2025年2月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト5をお送りします。ビジネス部門の第3位は――。

▼第1位 フジテレビと共倒れ…「スポンサー離れよりずっと深刻」いまテレビの現場で起きている「負のスパイラル」
▼第2位 なぜ「セブンの一人負け」が起きているのか…客数減でも好調なファミマとローソンとの明暗を分けた本当の原因
▼第3位 日本酒の美味さは「いい米」でも「いい水」でもない…JALの提供酒に選ばれた酒蔵が「1日10回」必ずやっていること
▼第4位 「日産解体」が現実味を帯びてきた…「ホンダの子会社」という大チャンスを自ら捨てた日産を襲う最悪のシナリオ
▼第5位 生まれ持った才能でも努力でも熱意でもない…名経営者・松下幸之助が語った「私が成功したたったひとつの理由」

茨城県の太平洋沿岸に、創業150年超の酒蔵「森島酒造」(日立市)はある。看板商品の『森嶋』が日本航空(JAL)の国際線ファーストクラス提供酒として採用されるなど品質が高く評価されているが、日本酒の命ともいえる水は海沿いを流れる井戸水と一部に水道水も使っている。「東京のど真ん中であってもうまい酒はつくれる」と断言するオーナー兼杜氏の森嶋正一郎さんに、ライターの笹間聖子さんが迫った――。
撮影=プレジデントオンライン編集部
「『おいしいお酒』とは、『おいしくない味がない』こと」だと語る森嶋正一郎さん。雑味の原因を排除するためにやったことは――。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■海の目の前に建つ異色の酒蔵

日本酒の味は、水に大きく左右されると言われる。適しているとされるのは、伏流水や雪解け水だ。山地に降った雨や雪が地中に染み込み、地層に沿って流れる水だ。それらの水は地層によって濾過され、土壌のミネラル分を取り込む。カリウムやリン酸、マグネシウムを含む、酒造りに適した水質になっていくのだ。

ここまで読んで、酒蔵のある街をイメージしてほしい。「雪深い里山の麓、清水がたどり着く自然豊かな農村」みたいな風景を思い浮かべてはいないだろうか。実際、そんな風景のある東北は酒所として有名だ。

だが、取材に訪れたのは茨城県日立市。明治後期に日立鉱山が拓かれて以来高度経済成長の波に乗り、全国でも有数の工業都市として発展を遂げた海辺の街だ。しかも森島酒造があるのは、太平洋に面する川尻海水浴場からわずか70歩。潮風が漂い、髪が塩気を帯びるロケーションである。

■「東京のど真ん中でもうまい酒はつくれます」

もちろん、森島酒造で使っている仕込み水は塩水ではない。海のそばギリギリにある井戸から汲む硬水だ。岩盤を通り抜け、ミネラルを溶かし込んだ伏流水ではあるが、「仕込み水に最適か」というと、そうではないという。加えて発酵時の冷却のために1割ほど、水道水で作った氷も使っているそうだ。

「条件が不利だ」と思うかもしれない。しかし同酒造の酒は、日本航空(JAL)と取引している酒販売店から推薦を受け、2018年に国内線、2023年には国際線ファーストクラスの提供酒に採用された。「南部杜氏自醸清酒鑑評会・吟醸酒の部【首席】」「同純米酒の部【首席】」「全国新酒鑑評会【金賞】受賞16回」など、華々しい受賞歴も誇る。その人気から製造量を年々増やしたが、ついに「製造できる限界の量」に達してしまい、現在は1年先まで予約完売の状況だ。

なぜ、水に左右されずにそこまでうまい酒がつくれるのか。そう尋ねると森嶋さんは、「条件のあまり良くない水でも、東京のど真ん中でも、蔵元の工夫ひとつでうまい酒はつくれます」と言い切った。

