「点滴を打った日枝会長」極秘会談で、ホリエモンがなぜか語り出した“宇宙旅行”への異常な熱弁
〈「社長はバカだ…」ライブドア買収を防ぐ狂気の奇策“抱きつき自爆テロ”と、高裁敗訴の絶望〉から続く
泥沼化したライブドアによる買収騒動は2005年4月、フジテレビとの劇的な和解で幕を閉じる。会見に先立ち、両陣営のトップが集結した極秘の部屋。体調不良で点滴を打った日枝久会長に対し、敗軍の将であるはずの堀江貴文社長が突如、夢を語り出した。極秘日記が明かす、歴史的決着の裏側のあまりに滑稽な真実。(『狙われたフジテレビ〜ニッポン放送元社長が明かすライブドア買収攻防21年目の真相』より抜粋。全3回の3回目/最初から読む)
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堀江貴文氏は宇宙旅行の夢を語った ©時事通信社
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10時05分、堀江以下宮内、熊谷、塩野の4人と、インテリ風の角家弁護士の5人が入ってきました。この顔合わせ、メディア買収の拳を下ろせずに会談に出席拒否しようとしていた堀江さんでしたが、熊谷さんの説得にやっと応じて顔を出してきました。
その悔しさはあまり感じさせずに堀江さんはテーブル越しに日枝さんと握手をしていました。対する日枝さんもにこやか。さすが、オヤジ、老獪だと唸りました。
50分ほどの会談。はじめに堀江さんが「日枝さん、身体の具合は? 点滴を打っていたそうで……」と言うところから、まぁまぁのノリで始まりました。
7割は堀江さんが自分のアイデア、業務提携の話(オークションやブログ)、特に昔フジテレビでとんねるずがやっていたオークション番組「ハンマープライス」をやりたいという企画に熱弁を振るっていました。ホリエモンと親しい音楽プロデューサー・秋元康君の入れ知恵かな、と内心思ったりしていました。
秋元君の放送作家としてのスタートは、私と縁が深いのです。まだハガキ職人時代から彼を知っていましたから。秋元君もニッポン放送が好きだったんだと思います。だから当時の友人であるホリエモンにいろいろ喋っていたんでしょう。そんな彼の感化を受けて堀江さんがラジオが好きになり、私らと仕事をしようと出逢っていたら歴史が変わっていたのかもしれませんが。なかなか世の中難しいものです。
席上の堀江さんからは番組企画以外に宇宙旅行の話なども飛び出す始末。ビリオネアが宇宙に出ていく2020年代の魁(さきがけ)、さすがだなと思います。この男、アイデアや夢を語らせたら止まることを知りません。いっぽうでリアリストの宮内、熊谷両氏は「またかよ……」という感じで黙っていました。
兎にも角にも、月曜日に予定されている記者会見での話も無事に終了。なんとかこのまま無事に推移して欲しいと願いました。(中略)
この席上での忘れられない顔は、ポッと出の若造だと思っている堀江さんに応じる日枝さんの食えない感じ。それと夢を語り尽くすホリエモンへの熊谷さんたちの呆れ顔です。彼らはいつも堀江さんに振り回されていたんだなあ、とわかりました。(中略)
そして、皆さんもご記憶の会見の場になります。
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2005年4月18日月曜日 天気:曇り(中略)
さぁ、いよいよ記者会見である。5時を10分過ぎた頃、控室にライブドアご一行様ご到着である。皆、呉越同舟というか、一つの部屋に偉い人が皆揃った感じ。マスコミなのに取材できないのが辛いね。堀江君は機嫌が良さそうである。ホリエモンがグルメだという話などを振ると、「秋元康がライブドアのアドバイザーで、良い店・美味しい店を紹介してくれるのだ」と話す。秋元、怪しいヤツ。
5時半より6時半まで、待ってました! の記者会見が始まる。
壇上にはカメ、堀江、日枝、村上の順番で座る。300人近い記者と40台以上のビデオカメラ。凄いフラッシュである。大スターになった気分だけれど、私は所詮脇役である。スターはホリエモンと日枝さん。自分としては、「ニッポン放送は新しい出発をします」「堀江さんとはもっと前から知り合っていたら良かった」などと話す。頭の挨拶から最後まで落ち着いて話すことができた、うまくいったと思う。ホリエモンがベラベラと喋ってくれたおかげで、こちらにはほとんど質問がなく、きっかり1時間で記者会見終了。
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この報道写真にある作り笑いを浮かべた会見映像を見ると、仲良しご一行さんの顔見世興行か、腹の中が違う者同士が雁首並べただけなのか、ご想像にお任せします。
この直後、日枝さんが「カメちゃん、これ本に書きたいよな」と話しかけてきた記憶があります。ご本人には著作がないと思いますが、あの騒動中はグループの中心人物として大変な役回りを担いました。表に立ちたがらない日枝さんが珍しく「書き残したい」気持ちが起こったというのは理解できます。
とにかくプレーヤー全員が極限まで戦い、会見に臨んだという感じでした。
(亀渕 昭信/Webオリジナル(外部転載))
