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新たなスター誕生を目にした瞬間

メルセデスの19歳、キミ・アントネッリの優勝に沸いたF1日本グランプリ(以下日本GP)。3月29日に鈴鹿サーキットで開催された、その決勝を現地観戦することができた。

【画像】決勝は約13万人が来場!大盛況だった鈴鹿サーキットのF1日本グランプリ 全33枚

スタートこそポールポジションから陥落するも、いいタイミングでセーフティカーが入った幸運を逃さず、そこからの逃げる速さは現地で見ていても尋常ではなかった。近くで観戦した同じメディアの方からも、「何であの子はあんなに速いの?」という声が上がったほど。


F1日本GP決勝をこのキャップで観戦。右はお土産に頂いた『プレリュー堂』カレー。    平井大介

ああいった場面で圧倒的な速さを見せるのは、これまでの多くの王者が見せてきたことで、新たなスター誕生を目にした瞬間だった。

しかしこの日私が被っていたキャップは、アストン マーティンのもの。そう、パワーユニットを今年からワークス復帰したホンダが供給しており、その取材会として鈴鹿を訪れることができたのだ。

ご存知のように、開幕から異常な振動などマシンに問題を抱え、これまで完走すらしていない。この日本GPも、フェルナンド・アロンソが21番グリッド、ランス・ストロールが22番グリッドで、観戦したグランドスタンドの座席がまさに目の前だった。

ちなみにアロンソは、ルノーF1で圧倒的な速さを見せ史上最年少年間チャンピオンを獲得した2005年、ちょうどルノーの取材をかなり深くしており、日本GPでも取材経験があるので、個人的にかなり思い入れがある。

20年以上(!)経った今も、44歳でこうして現役で頑張っている姿は、涙なしには見ることができないのであった。

「ご期待に沿えない状況。何とか挽回したい」

決勝を前に、今回この取材会に参加したメディアに向けて、HRC代表取締役社長である渡辺康治さんから、現状に関する説明があった。

まずは「ご期待に沿えない状況。何とか挽回したい」と挨拶。そして言い訳はしたくないものの、2021年にワークス参戦が終わりトップエンジニアが量産部門に散り散りとなったところで、2023年に復帰方針が経営承認。


鈴鹿サーキットのホンダ・ブース中心に今年のマシンを展示。    平井大介

そこから呼び戻すなどして現在は主要メンバーの再配置ができているが、明らかにスタートの遅れがあったと、その苦しい胸のうちを吐露する。

そして事前のシミュレーションでは顕在化しなかった振動が、実車走行で発生。バッテリーにダメージを与えてしまい、年間使用可能な3基に対して寿命のリスクを抱えてしまった。

現在はだいぶ収まってはしているものの、まだ継続的な対策が必要な状況となっている。しかし、レギュレーションで定められた予算制限=コストキャップの関係もあり、何かと物入りなワークス復帰初年度としては、厳しい状況のようだ。

ただ、渡辺さんも「信頼性はだいぶ上がっている」と慎重な言い回しに終始しながら、前を向いている。また、いろいろと話を聞いていると、解決に向け、ホンダの技術であればブレイクスルーが可能ではないかと思わせる現場の空気感もあった。

44歳フェルナンド・アロンソの頑張りに涙

さて、いよいよ決勝のスタート進行。マシンが始動しエキゾーストノートが聞こえてくると、否が応でも気持ちは高まる。

台風シーズンで雨に悩まされた秋開催から、桜の綺麗な春開催に変更したのは英断で、場内アナウンスで決勝は昨年越えの約13万人が来場と言っていたが、確かにかなりの盛況ぶりだ。


ゼッケン14はフェルナンド・アロンソ。44歳、頑張ってる!    平井大介

レースは1列目のメルセデス2台が出遅れたことで、フェラーリ、マクラーレンと3強6台の間で激しい争いが発生。オーバーテイクが繰り返しあり、その度に場内は大歓声。特にフェラーリのシャルル・ルクレールは女性ファンが多いようで、一喜一憂する声がよく聞こえてきた。

個人的には3強6台の後ろを、アルピーヌのピエール・ガズリーが走って、レッドブルのマックス・フェルスタッペンの追従に耐えていたことに感動した。

というのも2年前の日本GPでアルピーヌの取材会に参加したのだが、その時はアルピーヌの2台だけ明らかに他よりも遅くて、レポートを書くのに苦心した記憶があるからだ。だからアストン マーティン&ホンダも時間はかかるかもしれないが、気長に待つべきだと思えてならない。

結果はご存知のように、ストロールはマシントラブルでリタイヤとなったものの、アロンソは最後まで走り切り、チームに今季初完走をもたらした。しかも周回遅れだが、最下位ではなかったのだ。

恐らくはゼロではない振動とコクピットで戦った44歳アロンソの頑張りを無にしないためにも、何とか乗り越えて欲しいと願うのである。