カブトムシvs.人間。どちらが力持ち?物理学「次元解析」の手法でスケールをまじめに考えてみた。出せる力は体重の6分の5乗に比例する!?
世界は「場」でできている!
物理学習者にとって難所となる「場」という概念。この「場」について、電磁場から量子場、そして重力場へと、マックスウェル、パウリ、アインシュタイン、ディラック、朝永振一郎、ファインマン――天才物理学者の思考の軌跡をなぞりながら、軽妙な語り口で見通しよく解説する話題の書『「場」がわかれば世界がわかる 電磁場・量子場・重力場 なぜ波が伝わるのか』(講談社ブルーバックス)。
今回は「次元解析」という物理学の手法について楽しく解説します。「体重10グラムのカブトムシが、重さ200グラムの笊(さる)を引っ張るということは、人間でいえば体重6キログラムの人が、重さ1.2トンの物体を引っ張るのと同じことだ!」さて、この考え方は正しいのでしょうか。
●本記事は、『「場」がわかれば世界がわかる 電磁場・量子場・重力場 なぜ、波が伝わるのか?』(竹内 薫・著/講談社)を再編集したものです。
アリが100倍の大きさになって襲ってくる!?
もともと僕がスケーリングの話をはじめて聞いたのは大学の物理学科の授業だった。それも素粒子論の授業。だぶだぶで穴のあいたジーパンをはいて髪がもじゃもじゃの物理学者の典型のような教授が黒板にアリの絵を描いて、いきなり、
「このアリが100倍の大きさになって諸君を襲うことがあるだろうか?」
と質問をした。教授が子供のころ、そんなSF映画を観たのだそうだ。
まあ、結論からいうと、アリのからだをつくっている分子が入れ替わって鋼鉄にでもならないかぎり地球人の将来に心配はいらない。
なぜなら、身長が100倍になると、からだの表面積は100の2乗の1万倍になって、体重は100の3乗の100万倍になってしまうからだ。
アリのからだの強度は表面積に比例するので、これは、つまり、強度が体重に負けて潰れてしまうということ。
体表面積は長さの2乗に、体重は長さの3乗に比例する
イメージとしては、ビニール袋に水をそそいで手に持ったような感じ。水の量が増えると、やがて、ビニールが破けてしまう。動物のからだも同じことで、中身が増えすぎるとからだの表面をおおっている細胞が重さを支えきれなくなって「はじけて」しまう。
ポイントは、身長は長さの次元(たとえばメートル)をもっていて、からだの強度を決める体表面積は長さの2乗の次元をもっていて、支えるべき体重は長さの3乗に比例するという点である。
うーん、ちょっといい加減。
身長が倍になっても、生物のからだは、サイコロみたいに立方体ではないので、3乗というのは、ちょっと大袈裟(おおげさ)すぎる。せいぜい、2.5乗くらいか(2.5乗は、2乗と3乗の中間。電卓で計算するときは、5分の2乗ということなので、最初に5乗してから、平方根をとればいいのです)。
まあ、この話は概算ということで……。
体重60キログラムの人が、1.2トンの物体を引く!?
わかりやすすぎるので、ちがう例を考えてみる。
テレビで、カブトムシが笊(ざる)か何かを引っ張っていた。その解説がふるっていて、「体重10グラムのカブトムシが、重さ200グラムの笊を引っ張るということは、人間でいえば体重60キログラムの人が、重さ1.2トンの物体を引っ張るのと同じことだ!」
などと非科学的なことを言っていた。
出演していたゲストも誰も文句を言っていなかったし、スタッフも気がつかなかったようなので、この国の科学水準の低さを見せつけられたような気がしましたよ。ため息。
この本を読んでくれている読者には、もう、僕が何を言いたいのかおわかりだろう。
そう。さきほどの巨大アリと同じで、カブトムシの場合も、スケールをきちんと考察しないといけないのだ。
「え? でもカブトムシの大きさは変わっていないじゃないか」
そうですよ。でも、カブトムシの体重と笊の重さを比較しているではありませんか。
さっきは、元の身長と100倍になった身長を比較したのだった。いうなれば、身長の差による波及効果としての「強度」を論じたのであった。
今度は、カブトムシの力と人間の力を比較するわけ。大きさのちがうものどうしを比べるという点では、巨大アリと同じ議論をやっているといっていい。この場合、カブトムシと人間の体重の差による波及効果としての「力」を論じたいわけです。
スケールをきちんと論ずるために「次元解析」を
体重が6000倍になったら出せる力はどうなるか?
