【最強の格闘技】セネガル相撲のプロ日本人選手が激白!「勝って有名になりたい」…想像を絶する「過酷すぎる環境」

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日本人として初めて「セネガル相撲」のプロ選手になった魚住彰吾さん(33歳)。もともとはレスリングの普及に取り組んでいたが、いまは「力士」として現地で過酷な修行に励んでいる。異国の地で単身生活を送る彼が、その特殊すぎる環境を激白した。

前編記事『「1試合で4000万円のギャラ」「拳による打撃アリ」…日本人初の「セネガル相撲選手」が語る、「熱狂の格闘技」とは』より続く。

「殴りあり」「殴りなし」のライセンスがある

まず魚住さんは知名度を上げようと、SNSを始めた。最初に火が付いたのは、セネガルの共通語であるフランス語やウォロフ語でコンテンツを投稿していたTikTok。'26年現在、フォロワー70万人を超えるアカウントに成長。YouTubeやInstagramでも人気は広がり、魚住さんの運営するSNSは今では総フォロワー数90万人を超えている。

「外を歩くと、よく声をかけられるようになりました。人ごみのなかで5メートルおきに呼び止められたこともあります(笑)。特に子どもに人気みたいで、僕を見つけると『Songo Songo』(魚住さんの別名「Songo TINE」より)と呼んでくれます」

セネガルの人たちと深く関わるなかで、レスリング普及以外の目標もできた。セネガル相撲のプロ選手として活躍することである。とはいえ、セネガル相撲は国民的スポーツでもあり、セネガルの伝統でもある。異国から来た魚住さんが、選手として認められるのは容易ではなかった。

「まず、選手になるには『ライセンス』を取得する必要があります。日本レスリング協会の海外遠征大会出場許可証や親の承諾書など申請のためにはさまざまな書類が求められます。ライセンスには『殴りあり』『殴りなし』の2種類があり、僕は両方のライセンスに加えて指導者としてのライセンスも取得しています。

また『殴りあり』のルールでプロの試合に出るには、セネガル相撲協会に登録されているチームに所属しなければなりません。このチームはMMAやボクシングのジムやチームとはかなり意味合いが異なります。日本の角界にある『部屋』に近い。平たく言えば閉鎖的な面があります。

ほとんどの選手は自分が生まれ育った町にあるチームに所属します。父親や祖父もセネガル相撲をやっていた。そんな選手も少なくありません。そうして、地域や民族の誇りや伝統、親世代が培ってきた想いを引き継いでいく。ですから、セネガル人でも民族や出自が違うことを理由に、チーム所属を断られることがあります」

定番の練習は「砂浜でウサギ飛び」

魚住さんは青年海外協力隊の隊員として活動していた首都ダカールの隣県ティエスにあるチームの一員になった。

「ティエスでも2番目に歴史の古い、ジャハオ地区にあるエコール・ドゥ・リュット・サンバ・ジャウという名前のチームです」

試合は年間3回ほどで、知名度により増減がある。階級は大まかに分かれているものの計量はない。

「軽量級の試合に、ゆうに100キロを超える選手が出場していたのを見たことがあります。階級をあまり気にしない文化なのだと思います」

大学を卒業後、競技者を離れていた魚住さんが本格的な練習を再開したのは'24年の9月ごろだ。

「セネガル相撲はいわば無差別ですから、まずはご飯の回数を増やし、増量に努めました。その後はウエイトトレーニングと海沿いのランニングをメニューに加え、体づくりをしています。チームの練習ももちろんあります。水・木・金曜日の夕方は組みの練習です。月・火の夕方は海沿いでフィジカルの練習をしています。練習時間は毎回2時間半くらいでしょうか。

一緒に練習をしていて感じるのはセネガル人選手の力の強さです。レスリング選手時代、僕はパワータイプだと言われていましたが、セネガル人選手はみんな日本のレスリング選手のパワータイプと同じくらいの力がある。特に、セネガル相撲は指4つを同時に掴んで良いルールになっていることからか指の力が強い選手が多い」

また、例えば相撲の世界では伝統的な修練として「四股踏み」が良く知られているが、セネガル相撲にもお決まりの修練があるという。

「砂浜でウサギ跳びをするのが定番です。足腰が基盤であるという考えが根付いているのでしょう。ウサギ跳びに限らず、足腰のトレーニングが好きな選手が多いです」

ファイトマネーは1試合20万円

そうして、セネガル人選手に交じり、日々トレーニングに励む魚住さん。4月19日には試合を行い、見事勝利をおさめている。

「対戦相手は40代、30戦近い経験を持つベテランの、Wouly(ウーリー)でした。1年ほど前に一度現役を退いていましたが、『Songoとなら試合をする』と復帰しました。試合が始まった瞬間に防御も気にせずパンチで圧力をかけてくるタイプ。ボクシングの練習にも時間を割いて、十分に警戒して臨みました。

