もう「中国離れ」は止まらない…習近平の大誤算「途上国に見放された一帯一路」で"離脱ドミノ"がはじまった

■国際海運の要衝「パナマ運河」をめぐる米中の火花
北米・南米大陸間の“くびれ”を貫く、パナマ運河。ネオパナマックス級と呼ばれる最大幅49メートルまでの大型船舶が貨物コンテナを満載し、日々悠然と通り抜けてゆく。
1914年に開通した全長約80キロのこの運河は、太平洋と大西洋を結ぶ国際海運の要衝だ。南米の先端付近まで迂回するマゼラン海峡ルートに比べ、所要日数を2〜3週間減と大幅に短縮する。

巨大船舶の航行を見守りながら、関係者は運河の重要性を、フランスの国際ニュース局・フランス24に語る。「パナマ運河を経由する貨物の大半は、アメリカ発、かつアメリカ行きのものです。75%近くを占めますね」。アメリカの東西の海岸を結ぶ重要なルートとなっており、次いで大きな荷主が中国だという。
いま、この運河への影響力をめぐり、米中が火花を散らしている。アメリカが完成させた歴史上の経緯を念頭に、1999年にパナマへ移管する前と同様の支配権を取り戻したいアメリカのトランプ政権。対する中国の習近平国家主席は、巨額のインフラ投資を中核とする経済開発構想「一帯一路」を通じ、パナマを含む途上国への関与を強めようと意欲旺盛だ。
どちらも国策としてパナマ運河の覇権は譲れないが、ここへきて当のパナマが2月6日、一帯一路からの離脱を正式に宣言。離脱はイタリアに続く2カ国目となり、中国の構想に暗雲が差し始めた。
■南米初参加のパナマ、「一帯一路は利益に適わない」と方針転換
香港のサウスチャイナ・モーニングポスト紙は2月、パナマが中国の一帯一路構想からの離脱を正式に表明したと報じた。パナマは2017年、台湾との断交と同時に中国と国交を樹立し、ラテンアメリカで初めて一帯一路に参加した。今回、大きな政策転換に踏み切った形だ。
パナマのホセ・ラウル・ムリーノ大統領は記者会見で、一帯一路構想に対する不満を露わにした。「そもそもなぜこの協定に署名したのか、その意図すら理解できない」と語るムリーノ氏。「これまでパナマに何か具体的な利益をもたらしただろうか。一帯一路構想による目に見える成果は何一つない」と述べる。
離脱表明は、アメリカのマルコ・ルビオ国務長官がパナマを訪問した直後のタイミングで行われた。ルビオ氏はかねて、運河両端の港を香港企業が運営している事態に懸念を表明。パナマが一帯一路からの離脱を表明したのを受け、ルビオ氏は「外交的勝利」を宣言している。
これを受け中国の傅聡(フー・ツォン)国連大使は、「遺憾の意」を表明。一帯一路は「政治的な意図を持つものではなく、発展途上国間の経済協力を促進するためのプラットフォームだ」と説明し、政治的影響力を懸念するアメリカの立場を批判した。
■投資規模も雇用も期待外れ…現地軽視で深まった亀裂
パナマはなぜ、中国の一帯一路構想からの離脱を表明したか。背景に、中国の急速な影響力拡大への懸念がある。
2017年にパナマが台湾と断交して以降、中国はパナマでの大規模インフラ開発計画を矢継ぎ早に打ち出してきた。ニューヨーク・タイムズ紙は、約400キロメートルに及ぶ高速鉄道の敷設、首都パナマシティでの新地下鉄路線の建設、最新鋭のコンテナ港整備など、野心的なプロジェクトを挙げる。とりわけ14億ドル(約2100億円)規模のパナマ運河第4橋建設計画は、中国の影響力拡大を象徴する事業として注目を集めた。