それが問題だ。
ここでスケールをきちんと論ずるために「次元解析」が必要になってくる。
次元解析とは、その名のとおり、次元を解析するのだ。こんな具合に。
F=ma というニュートンの公式からもわかるように、力は、重さに加速度をかけた単位をもっている。重さの次元(単位)を[M]であらわす。長さの次元を[L]であらわす。そして、時間の次元を[T]であらわす。[ ]が「次元」という意味です。
とりあえず、力学をやっているかぎり、この三つの次元で事は足りる。
今の場合、加速度は、メートル毎秒毎秒などということから明らかなように、
[加速度]=[L]・[T]のマイナス2乗
という次元をもっている。マイナス2乗のマイナスは、「分母にくる」という意味。だから、
1分の[T]の2乗
のこと。
力の次元は、これに重さをかければいいのだから、
[力]=[M]・[L]・[T]のマイナス2乗
と計算できる。カブトムシや人間が力を出すときは、こういった次元がからんでくるわけだ。
出せる力は、体重の6分の5乗に比例する!!
さて、生物どうしを比較する場合には、体重変化、身長変化だけでなく、体内時計も考慮してやらないといけない。くわしくは『ゾウの時間 ネズミの時間』などをご覧いただくとして、生物の体内時計は体重の4分の1乗に比例すると仮定しよう。
体重は身長の3乗に比例するから、言い換えると、身長は体重の3分の1乗に比例することになる(ええと、3分の1乗というのは、3乗根のこと)。
以上をまとめると、
[力]=[T]の2乗分の[M]・[L]
=[M]・[M]の3分の1乗・([M]4分の1乗)のマイナス2乗
=[M]の(1+3分の1-2分の1)乗 =[M]の6分の5乗
つまり、力は体重の6分の5乗に比例して大きくなることがわかる。
カブトムシvs.人間 その結果は!
人間は、カブトムシの体重の6000倍だとしてみよう。その場合、次元解析から明らかになったことは、人間は、カブトムシの6000倍の力が出せるはずはなく、せいぜい、6000の6分の5乗くらいの力しか出せないということだ。少なくとも物理法則にしたがうかぎりは……。
計算機で6000を5乗してから平方根と3乗根をとって6分の5乗を求めると、だいたい、1400くらいになる。だから、カブトムシが200グラムの笊を引っ張ることができるなら、人間は、その1400倍の280キログラムの重さを引っ張れば「同格」となる。
ふつうの人は、280キログラムくらいのものを(持ち上げることはできないが!)引っ張ることはできるだろうから、結論として、人間は、カブトムシと同じくらい力持ちということになる!
カブトムシのほうが力持ちだというのは、いうなれば、木を見て森を見ず。現象の一つの側面にだけ近視眼的に注目した結果だといえる。体重と力は比例するのではなく、力は体重の6分の5乗に比例するからである。
正しくスケールすることが比較するさいのコツ
しつこいようだが、大切なのは、全体のバランスなのだ。
縮尺を変えて地図を描くとき、駅から住宅地までの距離だけを縮めて、道路の道幅を縮めるのを忘れたら、地図は道だらけになってしまって、人が住む家は入らなくなってしまう。あるいは、人の顔を縮小して模写するとき、鼻だけ縮小するのを忘れたら、鼻だらけの顔になって笑ってしまうであろう。
それと同じで、全体を正しくスケールしてやらないとだめなのだ。その場合、あつかっている物理系の長さと重さと時間がどのような関係にあるかを知る必要がある。
動物の体内時計を体重で比較してみると
体内時計が本当に体重の4分の1乗になっているのかどうかである。うちの猫はシュレディンガーのファーストネームをいただいてエルヴィンという名前だが、僕が一回寝るごとに、二回か三回寝ているらしい(僕が寝ているときにもエルヴィンは途中で起きて、また寝るようだ)。
つまり、僕の一日は、エルヴィンの二日から三日にあたるわけ。だから、起きるたびに、「おはよう」と挨拶にやってきて、髭(ひげ)のあたりと尻尾のあたりを僕のすね毛にこすりつける。
猫の体重は4キログラムくらいで、僕の体重は76キログラム。体重は19倍だが、その平方根を2回とると約2.1倍になる。つまり、エルヴィンの体内時計の進み方は、僕の体内時計の2倍以上も速いことになる。
どうでしょう? ぴったりではありませんか。
よく、レストランで子供が飽きてしまって、歩き回ったりはしゃいだり、悪戯(いたずら)をしたりして母親にしかられているが、体重30キログラムの子供は、大人の半分から3分の1の体重なので、おおまかにいって、1.3倍くらい、時間がたつのが「長く」感じるはずだ。
1時間の食事も1時間半弱に感じるから、退屈してしまっても不思議はない。で、お母さんたちは、そんなスケーリングの話は知らないから、
「どうしておとなしくしてられないのよぉ!」
と怒鳴ってしまう。ああ、なんて可哀想(かわいそう)な子供たち。
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