■データで“匠の技”を可視化する

森嶋さんは1975年、蔵の向かいにある実家で長男として生まれ、「150年以上続く酒蔵の跡継ぎ」として育てられた。といっても酒造りは仕込みをする冬のみ、外部の「杜氏集団」に委託するのが習わしだった。だが、父で社長の森嶋鎮一郎さんの、「うちみたいな小さな蔵はお前が酒造りをできる体制でないと、杜氏を招く力がなくなったときに生き残れない」という勧めを受け、東京農業大学に進学して発酵を学ぶ道へ。その後、滋賀県の酒造で修行し、佐賀県の伝説的な杜氏にも師事したという。

そんな森嶋さんの酒造りの特徴は、徹底したデータ管理だ。たとえば、もろみの発酵温度、麹をつくる温度、米を蒸す前に水に吸わせる際の米と水の割合など、数値を取れるものはすべて取り、細かく記録している。回数も頻繁だ。もろみの発酵温度の計測は他に行っている蔵もあるが、1日1回、多くとも2回までのところがほとんどだという。しかし森島酒造では1日3回、朝・昼・晩と行っている。

撮影=プレジデントオンライン編集部
森島酒造は、日立市の海まで「徒歩70歩」の距離にある。取材当日は潮風が強く吹いていた - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■計測はなんと「紙とペンと定規」

また、1日1回はもろみのアルコール度、日本酒度、酸、アミノ酸、グルコースの量と見た目、味を組み合わせて分析する。これらの結果をもとに、緻密に温度や素材の量を調整していくのだ。酒が完成した後にもデータをとる。

なぜなら、10本タンクを仕込んだら、10本それぞれに少しずつ違う。配合も状態も。そのため全部のタンクを数日かけて利き酒し、味を記録するのだ。このとき、「5番目のタンクが一番おいしい」となったら、それを次の酒造りに生かしている。

意外だったのが、このデータ計測はすべてアナログ、帳面に手書きで行うことだ。分析時は定規でグラフも引くという。「手のほうが速いし、たとえば3年分のグラフを照らし合わせるときに、パソコンの画面よりもノートを並べたほうが比べやすい」というのがその理由だ。

提供=森島酒造

ときには、材料である米の出来・不出来で硬さや状態が前年とまったく違う場合もある。そんなときに約10年分の帳面を引っ張り出し、照らし合わせて、「何年前に似ているかな」「こっちの配合で行こうかな」と足したり引いたり、融合しているという。

「発酵の管理方法は人によってさまざまだと思います。肌感覚も非常に大切ですが、僕は数字が好きなので、数字でも追っています。そして、スタッフにもなるべく数値で伝えるようにしています。誰がつくっても凹凸がなくストライクゾーンに入る、再現性の高い酒造りを目指しているのです」

■水道水の氷を使っても味は落ちない

設備投資にも力を入れている。森嶋さんが杜氏に就任後、発酵の大事な要素である、温度管理が徹底できる環境を整えたのだ。「理想の味を追い求めるうちに、気がつけばほとんどの設備を入れ替えていた」と振り返る。1869年創業の森島酒造150年の歴史のなかでも、最大規模の投資だったそうだ。

なかでも大きな役割を果たしているのが、材料を合わせて酒を仕込む「サーマルタンク」だ。元はホーロータンクだったが、高額なサーマルタンクを15年かけてコツコツ買い足し、現在はすべての酒をこちらで仕込んでいる。ガスで内部温度をコントロールし、発酵度合いを調節できるからだ。予定外の発酵で味が重くなったり薄くなったりするリスクを軽減し、狙った味に持っていきやすいのである。

撮影=プレジデントオンライン編集部

「発酵って“切り立った山の尾根を登っている”イメージで、温度が高すぎても低すぎても目指した味から転がり落ちてしまいます。転ばないよう踏みしめる足がかりが、精密なデータであり徹底した温度管理なんです」

驚いたのだが、夏の暑い時期に温度が上がり過ぎると冷却ガスでは追いつかず、タンク内に水道水で作った氷を入れて冷やすこともあるという。水道水を使って大丈夫なのだろうか。

「水道水を入れると味が落ちると思われがちですが、人が飲める基準を満たした安全な水です。味に影響はありません」と森嶋さんはきっぱりと言う。塩素臭はあるが、それも、酒造りでは発酵するうちに気化して塩素が飛ぶので問題がないそうだ。