文化面での攻勢も目立った。中国は自国の言語や文化を広める拠点として孔子学院を開設。新型コロナウイルスのパンデミック時には医療物資を提供するなど、ソフトパワーの強化にも力を入れた。
しかし、こうした中国の急速な浸透に対し、パナマ国内では警戒感が徐々に高まっていった。象徴的な出来事となったのが、2021年のコンテナ港プロジェクトの破綻だ。中国のランドブリッジ・グループが手掛けた同プロジェクトは、パナマ側による監査の結果、投資額と現地雇用が約束を大幅に下回っていたことが判明。パナマ政府が同社の事業権を剥奪するに至った。
港湾管理を巡る新たな懸念も持ち上がっている。香港の大手複合企業グループ・CKハチソンは、運河両端に位置する港湾の管理権を25年間延長すると決定。同社は香港の実業家一族が筆頭株主を務める上場企業だが、中国による香港統制の強化に伴い、中国政府の意向に沿わざるを得ない立場にあるとの指摘が出ている。
海軍の船舶を頻繁に往来させているアメリカは、有事の際の対応に懸念を募らせていた。
■南米で離脱ドミノが始まるとの見方も
中国の一帯一路から距離を置く動きは、他の国家に波及するとの観測がある。
シンガポール英字紙のストレイツ・タイムズは、パナマの中国離れを受け、「次に続くのはどのラテンアメリカの国か?」とする分析記事を掲載した。同紙は、トランプ政権が次なる標的として照準を定めているのが、ペルーの巨大港湾施設だと説く。
2024年11月、ペルーに開港したチャンカイ港は、大型船舶が入港できる深海港として南米・西岸で最大の規模を誇る。チャンカイ港により、ペルーと中国を結ぶ海上輸送時間は10日間短縮され、23日での輸送が可能となった。
総事業費35億ドル(約5300億円)を投じた一大プロジェクトであり、世界有数の海運企業グループである中国国有企業、コスコ・シッピング・ポーツ(中遠海運港口)が、港の所有権の6割と最長60年にわたる独占使用権を手中に収めている。
しかし、親会社のコスコ・シッピング社は今年1月、中国軍との関係を理由にアメリカ国防総省から制裁対象リストに加えられた。
事態を重く見たトランプ政権のラテンアメリカ特使、マウリシオ・クラベルカロネ氏は、厳しい対抗措置を打ち出した。クラベルカロネ氏はチャンカイ港経由の貨物に60%の関税を課すよう提案している。この措置で、各国が中国との協力関係を見直さざるを得なくなるとのねらいがある。
シンガポール南洋理工大学ラジャラトナム国際関係大学院(RSIS)の研究員ケビン・チェン氏は、ストレーツ・タイムズ紙の取材に、「トランプ氏が掲げる『アメリカのラテンアメリカ回帰』とは、中国の影響力を排除してアメリカの覇権を確立することを意味する。そこでは対話よりも制裁が重視される」との見方を示す。
■トウモロコシ畑のなかで途切れた鉄路
ラテンアメリカ以外では、アフリカでも一帯一路構想に陰りが見え始めた。その典型例が、開発が行き詰まったケニアの鉄道建設プロジェクトだ。
英タイムズ紙が現地を取材したところによると、総事業費47億ドル(約7100億円)のこのプロジェクトは、当初、地域開発の成功例として注目を集めていた。
2016年、中国の技術者チームがケニアの村エムルトトにやってきたのを契機に、地域の姿は良い方向に一変したという。それまで小規模農業や近隣の町での仕事で生計を立てていた住民たちに、建設作業員としての職が生まれた。数百人分の雇用が生まれただけでなく、未舗装とはいえ新しい道路が通り、水道管も整備された。
ヤギを飼って暮らしていたサミュエル・キセエントゥ氏は「数カ月働いただけで、このバイクを買える貯金ができた」と振り返る。鉄骨工として技術を身につけた30歳のアイザック・ションケ氏も「子どもたちを私立学校に通わせられるようになった」と喜んだ。
ところが2017年、ケニア・ウガンダ線の前半部分が開通した頃、早くも赤字が表面化。さらに2019年4月、東アフリカの大地溝帯として知られるグレートリフトバレーでの工事が突如として止まった。ションケ氏は「工事責任者たちは『資金が尽きた』の一言を残して、姿を消した」と明かす。

完成を待つ線路は、今もトウモロコシ畑の中で途切れたままだ。アフリカ最大規模のインフラ整備は、中国による「債務の罠」の象徴となった。世界銀行は当初から、1890年代に敷設された既存路線を改修すれば十分だと提言していたが、入札も行わないまま中国による新線建設が決まってしまった。
北京の金融機関とアフリカ諸国との間の不透明な融資条件や、返済に行き詰まる国々の増加を受け、中国はナイロビからウガンダ国境までの残り約320キロ区間への資金提供を見送った。無責任に放置された路線は、一帯一路構想の限界を物語る。
■ロシア支持の中国に、「深い関係はご免」とイタリア
欧州でも離反が起きた。イタリアは2023年、中国の一帯一路構想からの撤退を決めた。
アメリカの有力シンクタンクである外交問題評議会の分析では、参加後の経済効果が期待を大きく下回ったことが明らかになっている。イタリアの対中貿易では、輸出が145億ユーロ(約2兆3000億円)から185億ユーロ(約2兆9000億円)へと期待未満の伸びにとどまる一方、中国からの輸入は335億ユーロ(約5兆3000億円)から509億ユーロ(約8兆1000億円)へと急増。貿易赤字が一気に拡大した。
経済面の課題に加えて問題となったのが、ロシアのウクライナ侵攻をめぐる中国の姿勢だ。イタリアのジョルジャ・メローニ首相は就任後、「イタリアや欧州における中国の影響力拡大を後押しするつもりは全くない」と明言。
アメリカのジョー・バイデン大統領(当時)との会談では、台湾海峡の平和と安定維持の重要性で認識を共有するなど、西側諸国との連携強化に動いている。

