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「総資産1億円超」のサラリーマン家庭に突きつけられた、約1,100万円の相続税。少しでも家族に財産を残そうと、45歳の長男は「10歳の息子を78歳祖父の養子にする」という節税策に飛びつきました。約500万円もの節税になるはずが、数年後に祖父が急逝すると事態は一変。まさかの「実の息子と遺産を取り合う」展開が待っていました。「紙1枚の手続き」が招いた、恐ろしい法的リスクとは?司法書士が「養子縁組」の注意点を解説します。

家族に多くの財産を残したい」孫を養子にするプランを画策

長男の雅宏さん(仮名・45歳)の実家は、都内近郊の閑静な住宅街にある一軒家です。父の昭雄さん(仮名・78歳)は定年まで勤めあげた元会社員で、現役時代に購入した自宅が財産のなかでも大きなものでした。

「うちは普通のサラリーマン家庭だし、相続税なんて関係ないだろう」

いわゆる「地主」や「資産家」と呼ばれるような家柄ではありません。しかし、都心部の最寄り駅から徒歩圏内という立地の良さが、相続においてはハードルとなりました。

しかし、昭雄さんが大病したことを機に、相続税の簡易的な試算を区役所の税務相談でしてもらうと、雅宏さんは言葉を失いました。

なんと近年の地価上昇により、自宅敷地の評価額が思っていたよりも高く、建物と合わせて5,700万円ほどの評価額になっていたのです。退職金を含めた3,500万円ほどの預貯金や1,000万円の生命保険と合わせると、総資産は1億円以上に。

何もしなければ、約1,100万円もの相続税がかかることが判明しました。

「少しでも税金を減らして、家族に多くの財産を残したい」

そう考えるのは自然な親心です。そこで浮上したのが、雅宏さんの一人息子である孫・栄太君(10歳)を、昭雄さんの養子にするというプランでした。

「届け出1枚」で車1台分の節税の甘い誘惑

実子がいる場合に「養子縁組」をすると、養子1人分までの相続税の基礎控除や生命保険の非課税枠が増えることになります。それに付随して、状況によっては税率区分も下がる可能性もあります。

シミュレーションの結果は劇的でした。孫を養子にして法定相続人を増やすと、昭雄さんの家庭の場合は相続税の総額が約600万円に下がり、トータルで「約500万円」の税金が浮く計算になったのです。

戸籍を動かすことへの心理的な抵抗はありましたが、知人から「うちも孫を養子にして節税できたよ。役所に届け出を出すだけだし、もともと名字が一緒だから生活の不便もなかったよ」と聞いたことが後押しとなり、思い切って決断しました。

「たった1枚の紙を出すだけで500万円も変わるなら、やらない手はないよな……」

ところが、まさかその届け出が、数年後に想定外の事態を引き起こすことになるとは、このときはまだ誰も想像していなかったのです。

父の急死…残された家族を襲った「親権消滅」

養子縁組から数年後、昭雄さんが急逝しました。悲しみのなか、葬儀を終えた雅宏さんは、銀行口座の解約や不動産の名義変更などの手続きに入ろうとしました。

しかし、司法書士に相談した際、思わぬストップがかかります。

「雅宏さん、今回は未成年の孫・栄太君も法定相続人になります。ですが、栄太君の代わりに父親である雅宏さんが勝手にハンコを押すことはできません。栄太君には現在、法的な親権者がいない状態だからです」

「えっ? 実の親である私たちがここにいるのに?」

ここが養子縁組の落とし穴です。祖父と未成年の孫が養子縁組をした時点で、法律上、孫の親権は祖父に移ります。そして祖父が死亡しても、実の親の親権は自動的には復活しないのです。

法的に「親不在」となってしまった孫。未成年者である孫を含めた遺産分割協議を進めるために、長男・雅宏さん一家は、2つの選択肢の前に立たされることになりました。

選択肢1. 裁判所の管理下に入る「未成年後見」ルート

一つ目は、法律の原則どおり、家庭裁判所に申し立てて「未成年後見人」を選任してもらう方法です。未成年後見人とは、要は「親の代わりに親権と同等の権限を持つ人」のこと。本来なら親がやるはずの役割を、他人に任せなければならない異常事態です。

雅宏さんは「それなら、実の親である私たちが未成年後見人になればいい」と考えましたが、現実は甘くありません。自分の子供の財産であっても、親は自由にできません。

未成年後見人は「未成年者である孫・栄太君の法定相続分(権利)」を守るのが仕事ですから、「家は長男・雅宏さんが継ぐから、孫・栄太君は現金を少し」といった柔軟な分け方は、原則として認められなくなります。