■酒蔵内を歩いても「日本酒の香り」がしないワケ

発酵過程で生まれる香味を気化で逃さず、酒のなかに閉じ込めるための工夫も行っている。まず、発酵を終えたもろみを搾る自動圧搾機を、冷蔵室の中に設置。そのなかで搾った酒を、再び、温度コントロールが可能なサーマルタンクへホースで送る。このタンクから瓶詰めされ、冬の間は生で、それ以外の季節は蓋をした瓶のまま燗して出荷するのだ。

撮影=プレジデントオンライン編集部
発酵過程で生まれる香味を気化で逃さない工夫を凝らしたことで、酒蔵内は日本酒特有の香りがなかった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

このように気化を防ぐことで、搾った後も、自然な香りとベストな味を保ったまま、フレッシュな状態で客へ届けられる。

気化がない、という話にハッとしたのだが、たしかに森島酒造の蔵では、搾り機のある冷蔵庫に入るまで、日本酒の蔵で香る、ほの甘い香りを感じなかった。冷蔵庫内の香りは、搾った際に飛んだ飛沫の香りが数年染みついた結果だそうだ。これこそ、香りをほとんど逃さず瓶の中に残せている証拠なのだろう。

■おいしさのために「1日10回」やっていること

森嶋さんにとって、もうひとつ酒造りに欠かせない意外なものがある。掃除だ。とにかく汚れたらなるべく早く掃除、ゴミは直ちにゴミ箱へ。そして、1つの工程を終えた後も必ず掃除をする。合計で毎日10回以上、造り手全員で掃除をするそうだ。

とはいえ、特殊な内容ではない。タンクはデッキブラシやスポンジブラシで汚れを残さずブラッシング。床は、ほうきで掃く。お米がほうきにくっついたり飛んでいきやすかったりするため、何度も同じところを掃いて「米を取り切る」のが大事だという。残ると人が踏んでしまうからだ。もろみや酒などもそうだが、人が踏むと靴の裏について、歩くたびに汚れが広がってしまう。それを最小限に抑えるため、マメに掃除するのだ。

撮影=プレジデントオンライン編集部
150年続く酒蔵だが、中はとても清潔に保たれていた - 撮影=プレジデントオンライン編集部

目標は、握り寿司を落としても拾って食べられるレベル。「でもそれを言うとみんな辞めてしまうので、笑い話程度に伝えています」と苦笑する。

掃除に加えて、そもそも、こぼさない工夫もしている。新人には各工程を実演して見せ、「お米を水につけるときは、はじめはゆっくり、後からスピードをあげて、またゆっくり」などと細かく指導する。汚れなければ、掃除が減って作業も早く終わる。それが理想だからだ。

■「おいしいお酒」とは、「おいしくない味がない」

そこまでするほど、清掃と酒のおいしさには関係があるのだろうか。森嶋さんは、「おいしいお酒とは、“人がおいしくないと感じる味がない酒”なんです」と説明する。「おいしくない味」はどこからくるのかというと、非衛生的な部分なのだと。

たとえば天井から埃が落ちて、そのなかの微生物が繁殖してしまったりすると、「おいしくない味」が生じる。なにかすっきりしない、キレが悪い、喉にひっかかる酒になるそうだ。繊細な人間の舌は、「おいしくない味」を敏感に感じてしまうのだ。

森島酒造もかつて掃除が徹底できていなかったときは、酒の味が垢抜けなかったそうだ。ひと皮、ふた皮剥けない。売れている全国の酒と飲み比べたときに、「なんだか田舎っぽい味」がしたという。あるとき、垢抜けた酒造りをする蔵を見せてもらって、隅々まで掃除が行き届いていることに驚いた。

「いくらいい米を使っていても、作業するのは人であり道具、機械です。汚いと雑菌を持ち込んでしまう。使用している道具まですべて衛生的でないといけないと知りました。そういう基本が成功につながるのは、どんな酒、仕事にも共通することだと気が付いたのです」

