学に変わっている」と驚く方も多いのではないだろうか。

下記は2000年代以降に公立化された私立大学、および自治体主導で新設された大学の一覧だ。

相次ぐ公費投入の背景にあるのは、地方が抱える「大学進学をきっかけに関西や東京の大都市圏に若者が出ていってしまい、そのまま戻ってこない」という悩みだ。

大学教育に詳しい教育専門家は次のように語る。

「日本にある大学のほとんどが東京・大阪・愛知といった大都市圏に偏在しています。そのため、”大学進学を機に若者が地方から去っていってしまう”という地方の切実な思いは一定程度理解できます。しかし、”地元に大学があれば若者が残るはずだ”という考えはかなり無理がある」

止まらない大学への公費投入

若者から選ばれる大学は、歴史的な実績やさまざまな創意工夫を積み上げていまの地位にある。付け焼き刃のカリキュラムや、安易な公費投入で若者に選ばれる大学を作れるわけではない。それでも自治体による大学への公費投入は止まりそうにない。

「大学新設は自治体や首長の実績としてわかりやすい。将来の若者のため、地域社会のためと主張すれば公費投入の大義名分も経つ。それに設立準備をし、文科省の認可を得て、卒業生が輩出されるまでに10年はかかる。そうなると仮に失敗しても責任の所在は曖昧になりやすい。自治体としては、アクセルはあってもブレーキが効きにくい状況なのです」

一方、すでに地域に根付いた大学を守るための公費投入には、また別の論理がある。

「大学が閉鎖・撤退・移転するということは、数千人規模の若者が地域から消えるということです。家賃相場も下がり、消費者もごそっといなくなる。地域経済を維持するためにも大学を存続させたいと考える住民は多いはずです」

後編を読む『私立大学の「公立大学化」が止まらない…学校に「地域活性化」を担わせる地方首長の重大な責任』

【つづきを読む】私立大学の「公立大学化」が止まらない…学校に「地域活性化」を担わせる地方首長の重大な責任