戦後80年度目の夏、内向き思考をどう脱するか?

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戦後、80度目の夏

『8月15日』がまたやって来る。太平洋戦争で敗戦国となった1945年(昭和20年)の夏から満79年が経ち、80度目の夏である。

 79年前、先人たちは、不戦の誓いを立て、経済立国としての道を歩む決意をした。そして、GDP(国内総生産)で、米国に次ぐ自由世界第2位の経済大国になった(1968年=昭和43年)。

 その直前には、東京五輪も開催(1964年=昭和39年)。この第一回東京五輪は、戦後復興を成し遂げ、日本の高度経済成長を世界に宣言する舞台ともなった。東海道新幹線が登場したのもこの年である。

 その後、日本は第一次、第二次石油ショック(1973、1978)で、経済運営を高度成長から安定成長へ変更を余儀なくされる。

 省エネ・省資源に努め、1980年代は日本の底力を発揮。米国から、自動車、半導体分野で〝日本叩き〟という形で攻撃を受けた。

 この頃は、通貨面では〝円高・ドル安〟が続き、現在の円安局面とは真反対の状況であった。

 日本国内は80年代末、バブル経済となり、地価が高騰。三菱地所が米国ロックフェラーセンターを買収するなど、日本円の強さを世界に誇示する場面も出た。

 しかし90年代初め、バブルは崩壊、日本は〝失われた30年〟と呼ばれる長い低迷期に入る。現在、そこからどう脱却するかという転換期にある。


内向き志向の中で…

 戦後79年が経ち、世界情勢は大きく変動。戦後、長らく世界を〝統治〟してきた米国の国力低下と共に、中国が台頭。この間、資本主義(自由主義)対社会主義(共産党独裁)という対立図式の中で、後者の陣営を主導してきた旧ソ連が崩壊したのは1991年。

 現在は、GDP1位の米国と同2位の中国による米中対立という図式になっているが、米ソ対立時代とはまた様相が異なる。

 国連(国際連合)の運営を主導し、自由主義、民主主義、法の支配の下で新しい国際秩序づくりを目指してきた米国も内向き志向に変質。トランプ前大統領のように、とにかく米国第一主義(米国ファースト)を掲げ、何より自国の国益を優先させ、他国の事に構っておられるか─といったトランプ流政治が米国内で根強い支持を受ける。

 そうした国際情勢の中、日本の立ち位置をどこに取り、日本丸の舵取りをどう進めていくか─。


経済人の役割と使命

 人口減・高齢化の流れの中で、医療・年金、介護などの社会保障制度が軋みを見せる。若い世代が結婚しない、子供を産まない─といった現象が進む。人と人のつながりが薄れ、社会全体の活力も削がれつつある。

 内外に分断・対立が起こり、国と国のつながりも再考が求められる時である。こうした大事な時代の転換期にあって、政治が本来の役割と使命を果たせずにいる。

 日本が近代化の道を歩き始めた明治維新から156年。明治時代には、『富国強兵』、『殖産興業』という国策を打ち出し、西欧列強の植民地にならずに、列強に追い付き追い越せと国民も奮闘した。

 しかし、維新から77年後の1945年、敗戦国となった日本は、まず復興が大きな課題となった。米国主導のGHQ(連合国軍総司令部)による7年間の統治を経て、ようやく主権を回復したのは1952年(昭和27年)のこと。そこからは、米国との同盟関係の下、国の安全保障は米国に依存しながら、経済大国の道を歩んできた。

 しかし、国の基本軸を決める上で、安全保障は重要な要素。自分の国を自ら守り、足りない部分は同盟関係で補うという基本を踏まえることが大事。そうした基本軸をしっかりさせた上での経済構築であると思う。政治が混乱している現状況で、この基本認識は押さえておく必要がある。