「戦争が廊下の奥に立つてゐた」薄れる戦争のリアリティ…トランプ氏との会談から見えた“自分事”の欠落
OBSラジオ番組「加藤秀樹が語る日本の未来構想」において、構想日本の加藤代表が、高市総理の訪米を契機とした日本の安全保障姿勢や、国民の戦争観について語った。
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戦争は「対岸の火事」ではない
高市総理がアメリカでトランプ氏と会談したことについて、加藤氏は「自衛官の派遣要求などはなく、無難に終わったとの見方が多いが、目の前のことをうまくやり過ごせたということではダメだ」と指摘する。
ほとんどの日本人にとって戦争は他人事だが、決して「対岸の火事」ではなく、我々一人ひとりが「自分事」として考えないといけない重大なことと強調した。
加藤氏は、戦時中に詠まれた渡辺白泉の俳句『戦争が廊下の奥に立つてゐた』を紹介。これは、庶民の日常の裏側にいつの間にか戦争が忍び寄っており、気づいた時には時代の流れに逆らえなくなっているという不気味さ、無力さを表現したものた。事実、この句が作られた2年後には真珠湾攻撃が起きている。
現状を見るとパレスチナ、そしてイスラエル、アメリカによるイラン攻撃が湾岸諸国に波及するなど、世界各地で戦火が広がっている。過去の世界大戦も当初は局地的な衝突から始まっており、決して遠い国の出来事と侮ることはできないと警鐘を鳴らす。
薄れる戦争のリアリティ
加藤氏は、2015年の安保法制成立以降の安全保障に関する世界の流れを「きな臭い」と表現する。世界で紛争が広がっている状況に加えて、日本の政治家も国民も意識しないうちに戦争に対して緩くなっているという。
高市総理が「存立危機事態」において自衛隊を派遣する可能性に言及したことを、米軍高官が「日本の非常に大きい政策転換」と受け止めているが、発言した本人も多くの国民もその重大さを認識していないからだ。
加藤氏は、高市総理の姿勢にトランプ氏との共通点を見出している。それは、外務省など実務者の説明をよく聞かず、自己アピールや強がりの発言をしてしまう点だという。
太平洋戦争の時も、日本軍、政府の誰も本気で中国やアメリカと戦争をするつもりがなかったにもかかわらず、「強がり発言」を重ねるうちに引っ込みがつかなくなり、戦争へと突き進んでしまったと言われている。
加藤氏は「今の国会議員で、戦争になったら自分にも責任がある、あるいは自分が戦争に行くと思っている人は誰もいないだろう」と苦言を呈した。
さらに、若者の感覚についても危惧を抱いている。電車内で若者がスマートフォンでリアルな米軍の戦闘訓練シミュレーションを夢中になって見ているのを目撃し、戦争があたかも「自分は死なないが、相手を倒すゲーム」のように捉えられていることに恐怖を覚えたと語った。
最後の歯止めとなる「憲法9条」
加藤氏は今回の日米首脳会談においても、結果的には日本国憲法第9条が大きな歯止めとして機能していると評価する。
トランプ氏でさえ「日本は法律上、自衛隊を派遣するのは難しい」と認識しており、ヨーロッパ各国も日本の80年間の平和主義を前提としているからだ。
加藤氏は、憲法改正の議論は大いにやるべきだが、自民党の改正案の内容には強い警戒感を示す。
現行憲法の前文には『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言する』と明記されている。しかし、自民党の改正案ではこの「主権が国民に」ということが「国家に」となっているからだ。
その場合の「国家」とは誰なのか。主権を国民から国家に変える発想は「本当に危険だ」と指摘し、権力者の軽率な行動が国民全体を危機に陥れるリスクを忘れてはならないと締めくくった。
