南極生まれの人が11人いるらしい。どんな理由で?
南極は、人を寄せ付けない厳しい環境です。
オキアミをはじめ、氷点下の世界でも生きられるユニークなライフスタイルを持ったペンギンやアザラシ、クジラといった限られた生物が生息していますが、彼らだって本当に快適に暮らしているのかは分かりません。ペンギンなんか、本当に大変そうに見えます(彼らがそれを大変だと思っているかは分かりませんが)。
そんな南極は、私たち人間にとって、気軽には踏み入れられない場所です。しかし、そこで出産していた人がいると言ったら、どうでしょう?
実はこれまでに、11人が南極で生まれています。
なんのために? 国籍はどうなるの? いつ生まれたの?
科学メディア「IFLScience」が、その疑問をひもといています。
南極で生まれたら、国籍はどうなる?
世界には「生まれた場所」で国籍が決まる国も少なくありません。では、人生のスタート地点が南極だった場合、どうなるのでしょうか。
激レアなパスポートがもらえるのか、それとも「南極人」を名乗れるのか。つい想像してしまいますよね。
実はこの疑問、かつてはかなり現実的なテーマでした。1970年代から80年代にかけて、一部の国々は「南極で生まれた人間が領有権の主張に使えるのではないか」と、本気で考えていたのです。
「人がいない大陸」は誰のもの?
南極は、先住の人類が存在しない唯一の大陸です。極寒、強風、危険な海に囲まれたこの場所は、人が住むにはあまりにも過酷です。しかしその一方で、植民地主義と探検の時代だった19世紀以降、多くの国がこの氷の大地に目を向けてきました。
第二次世界大戦後、こうした緊張を避けるために結ばれたのが、1959年の南極条約です。この条約によって、すべての領有権主張は凍結され、南極は「平和的な科学研究のためだけの場所」と定められました。
それでも、南極に近い国々、特にアルゼンチンやチリなどは、強い関心を持ち続けていました。中でもアルゼンチンは、「自分たちこそが最も正当な権利を持つ」と考えていたのです。
出産したら領土を主張できるのか
1970年代後半、アルゼンチンは軍事独裁政権下にあり、国際社会での存在感を高めることに躍起になっていました。そこで考え出されたのが、南極で人を生ませるという方法です。
1977年末、アルゼンチン政府は、臨月間近の女性を出産のためだけに南極の基地へ空輸しました。そして1978年1月7日、アルゼンチンのエスペランサ基地で生まれたのが、エミリオ・マルコス・パルマです。彼は、記録上初めて南極で生まれた人類となりました。
その後も、南極では合計11人の赤ちゃんが生まれています。いずれもアルゼンチンかチリの両親を持つ子どもたちでした。
とはいえ、こうした試みによってアルゼンチンやチリが南極を自分たちの植民地や領土にすることはありませんでした。法的な影響はほとんどなかったのです。国際法上、南極で生まれたからといって国籍が与えられることはなく、11人の赤ちゃんは全員、両親の国籍を引き継いだだけ。また、危険な基地に妊婦を送り込む行為は、国際社会から見ても説得力に欠けていました。そのため、こうした試みは1985年が最後で、それ以降行われていません。
ちなみに、南極で生まれた11人の赤ちゃんは無事に成長しました。早い段階で母子共に本国に戻り、その後は他の子どもたちと同じように幼稚園や学校に通ったそうです。でも、南極生まれという履歴は、かなりパンチがありますよね。
Soure:IFLScience

