「百恵さんの息子」と呼ばれない三浦貴大 朝ドラ「風、薫る」で好演も…視聴率低迷の理由 浮上のカギを握る人物
なぜ祐太朗ばかり?
兄は「百恵さんの息子」とよく呼ばれるが、弟がそう言われることはほとんどない。三浦友和(74)と百恵さん(67)夫妻の長男でシンガー・ソングライターの三浦祐太朗(41)と、次男で朝ドラことNHK連続テレビ小説「風、薫る」に出演中の俳優・三浦貴大(40)のことである。どうしてなのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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2010年にデビューした貴大はテレビ東京の深夜ドラマ「ひとりキャンプで食って寝る」(19年)などに主演する一方、朝ドラ「エール」(20年度上期)では早稲田大学応援部団長の田中隆役を演じた。

高倉健さんの遺作映画「あなたへ」(2012年)やフジテレビ「教場」(20年)などにも出演したから、その存在を知らない人はいないはず。一方で百恵さんの次男であることを忘れていたり、意識していない人は少なくないのではないか。
貴大の「風、薫る」での役柄は栃木県那須地方の資産家・奥田亀吉。江戸時代は飛脚だったが、明治期に入って運送業に転業。成功を収めた。2人いるヒロインのうち、一ノ瀬りん(見上愛)と結婚。1女を儲けた。
だが、2人は歯車が噛み合わなかった。亀吉にはりんにコンプレックスがあったためである。りんが家老の娘で家格が違ったからだ。おまけに亀吉は大の酒好き。酔うとりんに手を上げることがあった。物を投げることも。
昭和期まではよく見た酒乱オヤジである。家族は辛い。亀吉とりんは娘の環(宮島るか)の教育方針も合わなかったため、りんは絶望し、第8回(8日)に出奔する。第9回(9日)には上京した。
亀吉は根っからの悪党ではない。りんのことも大嫌いというわけではないようだ。ただし、それを素直に表せない。屈折している。簡単な役柄ではなかったが、貴大は好演した。これまでにドラマ9本、映画13本の主演を任されただけのことはある。
貴大は栃木弁も図抜けてうまかった。うなぎ屋の女将に扮した森三中の大島美幸(46)ら同県出身者勢を除くと、もっとも忠実に栃木弁を再現していた。ほかの出演者の中には訛りがオーバーな人がいて、聞き取りにくかった。
筆者の実家は明治期前から父親の代まで那須烏山地方。自分にも訛りがある。この地域の訛りの特徴はアクセントにある。平坦なのに語尾は上がる。カギを握るのはアクセントなので、何度も聞かないと身に付かない。おそらく貴大も相当聞き込んでおぼえたはずだ。
貴大はかなり前から記事で百恵さんの次男と書かれることがほとんどない。一方で1歳年上の祐太朗は今も大半の記事で息子と書かれる。それもあるから、世間では貴大が百恵さんの息子であるという認識が薄く、祐太朗は濃いのだろう。
祐太朗は百恵さん似
なぜ、祐太朗ばかり百恵さんの息子と書かれるのか。まず同じ歌の道を選んだためだろう。2008年にデビューした。10周年の17年には「秋桜」など百恵さんの名曲のカバーを収めたアルバム「I' m HOME」もリリースしている。
1980年の引退以来、決して表舞台に立たない百恵さんに代わり、コンサートや歌番組で「いい日旅立ち」などを歌うこともある。百恵さんの息子と書かれるわけだ。
貴大が「秋桜」を歌ったら、聴く側はどう感じるだろう。歌唱力の問題を度外視しても違和感をおぼえるに違いない。顔を見たら一目瞭然だが、貴大は友和似だ。友和をより凛々しくした顔立ちである。
祐太朗は百恵さん似。穏やかな顔付きも憂いのある歌声も。祐太朗の場合、たとえ演技力があろうが、亀吉役は無理だ。雰囲気が優しすぎる。
祐太朗は百恵さん似で、貴大が友和似。これも祐太朗ばかりが百恵さんの息子と呼ばれる理由の1つにほかならない。
祐太朗が第1子で、その誕生を百恵さんファンが我が事のように喜んだことも影響していると見る。現在の40代以下には信じられないだろうが、百恵さんの人気は神がかっていた。
歌が抜群にうまく、容姿端麗だったが、それだけではなかった。芸能界に入ったのは1人で自分と妹を育てている母親を経済的に助けるため。芸能界入り前は中学生でありながら新聞配達をしていた。
大スターになり、経済面の心配がなくなると、芸能界と決別し、ずっと恋人だった友和と結婚。昭和の日本人が応援したくなるファクターが全部そろっていたと言っても過言ではない。その第1子が生まれたことに世間が沸くのも無理はなかった。百恵さんに関心が薄い人も祐太朗の名前を覚えた。