試合後、セネガルではこの日本人ソンゴ・ティンの勝利は歴史に刻まれましたと言われており、とても名誉なことだと感じておりますし、心から嬉しく思っています。

しかし、目指すところにはまだ到達しておりません。さらに先の目標に向かって進みたいと思います。自分が頑張ることで、私以外の他の誰か1人でも多くの方に、夢や希望が与えられるように日々精進していきます」

ウーリー選手は身長180センチ超、体重110キロほどの巨漢だ。対する魚住さんは172センチ、80キロ超。MMAで言えば、魚住さんはミドル級、対するウーリー選手はヘビー級で、3階級以上も差がある。

しかも殴りありのセネガル相撲はマウスピース以外、ノーギアだ。つまり、素手の巨漢に顔面を痛打される可能性も十分にある。試合への恐怖はないのか。

「何としても勝って有名になりたい。だから負けることのほうがよほど怖いんです。セネガル相撲の歴史を振り返ると、プロのセネガル相撲選手になった外国人は僕で2人目です。1人目はホアンというスペインの方だったとか。ただ、プロとしてセネガル相撲だけでご飯を食べられるようになった外国人はまだいない。目指しているのはそこです」

4月19日の試合で公式戦は2戦目の魚住さん、ファイトマネーは1試合20万円ほどだという。最低額は2万円ほどというから、かなり高い。魚住さんの人気がなせる業だろう。ただ、まだセネガル相撲だけで飯を食うには遠い。

大阪万博でデモンストレーション

「当面はファイトマネーを1試合ごとに倍額にしていきたいです。プロモーター次第で有名選手の試合と同日にマッチが組めたり、スポンサーやメディアが多くなったりもする。交渉をしながら進められればと思っています」

大学まで取り組んでいた柔道やレスリングは心から好きになれなかった魚住さんだが、セネガル相撲に関しては、今までにない気持ちの高ぶりを感じているのだという。

「町のあちこちで大人や子どもがセネガル相撲に興じている。伝統的な行事として始まり、審判が導入され試合時間などのルールが出来て競技化されていった。セネガルが独立していくなかでどんどん国民的な人気を獲得していった。セネガルの人たちの生活に、そして歴史のなか、血のなかに色濃く根付いている。そんなあり方に他にはない魅力を感じています」

もちろん、魚住さんが当初セネガルにやって来たときに抱いた目標は変わっていない。セネガルで暮らすなかで、目標はむしろ大きくなった。「日本とセネガルの架け橋になりたい」と強く思っているという。

実際に魚住さんは'25年大阪万博で開催された「SUMO EXPO2025」や「ブルーアフリカナイトレセプション」でセネガル相撲のデモンストレーションに出演するなどしている。

総合格闘技にも進出する「セネガル相撲」

また、日本の格闘界とセネガル相撲をつなぐ取り組みにも力を入れる。

実はセネガル相撲選手のなかには海外挑戦しているものも少なくない。たとえば、最大手UFCに次ぐ総合格闘技団体「ONEチャンピオンシップ」で'24年ヘビー級チャンピオンになった“ルグルグ”ことオマール・ケインはセネガル相撲で16戦全勝という圧倒的な強さを誇ったスターだった。

魚住さんによれば、セネガル国内にはルグルグのような原石が大勢いるのだという。実際に日本ではすでに魚住さんがつないだ選手たちが爪痕を残し始めている。

「まだセネガルにはMMA文化が入り始めたばかり。国内の強豪が本気でMMAに挑戦すればいろいろな団体でセネガル人チャンピオンが登場するはずです。格闘技と言えばセネガル、そんな時代が来てもおかしくないと思っています。例えば、'25年11月30日、GLADIATORのデビュー戦で元王者にKO勝ちしたアルブリー・ンジャイやK-1デビューを控えているチャート・ヨフ、RIZINに出場したチャートゥ・バンビロール、それにRUMBLEチャンピオンのアサン・ゲイデらに注目してほしいですね」

魚住さんにはセネガル相撲選手としての目標が達成できた次のビジョンもある。セネガルには相撲以外にも伝統がある。その一つが革細工だ。

「セネガルの職人さんと協力して鞄づくりなどに挑戦しています。今はセネガル相撲の競技選手に力を入れているので、販路拡大などは進められていませんが、今後はSNSでの情報発信も含めて力を入れていきたい」

魚住さんの雄姿をぜひ一度目にしてほしい。

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