写真提供=森島酒造

それまでは作業に追われ、掃除は「ついで」や「時間があるとき」になりがちだった。そこで、掃除時間を作業時間内に細かく設定したという。人員も増やし、余裕をもって掃除の時間が取れるよう、少しずつ試行錯誤して清掃習慣を構築した。今ではかなり余裕をもって掃除ができるようになり、他の酒造で働いた経験がある従業員からは、「ここまでやっていてすごい」と「ここは掃除が大変」、両方の声が聞かれるという。

■石造りの酒蔵が廃業寸前に追い込まれた日

徹底したデータ管理と温度コントール、そして掃除。森嶋さんのこだわりが随所に詰まった酒造りだが、現在のスタイルになったのは2011年、東日本大震災がきっかけだった。震度6強の揺れで、蔵が大きな被害を受けたのだ。森島酒造の蔵は珍しい石蔵だ。太平洋戦争で空襲を受けた際、日立の軍需工場のもらい火を受けて全焼したため、祖父が「焼けないように」と栃木県から大谷石を買い付けて建てたそうだ。

大谷石は外気を遮断して、蔵内を真夏でも30℃以下に保てる利点がある。だが鉄筋が入っていなかったため、甚大な被害が出てしまった。多くの場所にひびが入り、天井近くの隙間から朝日が射し込んだという。

その頃の森嶋さんは、2006年に茨城県出身者として初の南部杜氏資格に合格を果たし、跡継ぎとして蔵の未来を模索していた。というのも、酒蔵のあり方が2000年代に入り、大きく変化していたからだ。外部から「杜氏集団」を呼んで酒造りをしてもらうのではなく、蔵元自らが杜氏となる潮流が全国ではじまっていた。森嶋さんも、自らが杜氏になる必要性を感じはじめた、その時期の震災だった。

復興には巨額の投資が必要と建設業者に告げられ、蔵に射し込む朝日を呆然と見ながら、移転や廃業も考えたという。だが、悩んだ末に継続を決断した。

撮影=プレジデントオンライン編集部
蔵を支えていた石の多くが割れたり、ひびが入ったりしてしまった。一石ずつ修繕しながら、「覚悟を決めた一杯」をつくろうと考えたという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■150年の歴史で初めて「オーナー兼杜氏」に

「これまで私たちは、お酒を飲んでくれている地域の人たちに支えられてきました。そんな人たちが多かれ少なかれ被害を受けて、気を落としている。うちが廃業したらもっとがっかりするのでは。なるべく火を絶やさずに復興して、励みになりたいと思ったのです」

だが、修理には莫大な費用がかかる。ならば覚悟を決めて自分が杜氏として一旗上げよう。人生を賭けて、蔵の代表銘柄『富士大観』に並ぶ新ブランドを生み出そう――。そう決意して2015年、森嶋さんは杜氏に就任する。オーナーが杜氏に就任するのは150年の歴史のなかで初めてのこと。大きな転換期だった。重責を背負って、新ブランド作りが始動した。

森嶋さんが目指したのは、少なくとも30年間は愛される、飽きのこない味わいとラベルデザインだ。「失敗したら酒造りをやめよう」と退路を断ち、かけた歳月は中身に10年、ネーミング、デザインに5年。じっくりと丁寧に作り込んでいった。

10年の内訳はこうだ。まずは、自分が飲みたい酒を整理するのに3年をかけた。どんな味をつくるか。井戸で汲み上がる、ミネラリーで硬度が高い水をどう生かすのか。考えはまとまらず、とにかく、数多くの蔵の酒を飲み比べて経験値、引き出しを増やした。「本当に自分が好きな味」「据(す)わりがしっくりくる味」を模索していったという。

撮影=プレジデントオンライン編集部

■酒造りには“ビジネススキル”も欠かせない

ようやく味が決まってからは残りの7年を、その味を実現するための冷蔵設備の導入と麹、もろみ、酒母づくり、温度調整に費やした。というのも、酒造りは気候的に1年に1回しかできない。毎年味はグレードアップしたが、完成までは歳月が必要だったのだ。