イタリアの姿勢転換は、欧州全体で強まる対中警戒感を象徴するものだ。欧州連合の最高執行機関である欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は「中国共産党の明確な目標は、中国を中心とした国際秩序の体系的な変更にある」と警鐘を鳴らし、一帯一路構想をその最たる例として挙げた。
■「債務の罠」への批判は軟化しつつある
もっとも、一面的に危険視された一帯一路だが、同構想をめぐる評価は一部で変化しつつある。かつては中国の投資戦略を「債務の罠」とする批判があったが、これは実態とかけ離れているとの見方が広がりを見せている。
典型例として知られるのが、スリランカのハンバントタ港だ。中国が巨額の開発費用を貸し付け、その後スリランカ側が返済に行き詰まると、見返りとして港の99年間貸与を迫った。現地国を意図的に借金漬けにし、融資で建設された現地インフラを中国の意のままに接収する――との批判が向けられた。
だが、米陸軍戦略大学のゼネル・ガルシア准教授(安全保障)は、アジア太平洋地域の政策分析を専門とするオーストラリア国立大学のメディア、イースト・アジア・フォーラムに寄稿し、「債務不履行を理由に中国が施設を接収した例は一件も確認されていない」と指摘している。
ガルシア氏は、ハンバントタ港の99年リースの事例は事実だとしたうえで、これはスリランカが西側への債務返済を優先し、また外貨準備の積み増しのため、11億ドル(約1700億円)での貸与を自主的に選択した結果だと説明している。
ガルシア氏は、「手続きの不透明さや、表面化しない隠れ債務」など中国の融資手法には依然として課題が残ると認めつつ、「こうした課題は、アメリカ当局者が主張する『債務の罠』という批判とは性質が異なる」と付け加えた。
ハンバントタ港の事例は、西側が貸付金を回収する上で中国があくまで柔軟に応じた例であり、西側諸国は批判する立場にないとの見立てだ。
同様に、中欧アジア研究所のズデニェク・ロド氏は、米ディプロマット誌への寄稿で、ラオスなど一部の例外を除き、インフラの完全な没収はほとんど起きていないと指摘。かつて頻繁に指摘された「債務の罠」だが、そのような解釈は単純化しすぎであるとの論調が近年聞かれるようになっている。
■互いに相手の急所を探り合っている
このように一帯一路への評価は一部で見直されつつあるが、アメリカとしては安全保障上の課題との認識を引き続き維持している。
習近平氏の攻勢を崩したいトランプ氏は、「弱いリンク」をねらう考えだ。すなわち、経済的にアメリカに従属的な立場にある国々を標的とし、中国との結びつきを遮断する戦略を展開している。

香港のサウスチャイナ・モーニング・ポスト紙は、パナマは弱いリンクの代表例だと述べている。アメリカとの経済的連携が強く、アメリカドルを主要通貨としている点で世界的にも希有だ。パナマ運河を通過する船舶の約75%がアメリカの港の発着という事実も、経済的依存関係の強さを示している。
もっとも、「弱いリンク」をねらうのは中国とて同じだ。セルビアとハンガリーを足がかりに、西側の連携を乱したい構えだ。米非営利シンクタンクの欧州政策分析センター(CEPA)は、両国が中国の戦略上の標的になっていると分析する。
記事は、昨年5月の習主席のセルビア訪問には、象徴的な意味が込められていると説く。1999年のNATO空爆で中国大使館が被害を受けてから25年。当時、アメリカは「誤爆」を認めて謝罪したが、この事件を機に中国とセルビアの絆は一層深まった。一方、ハンガリーではオルバン政権が中国との関係強化に前のめりだ。
■米中の“インフラ投資競争”は転機を迎えている
対するアメリカは日豪との協力で、透明性の高いインフラ投資構想「ブルードット・ネットワーク」を推進する。ほか、2021年のG7で発表されたB3W構想や、EUと連携するグローバル・ゲートウェイ構想を通じ、途上国のインフラ開発で主導権を握りたい意向だ。
トランプ政権は少なくとも南米大陸から中国の気配を消し去ろうと躍起だが、ニューヨーク・タイムズ紙が指摘するように、パナマ運河を中国が掌握しているとの言説は無理筋との声が米国内からも噴出している。香港企業が両端の港を運営しているだけでは、安全保障上の危機とは言えないと専門家らは指摘する。
途上国支援をめぐり米中の競争が過熱しているが、パナマの離脱は一帯一路の転換点となるか。欧州や途上国を巻き込んだ勢力争いの行く末が注目される。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