無論、友和と百恵さんは貴大にも精一杯の愛情を注いだ。友和は貴大から「俳優になりたい」と告げられたとき、反対はしなかったが、手を貸すまいと決めた。本人にインタビューした際にそう聞いた。貴大のためにならないと考えたからである。2世、3世と騒ぐのはマスコミだけ。それだけで生きていけるほど甘い世界ではない。
友和の所属事務所は佐藤浩市(65)らのいる名門のテアトル・ド・ポッシュ。だが、同じ事務所には入れないと決めた。甘えが出てはいけないからだ。貴大には浅野忠信(52)らがいるアノレ(現アドニスエー)を勧めた。演技派の揃っている事務所だ。本人も了承した。
俳優の中には、自分の主演作には必ず息子をキャスティングさせる人がいる。しかし友和は共演も出来る限り避けた。実力しか頼れるものがない世界だからである。
友和の教えが良かったのか貴大は昨年も映画「やがて海になる」に主演。人生の岐路に立ち、悶々とする40歳の男を演じた。評判は高かった。貴大本人も俳優としての手応えを感じているから、亀吉のような仇役も引き受けるのだろう。もうイメージなどを気にしている段階ではない。
視聴率が低い理由
「風、薫る」の個人視聴率は7〜8%台を推移している。通常より1%程度低いが、これはNHKがあらかじめ見越していたはず。この作品で最初から高視聴率が取れると思っていたら、どうかしている。
まずヒロイン2人のモデルが無名に近い。モデルの大関和と鈴木雅は教育を受けた看護師(トレインドナース)の草分けであり、偉大な人物だが、知っていた視聴者は僅かであるはずだ。
ヒロインを演じる2人の女優にしても誰もが知っていた存在とは言いがたい。大関を原型とする一ノ瀬りん役の見上愛(25)はデビュー7年目だが、深夜ドラマでしか主演経験がない。鈴木を基とする大家直美役の上坂樹里(20)は同5年目で、主演をやったことがない。
そのうえ、放送済みの1週目と2週目は物語が暗く重かった。りんの暮らす那須地方でコレラが流行し、りんの父親・信右衛門(北村一輝)も亡くなってしまった。さらに、りんは亀吉とうまくいかず、おそらく離婚することになるだろう。
ただし、物語の全体像を考えると、やや低い視聴率も重苦しい展開もやむを得なかったのではないか。父親がコレラで死ななかったら、りんは看護師を志さない。亀吉と幸せに暮らしていたら、やはり看護師にならない。りんのモデルの大関も夫の女性問題が理由で離婚している。
当面のポイントは2つ。
まず、今月下旬からの看護学校編でどれだけ視聴者の共感を集められるか。
りんと直美は1886(明治19)年、玉田多江(生田絵梨花)ら5人の同志とともに梅岡女学校付属看護婦養成所に1期生として入学する。全員、決死の覚悟だった。決してオーバーではない。当時の看護師は酷い偏見に晒されていたからである。
「金のために汚い仕事も厭わず、時には命まで差し出す賤業」(『明治のナイチンゲール 大関和物語』田中ひかる著)
誤解が解けたのは大関と鈴木らが身を粉にして看護界のために尽くしたから。2人は学校を出ると、帝国大学医科大学第一病院(現・東大病院)で幹部看護師を務めながら勉強を続け、看護学の本を書き、優れた看護婦の養成も始める。
もう1つのポイントは実名で登場する大山捨松の存在。多部未華子(37)が演じている。捨松がドラマに登場すると、貴族院議員の夫・大山巌との華やか鹿鳴館外交ばかり描かれがちだが、それは一面。捨松は福祉活動に極めて熱心であり、日本に社会貢献という考え方を根付かせた。
捨松は賊軍となってしまった会津藩の家老・山川家の家老の末娘として生まれた。12歳だった1871(明治4)年から10年間は官費留学で米国に滞在。留学生の中には津田塾大学創始者で女子教育のパイオニアである津田梅子もいた。
留学中の捨松の聡明さに米国人は目を見張る。当時の女性教育の最高峰だったヴァッサー大学で英文学を専攻し、学年3番で卒業。卒論「英国の対日外交政策」に基づく講演は『ニューヨーク・タイムズ』に絶賛された。
一方で弱者を思いやる精神を厳しく説いた会津藩の教えを受けたためか、社会貢献にも熱心だった。米国で看護師資格も取得する。帰国後は日本に近代看護が存在しないことに愕然とし、1885(明治18)年に仲間と有志共立病院看護婦教育所(現・慈恵看護専門学校)を設立した。
捨松は物語の第5回と第8回に登場し、りんと直美と出会っている。2人を自分の学校に誘うのだろう。「ばけばけ」における錦織友一(吉沢亮)のように、もう1人の主人公になるはずだ。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部
