セックスレスでも子どもがほしい…「次の相談」への夫の反応に愕然。私が妊活をやめた日
日本では5組に1組が不妊に悩み、50万人近くが不妊治療を受けていると言われています。イラストレーターのオヨネさんもかつて、その1人でした。 今回は、体外受精の末、2人の子どもを出産後の育児にまつわるエピソードです。

1人目のときはワンオペ育児だった
不妊、セックスレス、体外受精…さまざまな困難を乗り越えて、なんとか2人の子どもを授かれた私たち夫婦。2人目の出産もなんとか終え、2人育児に明け暮れる日々が始まりました。
その後のわが家がどうなったかと言うと、メガネ(夫)が育児にめちゃくちゃ参加するようになりました。というよりもう全部任せました。
1人目を育てているとき、メガネ(夫)は絶賛ブラック企業勤務。家にはほぼおらず、私がメインで育児を担当。
「しんどいな〜」と思いつつ、「こんなにかわいい時期を見られないのももったいないな〜」とも思っていました。初めてのおすわり、発語、タッチやあんよ。夫婦で一緒に喜びを分かち合いたかったですが、彼が家にいる時間はとても短く、週末に会えたらラッキーという程度でした。
しかし、週末は疲れ果てており、体を休めるのが優先。家族のために働いてくれているとはいえ、子どもと交流が少ないので、子どものあやし方や緊急時の対応なども全然わかっていないようでした。
私も初めての赤ちゃんだったので、俗に言う「ガルガル期」だったのでしょう。頼りない夫に赤ちゃんをまかせるのはイライラ、ハラハラしてしまい、あまり頼れない状態でした。
2人目は「夫に任せる育児」に挑戦!

そんななか、メガネ(夫)がホワイト企業に転職。さらにコロナ禍もあって、在宅勤務にきり替え。家族で過ごす時間が一気に増えました。1人目のお世話やケアも大変だったので、「これはもう、2人目の育児は任せてしまおう!」と決意。
もちろん在宅とはいえ、メガネ(夫)の仕事時間は、子どものお世話や家事は私がすべてしましたが、朝や仕事終わり、週末のオムツ替え・お風呂・お出かけ準備などは、全部メガネ(夫)担当に。
最初は、ポンコツ育児炸裂。私も1人目のときはそうでした(今も絶賛ポンコツですが)。メガネ(夫)もお出かけの際に着替えやオムツ、おしりふきを忘れる、子どもの水筒を忘れる…そんなミスを連発。
1人目のときの私だったら「もっとしっかりしてよ!」とイライラしていたでしょうが、2人目ともなると「まぁ、忘れたら忘れたで、なんとかなるやろ」と悟りを開いていました。
コンビニにもオムツは売っているのです。缶入りの即席ミルクだってあります。なんとかなります。失敗して覚えてもらう作戦にきり替えたのです。
遅くきた、夫の成長期

そうしたら、なんということでしょう。
あんなに頼りなかったメガネ(夫)が、気づけば子どものお世話が上達。以前は、夫婦というより「会話なし・セックスなしのシェアハウス状態」だった私たちでしたが、育児を通して少しずつ協力し合い、「2人で子どもを育てるぞ!」という意識が芽生えたのか、メガネ(夫)も以前より頼れる存在に成長していました。
「3人目、どう思う?」と夫に聞いてみた

元々、子どもは3人欲しかった私。体外受精のときに凍結した受精卵がいくつかあり、それをどうするかめちゃくちゃ悩みました。
1年ごとの更新に数万円かかるし、年齢的に出産もどんどん大変になっていく。産むかわからない卵に何年も数万円も払い続けるのかと、ものすごく葛藤しました。
そこで「3人目を欲しいんだけど、どう思う?」とメガネ(夫)に相談したら、「2人で金銭的にいっぱいいっぱい。君が月100万くらいコンスタントに稼げるなら可能性はあるかもしれない」とのこと。
…月100万!? メガネ(夫)より多いのでは? 大袈裟に言ったんだろうとは思いますが、収入がもっとあったら3人産めていたかもしれないと思うと、とても残念です。
一瞬なんとかならないかと仕事をがんばってみましたが、自分にはやはり無理でした(笑)。がんばっているうちに自分が出産できるであろう年齢を超えてしまっていたのです。
40代に突入し、2人の子どもも少し成長した今、「この2人をもっともっと大切に育てよう」と決意。毎日がドタバタだったのもあり、少しずつ3人目どころではないのかも…とも思い始めました。
最後の望みだった受精卵(しかも、今より若かった頃の私の卵!)ではありましたが、私たち夫婦にとっては、2人が限界だったのかもしれません。セックスレスから2人授かったのですから、ありがたいことです。
ということで、3人目はあきらめましたが、育児はまだまだ続く! これからも夫婦で協力しながら、なんとか乗りきっていきたいと思います。