それと同時に、蔵の中を見せてもらえそうな蔵元にお願いしたり、電話で酒造りについて聞いたりもしたそうだ。取引のある大手酒販店にも尋ねた。

「蔵の命ともいえる酒造りの技をどう聞き出すかは難題でした。真正面から聞いても、『なんでお前に?』と言われてしまいます。教えてもらえる人間関係を築きながら、『ポロッと答えたくなるいい質問はどんなものか』を考えに考えたのです。相手の雰囲気を見ながら、ときには杯を酌み交わしながら、深い話を聞いていきました」

掃除の大切さもこの時期に知ったことだ。ひとつひとつ知識を呑み込んで咀嚼し、実践に活かしていった。

他方、新ブランドのネーミング、ラベルデザインでは、まず、覚悟の証として自身の名前『森嶋』の名を冠した。次にキャッチフレーズとして、「一石投じる一杯を」が採用された。ブランディングとデザインを担当した「TRUNK」の笹目亮太郎さんは、その理由をこう語る。

撮影=プレジデントオンライン編集部
「一石投じる一杯を」というメッセージは、サーマルタンクにも一つずつ刻印されている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■JALの提供酒にも選ばれた『森嶋』の味とは

「森嶋さんに、『なぜ酒造りをしているんですか?』と聞いたところ、『海のそばの工業地帯という不利な状況でも、うまい酒がつくれるんだと証明したい』という答えが返ってきたのです。もの静かな森嶋さんが秘める熱い想いに驚き、それをライターさんに形にしてもらった言葉が、『一石投じる一杯を』でした」

ラベルデザインはこのキャッチフレーズに呼応するように、震災で崩れ落ちた蔵の「石片」が採用された。実は、キャッチフレーズが完成した後に笹目さんが蔵を訪れた際に発見し、「困難を乗り越える不屈の姿勢」を込めるのにぴったりだと直感したそうだ。同時に、「海のそばではおいしい酒をつくれない」という固定概念を覆し、飲み手に、そして森嶋さん自身にも「一石投じる」姿勢を忘れずにいたいという想いも込められた。

こうした試行錯誤を経て、ついに誕生した新ブランドが『森嶋』シリーズだ。発売すぐに人気に火がつき、純米大吟醸酒(瓶燗火入れ)の『森嶋25+ SILVER』は、JALの国際線ファーストクラス提供酒として2023年12月〜2024年2月まで採用された。

提供=森島酒造
森嶋25+SILVER(純米大吟醸[瓶燗火入])。2023年12月〜24年2月まで、日本航空(JAL)国際線ファーストクラスで提供された。 - 提供=森島酒造

『森嶋』は5つの酒米を使い分けており、純米大吟醸2種、純米吟醸3種、純米酒1種を擁している。米や種類で味は少しずつ変わるが、基本の味は「フレッシュで軽快」。森嶋さんはこう説明する。

「ピチピチとした鮮度やハリ、ガス感とともに、透明感、飲みやすさ、控えめな香り、ほどよい酸味、適度な苦渋味があります。いずれも突出せず、バランスがいいのが特徴。最大のポイントは『モダンさとクラシック感が融合している』点にあります」

■流行っている「香りや甘み」は足さない

「モダンさとクラシック感の融合」とは、具体的に何を指すのか。因数分解してもらうと、

● クラシック=インパクトが強くないし、パンと華やかな香りが強いわけでも、ジューシーな甘みがあるわけでもない。しかし、硬さやミネラル感がある。

● モダン=フレッシュで軽快、ガス感がある。

だという。それが両立しているのが極めて珍しいのだ。

このような味わいが成り立つのは、「引き算の設計」によるものだそうだ。ここ数年注目される日本酒は、新開発のハイブリッド酵母や種麹を使って、華やかな香りや強い甘味、熟味を引き出したブランドが多い。しかし、そんな香りや甘みは足さない。あえて昔ながらの酵母と種麹で、「食事と一緒に堪能できる酒を目指した」のだという。

筆者も飲んでみたところ、最初にすうっと透明感を感じ、次にフレッシュなガス感とほどよい酸味が押し寄せ、最後に米の旨味がふわりと広がった。後口には、心地いい苦渋が残った。

