震災で紙おむつが消え、目覚めた「家事オタク」。布おむつ開発のため乳児抱え韓国へ飛んだ「ママ社長」の突破力
「1枚20円のおむつをケチる自分が、どうしても許せなかった」。15年前の3月11日。紙おむつが消えた街で、ひとりの母親の「家事オタク」としての本能が目覚めました。(株)Heulie(ユーリエ)代表・平島利恵さん。震災による物資不足をきっかけに、布おむつが持つ合理性に気づき、生後間もない乳児を抱えて単身韓国の工場へ乗り込む──。周囲を驚かせた凄まじい突破力は、いかにして生まれたのか。1日2時間の労働で月商300万を叩き出した逆算の戦略と、4児の母となった今、彼女が「頑張りすぎる自分」を捨てて手に入れた、家族との心地よい距離感について訊きました。
【写真】「配色がかわいい!」平島さんが海外に渡ってまで作った「布おむつのイメージを覆す」商品(全16枚)
中2で主婦雑誌を愛読。効率化に没頭した「家事オタク」の原点
── 平島利恵さんは2012年に布おむつ専門の販売会社を立ち上げ、その後、つけ置きするだけで赤ちゃんのうんち汚れや血液が落ちる洗濯洗剤「Rinenna(リネンナ)」を開発されました。昔から「自分の会社を持ちたい」という思いがあったのでしょうか?
平島さん:父が会社を経営し、母が家事と仕事を両立しながら支える自営業の家で育ちました。母が忙しく立ち働く背中を見ていたので、私にとって家事を手伝うのは当たり前の環境でしたね。
決定的だったのは中学2年生のとき。初めて買った雑誌が、洗濯特集の組まれた主婦雑誌だったんです。どう効率よく家事をこなすか工夫するのが楽しくて。高校生のときには一通りの家事をマスターしていました。
震災が変えた価値観「1枚20円」をケチる自分からの解放
── 震災による紙おむつの品不足が、大きな転機になったそうですね。
平島さん:東日本大震災が起きた当時は神奈川県に住んでいて、1人目の子どもを産んだばかりでした。震災後、あっという間にトイレットペーパーや日用品が買えなくなり、産後2か月の赤ちゃんを抱いてドラッグストアを回りましたが、どこを探しても紙おむつがない。それで、仕方なく、スーパーの棚の隅に残っていた布おむつを買ったのが始まりでした。
── もともと布おむつ派というわけではなかったんですね。
平島さん:はい。でも、使ってみたら驚くほど快適だったんです。それまでの私は、1枚20円ちょっとの紙おむつを替えるのがもったいなくて、おしっこ1回くらいなら…とケチっていました。布おむつなら洗えばいいだけ。ストックが切れる恐怖からも、「ケチな自分」からも解放され、赤ちゃんの変化に気づける心の余裕が生まれたんです。
「ないなら作る」生後数か月の乳児と韓国へ強行突破
── そこから、なぜ自分で会社を作り、販売まで手掛けることに?
平島さん:気に入った布おむつが世の中になかったからです。私が買ったのは「輪おむつ」という長いさらし布を縫った昔ながらの布おむつでしたが、脱水時に洗濯機の中で絡まるので、そのたびに蓋を開けて、濡れた重い布おむつをほどく必要がありました。また、おむつカバーのサイズがうちの子には合わず、すぐにサイズアウトしてしまうのもストレスでした。デザインがかわいくて便利な布おむつとフリーサイズのおむつカバーがあれば、他のママたちも喜んでくれるのでは?と。でも国内に工場が見つからない。じゃあ海外だと。
2012年、生後間もない赤ちゃんを抱えて韓国へ飛びました。海外のECサイトで見つけた下着メーカーに「これを作りたい!」と直談判しに行ったんです。女性社長が私の思いを応援してくれて、少量生産を引き受けてくれました。あのとき、自分の目で工場を見て、現地の方と直接交渉できたことが、安心して「布おむつ屋さん」を始める土台になりました。
1日2時間労働で月商300万。ニッチ市場を「逆算」で攻める
── 起業直後、育児をしながらの運営は相当ハードだったのでは?
平島さん:夜、子どもを寝かしつけてから1~2時間しか仕事ができませんでした。でも、布おむつユーザーは100人に4人程度、当時で約4万人とニッチな世界。ライバルが少ないから主婦でも布おむつ屋ができたんです。
「保育園の入園準備」という需要の山を逆算して、機能をアップデートしたモデルを投入したら、最高月商が300万円に達しました。売り上げはただの数字ですが、それは自分の価値観を変えた「理想の布おむつ」を、同じように求めていた人が多く、必要な人たちに届いたことのあかし。家事や育児をこなした後に、寝る間を惜しんで削り出した1~2時間の積み重ねが目に見える結果となり、報われました。
「5分で終わる仕事」をあえて捨てる。4児の母が辿り着いた「ハッピーの仕組み」
── 現在4児の母。お子さんは全員、布おむつで育てたのですか?
平島さん:はい。紙おむつと併用する子もいましたが、2人目は完全に布おむつです。ただ、おむつ替えが頻繁な新生児時代や夜中は紙おむつを使ったほうがラクでいいと思うし、布おむつや洗濯洗剤を売っているから絶対にずっと布おむつを使ってほしい、とは思っていないです。お母さんがストレスなく暮らせるのが、子どもにとって一番いい環境なので。
── 4人のお子さんを育てながら会社を経営するために、心がけていることはありますか?
平島さん:以前は全部ひとりで頑張ろうとしていましたが、その考えは捨てました。「自分でやれば5分で終わるけど、人に教えれば30分かかる」。そう思うとつい自分で抱え込みがちですが、30分かけてでも、自分以外の誰かができるように仕組みを作る。
自分にしかできないこと以外は、思い切って手放す。その結果、自分も、家族も、スタッフも、みんながハッピーになればいいなと思うんです。震災から15年、紆余曲折を経て辿り着いた、私なりの「母として、社長として、走り続けるための答え」です。
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「人に任せるより、自分でやったほうが早い」。一見、責任感が強く見えるその姿勢は、時に自分自身を、そして周囲の笑顔を奪ってしまうことがあります。
震災の混乱から、4人の子の母、そして社長へと駆け抜けた平島さんの軌跡は、正解のない時代を歩み続けるには「まず自分の両手を空けること」の大切さを物語っています。あなたは今日、本当は誰かを頼ってもいいはずの苦労を、ひとりで抱え込んでいませんか?
取材・文:富田夏子 写真:平島利恵