必ずしも親が選ばれるとは限らない

未成年後見では「子供の利益」が最優先です。今回の相続において、雅宏さんと栄太君は昭雄さんの遺産を互いに分け合う「利益相反(ライバル関係)」にあります。このように親族間での対立が予想される場合や財産額が大きい場合などは、弁護士などの専門職が選ばれる可能性もあります。

「監督人」という監視役

仮に、今回の相続では相続人ではない(利害関係のない)栄太君の実母(雅宏さんの妻)が未成年後見人に選ばれたとしても、家庭裁判所は「未成年後見監督人(弁護士など)」を選任する可能性もあります。監督人とは、いわば後見人の「お目付け役」です。子供の財産をしっかり管理するように厳格に監視します。

選択肢2. 関係をリセットする「死後離縁」ルート

二つ目は、家庭裁判所の許可を得て、亡くなった祖父と孫との養子縁組を解消する「死後離縁」という手続きです。

これなら実親の親権が復活します。また、死後離縁で養子縁組を解消しても、栄太君に相続権は残りますし、相続税上の養子縁組の効果もそのまま利用できます。ただし、死後離縁は自分たちだけで勝手にできるわけではありません。家庭裁判所に申立てを行い、死後離縁が必要な理由を認めてもらって、許可を得る必要があります。

「じゃあ、許可をもらって親権が戻れば、私たちが息子の代わりに遺産分割協議書にサインできますよね?」

雅宏さんはほっとしましたが、ここにも「落とし穴」があります。

たとえ死後離縁をして親権が復活しても、父である雅宏さんは、今回の相続において栄太君と遺産を取り合う「利益相反(ライバル関係)」にあります。そのため、雅宏さんは栄太君の代理人になれないのです。親が自分の都合よく財産を分けることを防ぐためです。

「じゃあ、栄太君の母(雅宏さんの妻)なら相続人ではないから、復活した親権を使って単独で代わりにサインすればいいのでは?」と思われるかもしれません。

しかし、法律のルール上、これも通用しません。両親がいる場合、親権は「共同」で行使するのが原則です。単独で親権を行使できる例外もありますが、今回のようなケースでは、父が利益相反で動けないからといって、母だけが単独で代理することは基本的に認められないのです。

そうなると、結局は、家庭裁判所に、父の代わりとなる「特別代理人(遺産分割の話し合いのときだけ、子供の代わりに参加する公平な第三者)」の選任を申し立て、母親と特別代理人が一緒に栄太君の代理人として遺産分割協議に参加しなければならないおそれがあります。

どちらを選んでも「相続人ではない人」が家に上がり込んでくる

雅宏さん一家の置かれた状況を整理すると、こうなります。

未成年後見ルート:原則として、法定相続分通りの分割を求められる。専門職が未成年後見人や監督人になれば報酬がかかる。

死後離縁ルート:家庭裁判所の許可や「特別代理人」の選任が必要になり、やはり、原則として法定相続分通りの分割を求められる。

どちらの道を選んでも、当初聞いていた「紙1枚の手続き」の先には、裁判所への申し立て、複雑な書類作成、そして「自分たちだけで自由に遺産を分けられない」という拘束状態が待っていました。

「出口戦略」なき節税対策の代償

雅宏さん一家が、最終的にどれほどの時間と費用を費やし、精神的にも大変な状況に陥ったかは想像に難くないでしょう。

さらに、親権が移る弊害は「相続時(出口)」だけにとどまりません。祖父の存命中であっても、孫名義の銀行口座開設やパスポートの申請など、未成年者の親権者の同意が必要な場面では、実の親ではなく「親権者である祖父」の署名が求められるという日常的な不便も強いられます。

また、過去の裁判例によれば、相続税の減額だけを目的にした養子縁組が直ちに無効というわけではありませんが、状況によっては租税回避行為として税務署に否認されるリスクがまったくないわけではありません。

「税金が安くなる」という入り口の甘い言葉には、誰もが飛びつきたくなります。しかし、その先にある「出口(法的結末)」までしっかり見通しをつけておくことが大切です。

「節税できた金額」と「失った家族の自由」。その収支決算がプラスになるかどうか、未成年の孫を養子縁組する場合は、ハンコを押す前にもう一度考える必要があります。

市山 智

司法書士/行政書士/AFP(日本FP協会認定)