ラベルをデザインした笹目さんはその味を、「酸味や後味にキレがあるので、料理を食べた後に飲むと、口の中を洗い流してくれます。リセットされて、次の料理が新たに食べ始められる。箸も杯も止まらなくなるお酒です」と表現した。すると森嶋さんは、「その苦渋を心地よい塩梅で留めるのに3年かかったんです」と苦労を滲ませた。

撮影=プレジデントオンライン編集部
森島酒造オーナーで杜氏の森嶋正一郎さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■酒の仕事とは「駅伝」のようなもの

こうなると酒呑みとして気になるのは、『森嶋』がどんな料理に合うかだ。だが森嶋さんは飲み手に自由に飲んでほしいため、「この料理に合う」とは発信していないという。あえて言うならと食い下がったところ、「個人的な趣向」と前置きしたうえで、「海のそばで作っているので、海の幸と相性がいいと思います」と教えてくれた。付け加えて、「ほとんどの和食に合いますが、洋食でもいいんです。正解はありません」とも。

データ分析、温度管理、掃除、味の追求……。ここまで森嶋さんのこだわりをたっぷり聞いてきたが、当然ながら酒づくりはひとりではできない。「酒づくりは駅伝だ」と森嶋さんは言う。約10カ月にわたり仕込み続け、途中で分業もしなければいけない。「自分の工程で順位(クオリティ)を下げないで、次の工程にたすきをつなぐ」仕事だと。その実現には、挨拶と、人の輪を大切にすることが最も重要だそうだ。

「いち作り手の前に、いち人間としてきちんとしていないと、長くおいしい酒づくりは続けられません。一時的につくれても、いつまでもずっとはつくれない。それよりも人としての人間力を高める行いを、日々積み重ねることが大事なのです」

撮影=プレジデントオンライン編集部

■今後の目標は「凡事徹底」

この考えの元になっているのは、かつて師事した佐賀の伝説的な杜氏が唱える「人の力と和の精神」だ。そこには、リーダーとしての統率力も含まれる。「厳しいだけでは人はついてこない。やさしさを持ってスタッフに接しなさい。家族と親を大切にしなさい。最終的に支えてくれるのは家族と周囲の人なのだから」と教えられたという。

一方で、順位(クオリティ)を下げないために、「やっつけにならない」時間配分も大切にしている。急ぐと「いい仕事」はできない。「米が落ちそうなときは慎重に、冷めてはいけないところはスピーディに」と、工程に合わせて「ゆっくり早く」なタイムスケジュールを組んでいるそうだ。

撮影=プレジデントオンライン編集部

心身ともに疲弊しそうな仕事だが、華々しい受賞歴やJALファーストクラスへの採用など、目に見える成果がランナーのモチベーションを高めている。

「成果が見えるからこそ日々、真剣に走ってくれるのだと思います。一生懸命掃除をしても結果が出ないと、モチベーションは下がります。みんなで積み上げた結果がでることでモチベーションが高まり、さらなる意識改革につながる好循環が生まれています」

森島酒造の酒づくりを知れば知るほど、「特別ではなく、当たり前の基礎を固めている」と感じた。去り際、森嶋さんに今後の目標を聞くと、「凡事徹底、日々ベストを尽くす」という答えが返ってきた。「どうすればおいしい酒ができるのか」という課題に、これからも一生をかける。

「今、この瞬間のお酒にとにかく向き合って、0.1mmでも前進を続けたいですね。酒づくりができることに感謝しながら」

(初公開日:2025年2月16日)

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笹間 聖子(ささま・せいこ)
フリーライター、編集者
おもなジャンルは「ホテル」「ビジネス」「発酵」「幼児教育」。編集プロダクション2社を経て2019年に独立。ホテル業界専門誌で17年執筆を続けており、ホテルと経営者の取材経験多数。編集者としては、発酵食品メーカーの会員誌を10年以上担当し、多彩な発酵食品を取材した経験を持つ。「東洋経済オンライン」「月刊ホテレス」「ダイヤモンド・チェーンストアオンライン」「FQ Kids」などで執筆中。大阪在住。
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(フリーライター、編集者 笹間 聖子)