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「エージェント」は、ごく普通の高齢女性だった。

詐欺罪に問われたのは、69歳になるブラジル出身で栃木県在住の女性A被告。起訴状によると、A被告は氏名不詳者と共謀し、2025年5月に横浜市内の女性Kさん(71)から約146万円をだまし取った。

Kさんが「イトウ」と名乗る軍人に恋愛感情を抱いていたことに乗じて、中東に駐在する「イトウ」が軍隊から脱出するためのプライベートジェット代が必要になったとの名目で、A被告が氏名不詳者の指示のもと「エージェントになりすまして」、Kさんに直接会って現金を受け取ったというのだ。

近年急増している国際ロマンス詐欺の典型例といえる。横浜地裁で開かれた公判で、A被告は「間違いは特にございません」と起訴事実を認めた。検察側は冒頭陳述で、A被告自身も国際ロマンス詐欺の被害に遭っていたことを明かした。ロマンス詐欺の事案で“被害者が加害者になる”ケースも増えている。

A被告は30代の時にブラジルから来日して、既に30年以上になる。結婚歴はあるが、夫とは死別している。22年にFacebook上で「スズキ」を名乗る人物と知り合い、「恋愛感情を抱くようになった」。

「スズキ」は米国軍人で中東に駐在しており、軍を辞めて日本に行くためにお金が必要となった。自身の給与が入った口座にはアクセスできないところにいる。来日後に返すから、お金を貸してほしい――。A被告はそんな依頼に応じて、母国の姉からも一部借りるなどして150万円を送った。そして求められるがまま、自身の銀行口座情報を教えた。

A被告「彼の上司が彼を脱出させて日本に送るために、口座が必要と言われました」
弁護人「そこに知らない人から入金があった」
A被告「はい」
弁護人「そのお金はどうしました」
A被告「彼から指定された口座に振り込みました」
弁護人「詐欺に加担しているとは気づかなかったのか」
A被告「彼を信用していたので、そういうことは考えませんでした」

25年4月某日、警察からA被告に電話が入る。A被告の口座が「詐欺行為に使われている疑いがある」との知らせだった。

弁護人「あなたは警察に何と伝えた」
A被告「これが詐欺とは信じられない、と言いました」

口座は凍結された。その後、「スズキ」から次のように指示された。

「口座が使えなくなったので、横浜のエージェントに直接会って現金を受け取ってほしい」

栃木県内の工場で働いていたA被告にとって横浜方面は行ったことがなく、当初は「行けません」と断った。だが、「スズキ」から「本日中に受け取らないと全てがダメになる、日本に行けなくなる」と懇願されたため、車で迷いながら数時間かけて何とか横浜へ行った。そこで「エージェント」と聞いていた高齢の女性と会い、多額の現金を受け取り、女性からは署名を求められて本名を書いて渡した。

弁護人「本名を書いたら危ない、とは思わなかった」
A被告「そうは思いませんでした。いけないこととは思っていなかったので」

A被告はその翌日、交通費の2万3000円を除いた全額を、新たに開設した口座に振り込む形で「スズキ」に渡した。起訴状には「エージェントになりすまして」とあるのだが、A被告自身の弁をもとにすれば「スズキ」からエージェントになりすますよう指示されたわけではなく、むしろ相手の女性のことを「エージェント」と思っていた。

計690万円を詐取されていた被害者

この女性が今回の詐欺被害者のKさんだ。Kさんも25年2月頃に LINE で「イトウ」を名乗る人物と知り合い、恋愛感情を抱くようになった。

「イトウ」も中東駐在の軍人と称し、軍隊を辞める許可が出れば Kさんに会いに日本へ行くなどと期待させながら、「荷物の送料が必要になった」などと伝えてはKさんに現金を口座振り込みさせていた。この口座こそ、A被告のものだった。

その口座が凍結された後、「イトウ」はKさんに「エージェントを行かせるので現金を直接渡してほしい」と依頼した。そして、やってきた「エージェント」に現金約146万円を手渡した。Kさんも、その「エージェント」には本名を伝えていた。

70歳前後の女性同士が初めて対面し、お互いに相手を「エージェント」と思い込んだまま、会ったこともない海外駐留中の“軍人男性”を救うために多額の現金を授受していたことになる。

Kさんは起訴分の約146万円以外にも、銀行に振り込んだ分も合わせて計約690万円を詐取されていた。一方、A被告がだまし取られたのは150万円にとどまったが、それ以上の現金はないと知った指示役はA被告を受け子及び資金洗浄用の口座提供役として利用した形だった。

A被告はブラジル出身とはいえ在日歴30年以上。公判に通訳人はついていたが、日本語のやり取りを概ね理解できていた。特殊詐欺が日本で増加している状況も知ってはいたが、弁護人から「国際ロマンス詐欺にあたる、とは気付かなかったか」と問われると、少し首を傾げながら「正直、当時はそう思いませんでした」。

長女家族と同居していたが、事件が報道されたことで長女とは疎遠に。証人出廷を拒否され、今後についての話し合いも「できていない」とA被告は寂しそうに漏らした。

弁護人は最終弁論で「被告人も被害者とほぼ同じようにだまされていた。利得も全くなかった」などと強調したが、判決は懲役2年4月の実刑に。懲役3年6月の求刑から一定の酌量減刑はあったものの、裁判官は「受け子として不可欠な役割を果たした。従属的なものであったとしても実刑は免れない」と断じた。

勾留中に軽度の脳梗塞を患ったというA被告は、少し足を引きずるようにして法廷を後にした。茶色に染められていた肩ほどまでの髪も、頭頂部から半分ほどは真っ白になっていた。

文/篠田哉 内外タイムス