記事のポイント
中東の富裕層によるラグジュアリー購買が、戦争による不確実性の高まりで減速している。
観光減少とモール客足鈍化が進み、湾岸地域全体でラグジュアリー需要に影響が広がっている。
ブランドは来店減少に対応し、リモート販売や顧客個別対応へ戦略をシフトしている。


パリ・ファッションウィークの最後のショーが3月10日に幕を閉じたちょうどそのとき、シャネル(Chanel)の新作アイテムの画像がソーシャルメディアで出回りはじめた。

シドニーを拠点とするラグジュアリーソーシング・コンサルタントであり、ギャブ・ウォーラー・コンサルティング(Gab Waller Consulting)とソースド・バイ(Sourced By)の創業者であるギャブ・ウォーラー氏にとって、こうした投稿は通常、中東の顧客からの即座の需要を呼び起こすものだ。

同氏によると、彼らは世界的にもっとも活発な「高級品購入者」であり、ほかの海外の買い物客よりも、1回の購入で使う額がかなり多い。しかし今回、反応は異なっていた。

湾岸ラグジュアリー市場全体で進む減速の兆候



「シャネルの新作を投稿したとき、中東地域の顧客から価格についての問い合わせはあったが、配送や渡航に関する不確実性から購入に至らなかった」とウォーラー氏は語った。

「紛争の激化以降、中東の顧客が購入を見合わせていることはたしかだ。なかには商品を確保しつつも、配送の延期を求めた顧客もいる」。

ウォーラー氏は、この躊躇は物流上の問題ではなく、不確実性を反映していると述べた。

「ありがたいことに、今のところ私の側で物流の混乱は起きていない。(紛争開始時に)すでにドバイに輸送中だった荷物があったが、問題なく到着した。私が目にしている躊躇は、むしろ不確実性に起因するものだ。通常、こうした局面は消費を減速させる」と同氏は語った。

同氏は、地政学的な不安定さがしばしば短期的にラグジュアリー消費を鈍化させると付け加えた。この動きは、湾岸地域のラグジュアリーリテール全体で展開されているより広範な変化を反映している。

2月末の地域における紛争激化以降、渡航の混乱とモールの客足鈍化が、ラグジュアリー市場のなかでもっとも急成長している市場のひとつに影響を及ぼしはじめている。

中東は数少ない成長市場。世界ラグジュアリーの重要拠点に



最近まで、中東は中国での需要低迷と欧州での不均一な消費に対処するラグジュアリーブランドにとって、数少ない明るい地域のひとつであった。

調査会社バーンスタイン(Bernstein)の新しいリサーチによると、中東地域は世界のラグジュアリー売上の約6%を占め、2025年にもっとも急成長した地域であり、業界全体が横ばいのなか6〜8%の成長を遂げた。

アナリストたちは、そのシェアがさらに大きい可能性もあると指摘する。「中東は現在、世界のラグジュアリー需要の約7〜8%を占めている」と、バーンスタインのラグジュアリー商品アナリストであるルカ・ソルカ氏はGlossyに語った。

「大手各社は同程度に影響を受けている。中東の売上を公表している企業もあれば、『そのほかの地域』に含めている企業もある」

アナリストの推計によると、リシュモン(Richemont)とゼニア(Zegna)はそれぞれ売上の約9%を同地域から生み出しており、フェラーリ(Ferrari)は約7%を得ている。

LVMH、ケリング(Kering)、プラダグループ(Prada Group)などの大手ラグジュアリーコングロマリットは売上の5〜8%を中東から生み出していると推定され、一方でモンクレール(Moncler)は売上の約2%と、依存度が低いブランドのひとつだとバーンスタインは報告している。

観光依存型モデルが支える中東ラグジュアリー経済



観光は成長の主要な牽引力であった。ガルフニュース(Gulf News)によると、ドバイは2025年に1959万人の海外宿泊旅行者を迎え、前年比5%増で、3年連続の記録的な観光成長を達成した。12月だけで200万人以上の到着があり、ホテルの平均稼働率は80.7%に達した。

ショッピングサービス企業のグローバルブルー(Global Blue)のデータによると、GCC(湾岸協力会議)諸国からの旅行者は欧州における免税ラグジュアリー購入の約12%を占めるが、1回あたりの平均取引額は世界的にもっとも高い部類に入り、しばしば4600ユーロ(5299ドル、約79万5000円)を超える。

観光は同地域のラグジュアリーエコシステムの中核であり続けていると、ファッションサイツ(FashionSights)創業者で、マッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey&Company)のファッション・ラグジュアリー部門の元シニアパートナーであるアヒム・ベルク氏は語った。

「中東は、日照、優遇税制、強固なインフラを備えたセーフヘイブン(安全な場所)としての地位を確立してきた。しかし、観光客の流入は極めて重要だ。旅行者が来なくなれば、ラグジュアリー業界に即座に影響が出る」と同氏は述べた。

モール中心の販売モデルと紛争による店舗・客足への影響



安全性は、湾岸地域のリテーラーやモール運営者にとって喫緊の優先事項となっている。この地域では、UAEのような経済が外国人労働力に大きく依存している。

政府筋によると、アラブ首長国連邦とカタールでは移民が人口の約85〜90%を占めており、同地域のラグジュアリーモール・エコシステムを支えるリテール、ホスピタリティ、観光産業の多くを担っている。

欧州や米国とは異なり、湾岸地域での高級品の購入は、ほぼすべて大型ショッピングモールになる。ドバイモール(Dubai Mall)は総面積で世界最大のショッピングモールとして広く知られ、数百の高級ブティックを擁し、エマール・プロパティーズ(Emaar Properties)が運営している。

アブダビでは、ザ・ガレリア・アル・マリア・アイランド(The Galleria Al Maryah Island)が高級店エリアの中核を担い、ガルフ・リレイテッド(Gulf Related)が管理している。

ほかの主要なデスティネーションとしては、マジッド・アル・フタイム・グループ(Majid Al Futtaim Group)が運営するモール・オブ・ジ・エミレーツ(Mall of the Emirates)や、同地域で最近開発された施設のひとつであるプラス・ヴァンドーム・モール(Place Vendôme Mall)がある。

この1週間のソーシャルメディアの動画はほとんど人のいないドバイモールを映し出していたが、全体として、アブダビのソーシャルメディア映像は限られていた。

アブダビはミサイル攻撃に対処しており、3月12日時点でも建物への攻撃が続いている。

当初の激化から数日のあいだに、複数の国際的な小売業者が湾岸諸国で一時的に店舗を閉鎖したとロイター(Reuters)が報じている。

ケリングは3月2日、UAE、クウェート、バーレーン、カタールの店舗を閉鎖したと発表し、LVMHのブランド店舗も同地域で一時的にブティックを閉じた。ラグジュアリー以外では、Appleやエイチアンドエム(H&M)などの企業も当初の混乱時に店舗運営を一時停止した。

この地域のモールは高級ブティック、レストラン、エンターテイメント施設を組み合わせており、観光とハイエンド消費の中心的なハブとなっている。結果、高級ブランドはこの地域に多額の投資を行ってきた。

バーンスタインによると、ディオール(Dior)やグッチ(Gucci)などのブランドはそれぞれ中東に約20の販売拠点を持ち、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)やプラダ(Prada)などのブランドはモールや空港の拠点を含む広範な小売ネットワークを維持している。

しかし、このモデルは客足に依存している。「客足が減れば、システムは機能しなくなる」とベルク氏は語った。

客足減少でも需要は維持。リモート販売と顧客関係にシフト



初期の兆候から、特にカタール、クウェート、バーレーンなどの市場で、同地域の一部で店舗の客足が鈍化していることを示唆している。それでも、高級品への需要は完全に消滅したわけではない。

「私が聞いているところでは、ブランドはコロナ禍に対応していたような形式に移行し、顧客への働きかけやリモート販売に注力している。店舗の客足はゼロには程遠く、売上の落ち込みはおそらく20〜30%程度だろう」とソルカ氏は語った。

モンクレールは、ドバイモールの旗艦店を含む中東に3店舗を運営しているが、モンクレールのチームとの通話に基づくバーンスタインのメモによると、店舗の客足は減少したものの激減はしていない。

現地チームは需要を維持するため、顧客一人ひとりに個別にアプローチしたり、臨時の顧客対応を行ったりする方向にシフトしている。バーンスタインによると、同地域はモンクレールの売上の約2%、ストーンアイランド(Stone Island)の約1%を占めている。

「客足が鈍化すると、ブランドは顧客との個人的な関係により依存するようになる。中東のラグジュアリー市場はそれを常に得意としてきた」とベルク氏は語った。

Glossyへの声明のなかで、シャルーブ・グループ(Chalhoub Group)はリスク・危機管理委員会が発動されたと述べ、同社の優先事項は「事業継続を維持しながら、社員の安全と福利を守ること」であるとした。

ただし、同社は紛争の潜在的な商業的影響についてはコメントをしなかった。ケリングとマジッド・アル・フタイム・グループもこの件へのコメントを控えた。アラブ首長国連邦の政治情勢に関する公のコメントも制限されている。

UAE法は政府、王族、国家機関への公の批判を禁止しており、ドバイやほかの首長国での公の発言やメディアのコメントに対して厳格な規制を設けている。

中東市場の重要性と今後の最大リスクは「長期化」



現時点では、多くの高級ブランドの企業幹部がまだ状況を見極めている段階だ。

今後数週間のあいだに各ブランドが決算報告を開始するなかで、アナリストはLVMH、ケリング、リシュモンなどの企業が、「今回の紛争が観光、店舗への来客数、売上にどのような影響を与えているか」について、より詳細な情報を提供すると予想している。

中東は世界のラグジュアリー需要に占めるシェアが比較的小さいにもかかわらず、同地域の最近の成長がそれを特に重要なものにしたとベルク氏は語った。

「世界市場の約5%にすぎない。しかし、成長していたのはその5%だったのだ」と同氏は述べた。

だからこそ、業界は注視しているのだ。

「これは明らかに地元企業にとって厳しい打撃だ。しかし、高級ブランドにとってより大きな問題は、それがどれくらい長く続くかである」とベルク氏は語った。

[原文:Luxury Briefing: ‘Clients have paused on purchases,’ as Middle East conflict slows mall traffic]

Zofia Zwieglinska(翻訳、編集:藏西隆介)